複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.27 )
- 日時: 2018/05/16 19:25
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
幕が下りた体育館のステージを見ながら、演劇部の公演を待つ。パイプ椅子の座り心地は背もたれがあるだけ良かったと言えるだろう。席順は俺が右端。貫太を挟んで観幸が左端、といったところだ。
「で、変幻自在の演者ってなんなんだ?」
小声で観幸に聞こえるように問うと、彼は流石に教員やらがいる前ではパイプを出さないのか、何かを右手に持つような仕草だけしながら答えた。エアパイプ芸人でも目指すつもりかお前は。
「ありとあらゆる役を演じる演劇部のダークホース……浮辺縁(うわべ/ゆかり)の事デス」
「浮辺縁……女か?」
「男デス。僕と同じように女子と間違えられるような名前デスが、彼はれっきとした男デスよ」
「でもさ、それって単に演技が上手いだけじゃないの?」
貫太の質問に、チッチッチと舌を鳴らしながら音に合わせて指を振る観幸。
「ノンノンノン。彼はそのレベルではないのデス」
「そのレベルじゃないって?」
「彼はあらゆる役柄を演じる……というより、自然に行うのです」
その言葉の意味が分からず、なんとなく聞き返してしまう。
「自然、だぁ?」
「彼は全ての役柄を自然体でこなしているかのような、そんな感じなのデス」
「でもよぉ……自然に振る舞うのと演技をするのはちとちげぇんじゃねぇか?」
俺は演劇に関しての知識が全く無いために、あまりそういう事はよく分からないが、自然に振る舞うのと演劇をするのは少し違うとは思う。
「では共也クン。キミは自分が感情移入できる人間と出来ない人間、どちらが演じやすいデスか?」
「そりゃ勿論できる人間だな」
「言い換えると、彼は全ての役柄に対して無理なく入り込めるのデス。先程は少し言い方が悪かったかも知れまセン」
観幸の言葉になんとなくだが納得する。しかし、それでは根本的な疑問は解消されない。
「でも、そいつぁ結局、演技が上手いで終わるんじゃねぇか?」
俺がそう言うと、観幸はニヤリと笑う。この発言を予想していたのだろうか。既に切り返しは考えていたようで、間髪入れずに彼は言う。
「それがデスね。以前、たまたま図書委員で遅くまで残っていた時、部活帰りの彼と出会った時の話デス。彼はいつも柔和な雰囲気の穏やかな気性の持ち主でシタ。しかし……その日に限って、彼はとても荒々しい口調の豪快な人物だったのデス」
「……その日に限って性格が変わったって事か?」
「そうなのデス。そして彼に聞いてみた所、演劇部の練習で彼が演じたのは酒飲みの気前の良い人物だったそうデス。……偶然デスかね?」
確かに、偶然とは考えづらい。観幸の言葉には合理性と説得力があった。だが、
「それ、アイツの気質とかじゃねぇのか? 一度役に入ると中々抜けないみたいな」
「……ヤケに食いついてきマスが何か理由でもあるのデスか……?」
「てかな、普通に考えておかしいんだよ。ハート持ちっていうのはそんなに多くねぇんだ。一つの学校に一人いるかいないか。もっと言えば、地方都市なら市町村の中に一人いるか居ないかのレベルだぞ?」
だがここはどうだ。俺、貫太、愛泥とこの学校に三人もいる。兄さんはまだ都会からやって来たとして数えずとも、かなりの数になる。
「それがこんな狭い領域に三人もいるんだ。誰かが意図的に作らねぇ限りはもう居ないはず……」
そこで、少しだけ、何かが頭の中で引っかかる。記憶を辿ると、朝の兄さんの発言に辿り着いた。
『これは俺の推測に過ぎないが、ハート持ちを作る力を持つ何かがいる』
この言葉が何回か頭の中で反響し、思わず押し黙る。もし、仮に、そんな力を持つ者が居たとしたら──?
「どうしたのデスか?」
不審な顔でこちらを見てくる二人。急に言葉を切ったのが不味かったのだろうか。何でもないと返しておく。
「とにかく、普通は有り得ねぇんだよ。こんなにハート持ちが集まるのは」
「ふむ……普通はデスか。なるほど」
すると観幸は何処からとも無くルーペを取り出しこちらに翳して、一言。
「探偵の仕事は、普通を疑う所から始まるのデス」
その後の彼のドヤ顔が無ければ、俺はもしかしたら、その可能性を疑っていたかもしれない。
「あ、始まるよ」
観幸と話していると、貫太がステージの方を向いてそう言った。顔を向ければ、幕が引かれ始めており、舞台には二人の人間が立っていた。背の高めな女子生徒と、中くらいの身長の男子生徒だ。
「……あの背が高い男子生徒が浮辺クンデス」
背が高い、と言われて少し見回したが、良く考えれば観幸から見たら、ステージに立つ男子生徒の身長は高く見えるのか、と納得し、それを見る。服装から男と分かったが、顔立ちからはあまり男らしさが感じられない。が、幼い訳ではなく、むしろ女性らしさを持ち併せている、と表現するべきだろうか。
そして、演劇部の公演が開始された。
○
演劇中、俺はずっと主役を演じていた浮辺を見ていた。正直、俺は演劇や演技に詳しくないので、あまり評価は出来ないが、特に下手な印象は無かった。恐らくだが、上手い部類に入るだろう。
劇が終わった所で、俺達の他に十数人程度居た人々が拍手を送る。当然、俺も便乗して手を叩く。内容自体は結構退屈しないものだった。隣では、貫太が少しだけ涙ぐんでいるのが分かった。
「泣いてんのか?」
「だ、だってぇ……」
貫太は多分、感動系の作品を読むとすぐに涙を流すタイプだろうとは薄々考えていたが、案の定というべきか、的中していた。観幸は正直よく分からない複雑な表情をしている。
「さて、これからどうする?」
俺が問うと、答えたのは観幸だった。貫太は制服からハンカチを取り出して涙を拭いている。貫太の女子力を確認しつつも、観幸の話を聞く。
「勿論、浮辺クンに会いに行くのデス」
それから俺達は校門で暫く雑談しながら浮辺を待っていた。公演の後の片付けなどの作業があるのだろう。既に時刻は7時を回っており、陽はとっくに落ちていた。
「ええと、今日の主役ってどんな役柄だったっけ?」
「正義感が強くてハキハキした感じデス」
貫太の質問に、観幸が答える。つまり、浮辺が主役と同じような性格であれば、観幸の発言の信憑性が増す。という事だ。
「……来たのデス」
学校から、一人で浮辺が出てきた。彼は制服に着替えており、少しだけ疲れたような顔をしていた。……何かあったのだろうか。
「やあ、浮辺君」
「ん……ああ、貫太君か」
知り合いである貫太が声を掛ける。戸惑うような様子を少し見せたのは、暗くて一瞬、誰が話し掛けてきたのか分からず身構えたからだろう。正体を確認すると、すぐに緊張を解いた。
「その……今日の演技、凄く良かった。なんか語彙力足りなくてアレなんだけど……その」
「別に凝った表現なんて要らないから、素直に嬉しいよ。ありがとう。もっとも……先生からは少し叱られちゃったんだけどね……」
それから数回言葉を交わした所で、浮辺がこちらの存在に気が付いた。視線の先は、俺。
「そこにいるのは……観幸君と……」
「ああ、俺はこの2人の知り合いだ。今日の公演、観てたぜ」
「君も見てくれたんだね……嬉しいよ。主役で緊張したけど……」
「そうかぁ? 結構自然体な演技だったぜ」
「……演じてる時は役に入るのに無我夢中だから……自分じゃよく分からないかな……」
声音は柔らかめで丸みのようなものがあった。雰囲気的には、少しだけナヨナヨとしているが、弱気とまでは行かない程度。身長は俺よりも十センチ程低いだろうか。
「というか……君たち、僕に感想を言うためにこんな遅くまで……? 明日言ってくれても良かったのに……」
「いや、ワリィな。今日感じた事は今日伝えるのが筋かと思ってな」
「……そっか。そうだね。うん、確かにその通りかもしれない」
ニコリと笑う彼。その笑顔は嬉しさを示しているが、少しだけ儚さが混じっているようにも思える。
「君、なんて名前なの? 僕は浮辺縁。……こんな名前だけど男なんだ」
「俺は友松共也。共也って呼んでくれ」
「ああ、宜しくね、共也君。僕の事は好きに呼んでよ」
彼が右手を差し出してきたので、取り敢えず握り返しておく。2人で握手をした後に、それじゃあ、と言って浮辺は帰って行った。
「……観幸、なんかお前の話と違うんじゃないか?」
彼は全く、今日の主役のような性格ではなかった。寧ろ、彼の素の性格では無かっただろうか。
俺の問いに答えない彼の方を向くと、彼は自分の手を顎に当てて考え込んでいた。
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