複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.31 )
日時: 2018/05/22 06:17
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 僕は共也君と一緒に、今ここに居る。僕が学校に着くなり頼み事をしてきた彼。僕は特に断る理由も無いので了承した。
 そして、その後僕達は浮辺縁君のいる演劇部の部室までやって来たのだが──

「なぁ貫太。さっさと俺を信じようぜ」

 僕から見て、右前方にいる共也君がそう言う。ボタンが掛けられておらず、羽織るだけの学ラン。大きな身体に筋肉質な体格。そして彼の顔。どこからどう見ても、彼自身である。
 その見た目は間違いなく友松共也であろう。だが僕には、目の前の共也君が、本当に共也君であると断定することは出来なかった。
 何故なら

「おいおい待てよ。俺が本物だっつーの」

 もう一人、僕の左前方に瓜二つの顔に全く同じ服と体をした、友松共也がいるからだ。ドッペルゲンガーというか、最早本人が2人になったと言う程の再現度である。無論、2人が居るということは、どちらかが偽物なのだろう。

「どっちが本物なの?」
「俺だ」
「俺だ」

 僕がそうやって問うと、彼らは全く同じ動作で自分を指さした後、隣の方を睨み付けるように見て、お互いに指を差し合う。

「テメェ! 真似なんかしてんじゃねぇぞ!」
「テメェ! 真似なんかしてんじゃねぇぞ!」

 僕は目の前で繰り広げられる鏡写しの言い合いに頭を抱えるしかない。2人は同じような動作で全く違わないセリフを同時に言うのだ。

「どうしてこうなったんだ……」

 僕は現実逃避気味に、意識を少し前の事が起こる前に向けた。そう、それは確か──。





「浮辺君? ごめんなさいね。今先生と買い出しに言ってていないの」
「買い出し?」

 僕が演劇部を訪ねると、浮辺君は留守だった。買い出しという単語を聞いて、演劇部にそんな事が必要なのかと思い、聞き返してみる。

「ええ。昨日の公演でダメになったのがあってね。ほら、ウチの演劇部って男子が少ないからさ。浮辺君は男の子だし」

 荷物持ち要員にされたのか、とそう解釈する。多分だが間違っていないだろう。

「いつぐらいに帰ってきます?」
「えーっと、あと1時間くらいしたら帰ってくるかしら。少し遠目の場所に行ったから」

 その後、演劇部の先輩が逆に聞き返してくる。

「ところで、浮辺君に何か用事でも?」
「はい。少し話がしたくて……」
「うーん、なら待ってる? ちょうどいい場所があるし」

 それは僕らにとっても良い提案だったので、僕らは付いていく事にした。案内されたのは、視聴覚室。教室の前には大きな白いスクリーンが掛けられており、すぐ近くにはプロジェクターが設置されている。適当な椅子にかけるように言われたので従うと、先輩が放送器具を弄り始めた。
 数分後、少し後に映像が流れ始める。見覚えのある場所の映像。そう、ウチの学校の体育館のステージだ。先日、演劇部が公演をした場所。

「これは?」
「勧誘も兼ねた暇潰しね。あ、映像は去年のよ」

 勧誘しているのか、と思わず身構えるが、実際内容は単純な劇だった。暫く映像を見ていると、物語の中に見覚えのある人物が出てくる。

「あれ、浮辺君?」

 確かに浮辺君だった。配役としては、少なくとも序盤に出ては来るものの、完全に目立たないであろう、脇役のポジション。昨日の配役とは大違いだ。そして何より……下手だ。いや、下手なのかどうかはよくわからないが、少なくとも昨日のものとは全く違う事だけは分かる。共也君にこっそりそれを言うと、同意の言葉が返ってくる。

「……少し、違う気がする」
「……ああ。なんかまるで人自体が変わったみてぇだ」

 その後も話は進んでいくが、特に彼の活躍のシーンもない。単純な脇役な上に、数少ない彼の演技には、何か違和感というものがある。昨日に比べると、精度も質もまるで違う。

「……浮辺君、去年と全然違う……」
「ええ。彼、少し変わったのよね」

 気が付けば、無意識のうちに漏らしていた言葉に、演劇部の先輩が反応していた。

「彼、1年生の三学期辺りに、突然演技の質が変わったの。急に、役作りが上手くなって、なんだか……その人本人になったみたいに、全然、演技しているって感じじゃなくなったの」
「え……」
「それに演技もなんだか……演じている人そのものが変わったみたいなの。昔の一生懸命な演技、嫌いじゃなかったんだけど……」

 その言葉に、浮辺君の演技を見てみる。確かに、今の彼のような精密さと本物感に溢れた演技ではないが、彼が熱意を持って、真剣に演じているということは分かる。見ていて、好感が抱ける演技というのだろうか。

「その……えっと……」
「私の名前は雪原優希乃(ゆきはら/ゆきの)よ」
「……雪原先輩は、やっぱり浮辺君が変わったと……思いますか?」
「そうね。彼なりに努力を積んだのかしら。かなり変わったわ。でも……昔の一生懸命さとか、必死さとか、そういうのが無くなっちゃったのは少し寂しいわ。……最も、最近は凄く幸せそうだけどね。彼」
「幸せそう?」
「ようやく努力が実ったんだもの。周囲から評価を受けたら誰だって喜ぶわ。彼の場合、最近急に先生から気に入られ始めてるし……」

 雪原先輩は少しだけ寂しそうな顔をしている。が、すぐに表情が変わったと思えば、演劇が終わっていた。プロジェクターを弄りながら彼女が時計を確認する。

「もういい頃ね。部室にいるかしら」

 その後視聴覚室から出て部室へ向かう。
 彼女から外にいるよう言われた為、部室の前で待機していた。少し経った頃に浮辺君が現れた。僕らと同じ制服を着ている。多分、買い出しに行く時の服装のままで着替えていないのだろう。

「えっと……僕に用事があるの? かな?」
「ああ、ワリィな。浮辺」
「全然。それより、どうしたの? 貫太君までさ」
「何でもないけど、まあ、ほら、少しだけ見せたいものがあるんだよ」

 そう言って、僕は観幸に言われた通りのセリフを言う。正直、芝居がかっているせいで演劇部にはバレるんじゃないかとヒヤヒヤする。が、彼は少しだけ訝しげな目線をぶつけてきたものの、なんだかんだで了承してくれた。……バレたのかと思った。
 それから人気のない渡り廊下まで足を運んだ僕ら。

「こんな所まで来て、何するんだい?」
「いや、俺も知らねぇんだ。なんか貫太が見せたいものがあるっていうからよ」

 そう話している浮辺君と共也君。そして、共也君は僕に背中を向けていて、浮辺君がその斜向かいにいる。余りに絶好すぎる位置関係。偶然にしては出来すぎている。
 これから行うことを想像して、思わず息を飲み込んだ。2、3回、ほどバレないように深呼吸をする。
 目の前で2人が会話していること。そして共也君に見えないように、また浮辺君に見えるようにやることが重要なのだ。
 何故なら、共也君にバレたら、困るのだから。そう考えると、手に汗が吹き出てくる。暑いなと気温のせいにして、自分の動揺を誤魔化しつつも標的を見据える。
 僕は1歩、共也君への距離を詰めた。心臓が飛んでいきそうな位、鼓動が大きくなる。胸が張り裂けそうなほど緊張する。もしこれが失敗したら後がない。そう考えるだけで、僕は死んでしまいそうだった。
 まあおかしな話だろう。
 これから人を刺すというのに、自分が死にそうとは冗談にも程がある。

 そして僕は、隠し持っていたナイフを突き刺した。
 しっかりと、ゆっくりと押し込む。

「────貫、太?」

 共也君が、驚いたような声音を上げる。彼にしては珍しいな、なんて思いながら、振り返った彼の見開かれた目を見る。きっと彼も、本気を出せば僕なんてすぐに殴り飛ばせるはずなのに、そうしないのは、彼の優しさ故だろう。

 ゆっくりとだが、彼の体が力なく倒れていく。膝をつき、手を付き、そして体を這いつくばる様に床に押し付ける。彼の背中に突き立つのは、1本のナイフ。
 視線をゆっくりと、倒れた共也君から浮辺君に向ける。彼の表情が、僕への驚愕で埋め尽くされていた。まあ当然だろう。僕は彼に見せ付けるためにやったのだから。

「……僕が見せたかったものはこれだよ」
「き、君はなんて事を! そんなもので人を刺すなんて!」

 浮辺君が、腰を抜かしながら、伏した共也君を指さす。彼の手は震えていた。だから、僕はここで追い打ちをかける。
 倒れた共也君と浮辺君の間に入り込むようにして立つと、制服からもう1本、ナイフを取り出す。学ランは物を隠すのに都合が良い。そしてそれを彼に向けると、彼はガタガタと震え始めた。

「や、止めて……、止めてくれよ貫太君!」

 そうやって、必死の表情で懇願する彼。

 その必死さに、僕は思わず笑ってしまう。いや本当に、おかしくておかしくてたまらない。

 どうして彼はそんなに恐怖しているのかさっぱりわからない。笑いを堪えきれなくなって、僕が笑い始める。

 すると、彼の表情がさらに一層、僕を恐れるものになった。
 不思議に思いつつ、僕は笑いながら、そのナイフを二、三回、手の中でクルクルとした。


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