複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.26 )
- 日時: 2018/05/13 18:20
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「……共也君?」
「いやー、悪い悪い。うん。悪かった」
「絶対悪いって思ってないよね!?」
休み時間、案の定と言うべきか、貫太がこちらに文句を言ってきた。上手い返しが思いつかなかったので、取り敢えず適当に返してみたが、残念ながら貫太には通じなかったようだ。
「……僕がどれだけ苦しんだと……!」
「いや、ほんとすまん。なんか面白そうだったから」
「僕の価値は面白さ未満かな!?」
「以下だ」
「せめて以上にして欲しかったな!」
このままだと、貫太に叱られてしまうと考えて、話を逸らそうと何か話題を探す。そこで、ふと気になっていた事を聞いた。
「で? 愛泥からは何を言われたんだよ」
その辺りの壁に背を預けながら貫太に聞いてみる。彼は納得のいかないような顔をした後に、ため息をつきながら諦めた。
少しすると、彼は不思議そうに首を傾げながら答える。未だに疑問が解決していないというか、なんというか、しっくり来ていないというか、そんな、腑に落ちない、といった表情である。
「いや……ちょっとおかしいって言うかさ……」
「んだよ。じれってぇな」
「こう……普通に話し掛けてきて……何事も無かったみたいに雑談してきて……朝ご飯の話して……」
ああ。そういう事か。なんとなくだが、合点が行く。貫太はどうやら、彼女の様子が普通であることに違和感を感じているようだ。
貫太が愛泥を恐れているのとは対照的に、彼女があまりにも自然な言動である事。彼女が普通であることそのものが、貫太の不安なんだろう。
「ん? まあいいんじゃねぇか。特に目立った害は無いだろ?」
事実、特に彼に害は発生していない。見たところ操られている様子も無いし、彼女もハートの力を乱用する様子は見受けられない。なら、特に問題が無いだろう。
すると、彼はその言葉に反応するかのように、自分の学ランのポケットを漁り、一枚の紙切れを取り出す。こちらに見せてきたそれには、数字とアルファベットが羅列してある。……まるで、メールアドレスか何かのような配列の仕方だ。
「それから……なんか連絡先貰った……」
「……すっげー唐突だなおい」
「だから登録したけど……」
「したのかよ!?」
「あとメールアドレスがlovemudになってて意外と凝ってるなぁって……」
「そこかよ!? もっと思うところないのかお前!?」
「なんかもう、隣さんだからなぁ……って」
「それで納得するのかよ貫太……」
メールアドレスの書かれた紙を見ながらため息をつく貫太に、思わず動揺を隠せない。コイツ、こんなに度胸のあるヤツだったか……!?
変に適応した友人がそこそこ心配になるが……まあ悪い方向には行かないだろう。多分。そう信じる事にした。
「……あとさ……」
ポケットにそれを仕舞いながら、貫太はまた口ごもりながら言う。……彼自身、愛泥との距離感や接し方がイマイチ掴めておらず、困惑を極めているのだろう。
「他にもなんかあんのか?」
「こういう事を言うのは……その……おかしいのかも知れないけど……」
貫太は、困った顔のまま言った。自分でも、何が言いたいのかわからない様子で。
「普通に……綺麗だなって……思ったんだ……さっき」
少し照れ臭そうに、困惑しながらも、彼は頬を掻きながらそう言った。……確かに、異常な事かも知れない。自分を殺そうとした相手を、そんなふうに思えるのは。まあ、だが。
「良いじゃねぇか。嫌いじゃないぜ。お前のそーゆー所」
そうやって、貫太の肩を叩いた所で、学校の次限開始のチャイムが鳴り響いた。大人しく自分の席に戻り、さり気なく貫太の方を確認する。その表情は、どことなくだが、嬉しそうな顔だった。
因みに、この授業が終わった後の貫太の第一声は、「さっきは上手く誤魔化したね、共也君?」だった。最近、貫太の成長を身を以て体験する。
そして授業の時間が過ぎ、放課後が訪れる。自分の席から貫太と観幸が話しているのが見えた。
「じゃあ行こうか、観幸」
「了解なのデス」
貫太がそう言うと、観幸がコクリと頷く。気になって、好奇心から尋ねてみる。
「どこ行くんだ?」
「演劇部の公演。今日やるって言ってたでしょ?」
そう言えば、HRの時に担任がそんなことを言っていたな。ぼんやりと思い出す。俺がいかに朝のHRを聞き流しているかが窺えるが、いつもいつも同じセリフしか喋らない教師にも非はあるのではないだろうか。と思う。などと言い訳臭く俺が考えつつも、返答する。
「ああ。何やるんだっけか?」
「オリジナルらしいよ。それと……」
「演劇部の噂を確かめに行くのデス」
颯爽と名乗り出て来た観幸が、自慢げな顔でパイプを吹かすような仕草をする。……お前、それいつも握ってんな……何処から出してるんだ……? などと、軽い神秘を不思議に思いつつも、それはひとまず置いておき、質問をする。
「噂? って何の噂だ?」
フッフッフ、と含みのある笑い声を出した後、彼はニヤリとした笑みを浮かべて言った。
「変幻自在の演者……といった所デス」
器用な手付きで彼がくるりと手のひらでパイプを回し、口に咥えた。
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