複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.25 )
- 日時: 2018/05/12 23:21
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
──あれは、少し前の事だっただろうか。銀の髪を持つあの女性に出会ったのは。
記憶そのものは朧気なものの、確かにそれは覚えている。声もよく思い出せないが、やけに自然な色の銀の髪は美しかった。
『ちょっと、いいかしら?』
そう声を掛けられて、立ち止まった俺の胸に、彼女はその白い手袋に包まれた手をそっと当てた。思わず驚いた俺だが、直後の女性の発言にもっと驚いた。
『あら貴方、自分に自信が無いの?』
その言葉が、心に突き刺さった。初対面の、出会って五分もしていないうちに、一度も言葉を交わしていないにも関わらず、自分のコンプレックスに等しいものを当てられたのだから。
『図星ね? 大丈夫。貴方は良い心を持っているわ』
そして、女性がそう言ったかと思えば、次の瞬間、白い手袋に包まれた指達が、俺の胸に沈むように食い込んでいった。
それからの記憶は、虫食い状態だ。
○
早朝。
いつもの滝水公園に向かっていた。いつもより30分も早い時刻だが、兄さんから呼び出されたので仕方が無い。例の件について話がある、と言っていたので、恐らく『ムカワ』という人物についての話だろう。
『ムカワ』の事件から、もう二週間が経つ。因みに愛泥の件に関しては、あれ以来特に目立ったハートの力の使用が見られないため、特にこちらから行動は起こしていない。事件も俺が千切れたフェンスをハートの力で繋げたので事なきを得た。
噴水の近くのベンチに腰掛け、足を組んで新聞を読む兄さんが見えた。するとあちらも気が付いたのか、それを畳んでスッと立ち上がる。
「来たか。共也」
「ああ。兄さん。……で? 事件はどうなってんだよ」
「結論から言う。全く進展無しだ」
「……何故呼び出した?」
「話は最後まで聞け」
兄さんは一度間を置いて、少しだけ詰まりながら言った。普段の堂々とした冷静沈着な態度からは、少し離れている。……何となくだが、察しがついた。
「つまりだな……アイツの……心音の力を借りようと……思う」
予想していた事がピンポイントで的中してしまい、何となくだが同情に近いものを抱いてしまう。確かに、それなら兄さんの様子も少しは納得が行く。
「……アイツか……」
「……そうだ……」
快晴の清々しい朝の公園に、重苦しい空気が流れる。俺が心配している事は兄さんと同じだか、多分ベクトルは別方向だろう。俺の場合は精神が抉れる方。兄さんの場合は精神が削れる方。似ているようだが、少し違う。
「まあ、アイツのハートを使えば……特定は捗るだろう……多分」
「それ、兄さんが頼まなきゃダメなやつじゃねぇの?」
「……一番の心配事を言うんじゃないぜ」
ふう、とため息を零す兄さん。心底億劫そうな様子が、一転して締まった表情へと転換する。雰囲気が変わったのを感じて、頭を切り替えた。
「とにかく、だ。アイツが来るのはもう少し後の話だ。それから、幾つか話すことがある」
「他にどうかしたのか?」
「……以前、貫太君を襲っていた不審者を撃退したことがあってな。そいつはハート持ちだった」
「ああ、《心を殺す力》の持ち主だろ?」
「そいつだが……妙だとは思わないか?」
妙、という言葉に、少しだけ考えてみる。しかし、俺はその意図がよく分からなかった。
「……アイツのハートは、自分の心すら壊していた。……おかしい。異常だ。ハートの力は、自らの心から発するもの。心が壊れたら、それと同時にハートも消え、効果も消える。つまり……自分の心を壊すなど不可能なはずだ」
「……確かに、言われてみればそうだな。しかし……だとするなら……」
「ああ、そうだ。奴のハートの力は自ら発したものでは無い。という事になる」
兄さんは一呼吸置いて、言葉を続ける。
「……これは俺の推測に過ぎないが、ハート持ちを作る力を持つ何かがいる」
兄さんの顔は、今までに無く深刻そうな顔だった。
兄さんが去って、時間が過ぎて、貫太が来た。いつも通りに、二人で歩く。
「おう貫太。調子はどうだ?」
「元気だよ。……心配事はあるけど……」
「愛泥の事か? 心配すんなよ。いざとなったらまた三人で協力してとっちめてやれば良いんだよ」
「……そんな簡単に言わないでよ。こっちとしては色々と大変だったんだから……精神的に」
やけに色濃く疲れた表情を見せる貫太。恐らく愛泥との出来事を思い出しているのだろう。……あんな事があった後なら、良い思い出も全部苦いだけだろうな。いや、苦いとは少し違うか。
「お、噂をすればなんとやらだぜ」
俺達が信号を渡ると、すぐ前には噂の人物、愛泥隣が歩いていた。以前のような男子生徒の取り巻きはいない。……反省したのか? アイツが?
「なあ貫太。……貫太?」
返事が無いので貫太の方を向くと、歩きながら愛泥を指さしてガタガタと震えていた。
「……どんだけトラウマなんだよ。豆鉄砲向けられたハトみてーな顔になってんぞ、貫太」
「だ、だだだだって……り、りり、りんさん……」
「落ち着けよ。愛泥も流石に傷付くぞ?」
どれだけの事をすればこんなに恐れられるのかは分からないが、少なくとも愛泥から好かれた貫太には労いの言葉を掛ける他ない。
「……あ」
「信号が赤になったな」
進行方向の信号が止まる。当然、前を歩いていた愛泥も信号で止まった。このまま行くと、鉢合わせすることになる。
「共也君、ここで信号が変わるのを待とう」
「よーし行こうぜ貫太!」
「待って! 共也君! 君はその行為がどれだけ残酷なものか理解していない!」
ゴチャゴチャと何かを言っている貫太の背中を押して無理矢理歩かせ、信号に近づいた所で、突き飛ばすように押した。転びかけるがなんとか体制を立て直した貫太が、こちらを振り返ろうとして、すぐ横に立っていた愛泥と目が合った。
直後、貫太がいつもからは考えられないくらいの形相でこちらを見て、いや睨み付けてくる。それに満面の笑みで返してやると、一層視線が険しさを増した。
それでも、愛泥から声を掛けられると態度を180度入れ替えて反応する貫太。悪いが見ていてとても面白い。笑いを堪えているとまた叱られそうなので、俺はハートの力で一足先に行く事にした。
その後、貫太がどうなったのかは知らないが、学校の教室に入ってくる貫太は、腑に落ちないといった様子の顔をしていた。
……ホント、何があったんだ?
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