複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.36 )
- 日時: 2018/06/01 04:02
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
目を覚ました時、僕の視界は朧気で、白以外何も分からなかった。
「おう、起きたか?」
「ここは……?」
「浮辺の心の中だ」
床に背を向けて寝ていた僕は、共也君の手を借りて立ち上がる。周囲を見渡しても、景色は妙にぼやけていてフワフワとしている。ただ、やたらと僕の周辺だけはハッキリとしているので、これまたおかしな気分だ。
「人間の心っつーのは不安定なんだよ。むしろ、安定しちまった方がやべぇんだよ」
共也君はそんな風に言いつつ、僕らの右手側を指した。そちらを向くと、白の中に、少しだけ違う色が見えた。
それは、大きな木──のようなものだった。形そのものは全長5m以上もの大木であるが、枝や幹などの茶色い部分は、全て真っ白だった。そして、その白い枝の先には、赤青緑黄紫白黒と様々な色の付いた葉達がこれでもかと言うほどに生えている。それらは全てがランダムに配置されているわけではなく、区画を分けるように、同じ色が集まるようにして生えていた。
「アレが言わば心の核って奴だな」
「……凄く……カラフルだね……」
「ああ。綺麗だろ? ただまあ……少しばかり浮辺の奴は寒色が多めな気もするがな……」
「違いがあるの?」
「ああ。一応色によって違いがあ──あ?」
共也君が、何を思ったのか血相を変えて駆け出す。僕も慌てて共也君に付いていく。普段より体が軽い気がしたが、それでも疲れるものは疲れる。ましてや共也君は足が速いので、小走りでも付いていくのが結構きつかった。案の定、僕は途中で共也君から引き離されてしまう。
共也君が木の前で立ち止まっていた所に、ようやく追い付いた。膝を付いて息を必死に吸い込んでいると、共也君が何も言わずにいるのに、少し違和感を覚えた。雰囲気的には、無言というよりは、絶句。
何があるんだと、僕の視界を木に向けると、思わず、吸ったばかりの息を、吐き出してしまった。余りの驚きに、吐いた息を吸うことすら忘れ、それをずっと見つめてしまう。
そこには、浮辺君が居た。
そう、確かにそれは浮辺君だ。その左目や左手からは彼の面影が浮かんでくる。顔だって、一応彼の姿は残している。
だが、それでも、
それでも、半身が赤いソレに覆われるかのようにして取り憑かれた彼の光景は、余りに、余りに惨すぎた。赤いソレは、まるでスライムのようにべとりと浮辺君にへばりつき、取り憑いた半身からギョロリと何個もの目玉を出している。
「うっ……」
思わず、その光景に胃の中を吐き出しそうになる。が、寸で抑え込んだ。口の中に若干酸っぱい味が広がると、共也君が唐突に叫ぶ。
「オイ浮辺! しっかりしやがれ!」
浮辺君は、半身をその赤い怪物に取り憑かれた状態で、白い大木に赤い怪物から伸びる触手で括り付けられていた。少し見た感じだが、接着部分は同化している。触手にはまるで生きているかのように、血管のような管が浮かび上がっていたりする。
共也君のその呼び掛けに、代わりに浮辺君に取り憑いた怪物の何個もの目玉が、一斉に彼の方を凝視した。共也君もその様子に、少しだけ顔を顰めた。
直後、赤い怪物の一部が分離した。なんだと思って身構えていると、それは見る見るうちに姿形を変えていく。凄惨な光景に再び胃液が掻き立てられるが、変身が終わると、その感覚は消えた。何故なら、変身した後の姿は、見慣れたものだったからだ。
「……ふう」
その彼は、浮辺君とソックリな姿形をしたソレから漏れた声は、ノイズがかかったように掠れている。
「浮辺……?」
「私は浮辺縁ではない」
落ち着いた様子で淡々と述べる浮辺君の偽物。いや、彼が本物なのか、怪物に呑まれている彼が本物なのかは定かではない。しかし、僕には呑まれている方が本物であるという、妙に確信めいた何かがあった。何より、彼は自身を浮辺縁ではないと否定している。
「誰だテメーは」
「私に名前などない。強いて言うなら、彼の心に取り憑いた寄生体だ」
「寄生体、だぁ?」
浮辺君の形をしたそれは、どこまでも業務的な口調だ。完成された物品のように変調が無い。人間らしさと言うか……生物らしさを感じられない。
「そうだ。私はある力によって作り出された、心に取り憑く寄生体だ。今は、彼を取り込む事で君達との対話が成し得ている。本来ならば、私に思考する力はあれど、それを君達に伝える術はない」
「んなぁこたぁどうでもいいんだよ! さっさと浮辺を離しやがれ! 事情は知ったこっちゃねぇがテメェのせいで浮辺は廃人に成りかけてやがんだ!」
共也君の糾弾にも、一切顔色を変えない。と言うよりは、目の前のソレは、きっと顔色を変えるという機能が無いのだろう。
「それはできない」
「何故だ」
「私とて、精神に一方的に寄生することは出来ても、取り憑くことなどは出来ない。まして一体化など、とても私の力だけでは成し得ない」
その言葉に、共也君がまさかと言ったように、口を開けて浮辺君の方を軽く指さす。
「まさか……」
彼が、唾を飲み込んだ音が、こちらまで伝わってきた。
「浮辺が……浮辺自身がテメェを求めているのか……?」
ソレは、再び貼り付けたような表情で答えた。
「そうだ。彼は寄生した私を、拒むどころか逆に受け入れたのだ。そして……これは私からの提案だ」
直後、ソレの腕そのものが、巨大なカッターナイフの刃に変容した。
「ここで、消えてくれはしないだろうか」
そして、それが共也君目掛けて超高速で発射された。高速で打ち出された凶器に、瞬間移動で回避しようとする。
だが、それは共也君が移動するほんと少しだけ前に、彼の右腕に突き刺さった。彼のちょうど肘辺りに、銀の刃が喰い込む光景は、中々刺激的なものがある。
「ぐッ! ……油断した!」
「共也君!」
しかしそれだけでは終わらなかった。その刃は喰い込んだ後にも尚肉を裂こうと直進し続けるのだ。次第にその刃は共也君の右腕を抉っていく。
「クソ! なんつー力だ!」
共也君がその刃を掴んで無理矢理自分の腕から外そうとするが、その刃が食い込むスピードには勝てない。そのまま段々と、刃が進んでいく。
不意に、手が滑ったのか、刃から共也君の手が離れた。
直後、共也君の右腕が宙に舞い、僕の目の前に転がった。
そして、それが僕の目の前で、大気に透けるかのように消え去る。僕はそれ見つめて、呆然とするしかなかった。
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