複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.28 )
- 日時: 2018/05/20 09:11
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「観幸……話が違うんじゃねぇか?」
「ムムム……おかしいのデス……」
首を捻る観幸に問いかけても、返ってくるのは唸るような声だけ。彼はルーペの持ち手の方でこめかみを軽くグリグリと押しながら考え込んでしまう。
「ボクの考えが外れたのデスか……?」
「どうもこうも、そうとしか考えられねぇだろこれ」
浮辺が歩いて行った方を見れば、既に彼の姿は夜に消えていた。ここは観幸の考えが違っていたと考えるのが妥当だろう。彼は今日、特に演じたキャラクターと同じような性格をしていた訳でもないし、いつも通りの性格だったらしい。普段の彼を知らない俺が確認したのでは無いが。
「……いや、まだ可能性があるのデス」
「はぁ? お前この期に及んでまだ変えないつもりかよ……それは流石に呆れるぜ」
「共也クン、探偵と言うものは常に別の可能性を考え続ける生き物なのデス。例え99%の確率で間違いの推理も、残り1%を切り捨てる訳にはいかないのデス」
「へいへい。そんで? どーゆー事なんだよこれは」
正直、こんなに遅い時間帯だ。家に帰ってやる事もあるし、俺は早く帰りたいという考えで一杯だった。だから、こんないい加減な対応ていたのかもしれない。観幸の言葉も、いつもの探偵トーク程度にしか考えていなかった。
「彼の力は……一定時間が経つと自動で溶けるタイプのものデス」
「つまり?」
「ボクが遭遇した時、彼は演劇部の帰りでシタが、その時は恐らく練習で演技した直後に帰ったのデス。しかし……今日は片付けやら何やらで時間を取られた為に、学校から出る間に力が解けてしまったのデスよ」
確かに、と言うと思ったのだろうか。
まあその考えなら状況が一致するのも理解できる。結構良好な推理かもしれない。無論、全てが推測である点を除けばの話だが。
「……今日は遅いから帰るぜ。じゃあな」
「あ、うん。またね」
なんだかいるだけ時間の無駄な気がしてしまい、俺はその場から離れることにした。
そして、次の日の事だ。いつもの滝水公園の入口辺りで貫太を待つ。滝水公園は入口が幾つかあり、中を突っ切ることでショートカットできるため、いつも公園の中を通っている。噴水を通りかかった時、ふと、先日の事を思い出した。
「……兄さん、まだこの街に俺がいるのは間違い、なんて言うのかね」
兄さんや実家からは何度も此処を離れるように言われた。と言うよりは、実家で暮らせと言いたいのだろう。別に俺は実家が嫌いな訳では無いし、仮に行ったとしても辛い思いはしないだろう。
だが俺がこの街を離れる訳にはいかない。何が起こっても、離れられない訳がある。
「おはよー共也君」
「おう、貫太」
一人で考え込んでいるところに、貫太が来た。相変わらず低い背丈の彼は必然的に俺を見上げるようになる。
「そういや、貫太は浮辺と知り合いなのか?」
昨日話していたのを見た感じだと、少なくとも初対面という訳では無さそうだった。
「うん。一年生の時、隣の席になった事が何回かあって」
「じゃあよ、昨日何か変わった所とかあったか?」
貫太は目を瞑って唸りながら2、3回自分の頭を人差し指で軽く押す。そして悩ましい顔をしつつも言葉を紡いだ。
「なんだか……自信があるなって……」
「自信……どういう事だ?」
発言の意味がよく分からなかったので問い返してみると、貫太は目を開いてこちらに顔を向けて、手振りを添えて話し始める。
「一年の時、浮辺君は極端に自分に自信が無かったんだよ。褒めると自己嫌悪の言葉が止まらないタイプの人。でもなんだか……昨日は褒め言葉を素直に受けたり、自信があるように見えたし……それに主役を受けたっていうのも違和感かな。彼、脇役したいって言ってたし。まあ、自信がついたなら良い事なんだけどさ……」
昨日の浮辺の様子とは確かに違うが……貫太の言う通り、自信が付いたとなればそこで終わりだ。だが頭に観幸の存在がチラつくせいでついつい色々と考えてしまう。要らない考えだと切り捨てて、俺は大人しく、ハートの力で瞬間移動した。
理由は、まあ、貫太の方を見れば分かるだろう。
「おはようございます。貫太君」
「あ! ちょっと! 共也く……お、おはよう。隣さん……」
その後、学校へ行くと、観幸が既にいた。珍しくルーペもパイプも握らずに、ずっと静かに顎に手を当てて静止している。
「おう観幸、どうした?」
「……ああ、共也クン。特定する方法を考えていたのデス……」
彼は少しだけ疲れた様子で対応してきた。……多分、昨日から考えていたのだろう。ここまで来ると呆れを通り越して心配になって来るが、言われて止める彼ではないことは、既に把握済みである。
「で? 成果は?」
そう問うと、彼は黙って人差し指のみを立てた手を突き出してきた。一つ? 何かあるのだろうか。
「一つ、少々粗い方法デスが、思いつきまシタ」
「ほー、じゃあ聞いてもいいか?」
「……まあ、条件として貫太クンか愛泥サンが必要デスが……無難に貫太クンに協力して貰いましょう」
貫太か愛泥……2人の共通点はなんだろうか。ハート持ち、と言うなら俺や兄さんが入っていないのはおかしいだろう。仮に忘れていたとしても、観幸がそんなことするようなタイプではないことは百も承知だ。
「実に単純な事なのデスがね……」
観幸の策を聞いて、確かに、と驚いた。ハート持ちでも無いのに、いや……ハート持ちではないからこそ思い付いた策だろう。やはり侮れないなと意識を改めつつも、俺は自分の席へと戻り、どうやって戻ってきた貫太を説得するかを考え始めた。
結論から言うと、やはり奴は断れない男だった。
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