複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.42 )
日時: 2018/07/01 06:51
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 午前5時。僕のいつもの起床時刻。ゆっくりと目を覚まして、目覚まし時計のスイッチを切る。
 いつもなら勉強机に向かうところだが、今日は少しだけ予定があった。土曜日なので二度寝をしても構わないはずなのだが、この予定はどうしても外せない。
 下に降りてテレビの電源を付けると、いつもとは違った番組が映し出される。時間帯が違う事を再確認しつつも、パンをトースターにセット。適当な私服に着替えつつも時間を潰す。その後焼けたパンを食べて荷物を取りに自室へ向かう。と、言っても持っていくものは財布と携帯電話くらいしかない。一応ハンカチもポケットに入れておく。顔を洗い歯を磨き、まだ寝ているであろう両親を起こさないよう、小声で行ってきますと家を出た。

 自転車に乗ってもいいが、待ち合わせ場所は滝水公園だ。そう考えると別に徒歩でもいいかという気分になったので、自分の足で歩く事に決めた。朝にしては早すぎるためか、道はいつもより活気がないようにも思える。

 滝水公園の入り口から、複雑な道を歩いて噴水のある広場に出る。少しだけ共也君との出会いを思い出しつつも、周囲を見渡す。すると、噴水の向こう側に誰かがいるのが見えた。シルエットからして、恐らくだが立っている。
 共也君かと思いぐるりと回ってみると、僕の予想は裏切られた。僕が少しだけ詰まったような驚きの声を上げると、あちらは案の定僕の存在に気が付く。そして、彼女はパッとその美麗な雰囲気を纏う表情に、微笑みを付けた。

「おはようございます。貫太君」

 僕の顔は、少しだけ苦笑いを浮かべているかもしれない。

「お、おはよう……隣さん……」

 愛泥隣。僕と同じ学校に通う同学年の女の子で……まあ、端的に言えばデートしたり戦ったり一緒に屋上から身を投げた仲だ。と、自分で言っておきながら関係性のあまりの奇妙さに自分でも疑問符を浮かべたくなる。

「きょ、今日は早いね……!」

 話しかけようとして、言葉の頭が裏返ったことを若干恥じらいつつ、最後まで言葉を放つ。彼女は頬に片手を当てて嬉しそうな表情のままにこやかな表情で言う。

「だって……貫太君が誘ってくれたんですよ? もう一時間前から居ます」
「一時間前!? ずっとここで立ってたの!?」
「はい。それがどうか……?」
「い、いや。け、結構早起きなんだなーって……はは、ははは……」

 苦笑いで誤魔化そうとする。絶対に僕の為とかそういう訳では無いだろう。

「今日だけ特別に、です。いつもは六時起きですよ」
「……そ、そっかー……」

 これは彼女が真面目なだけだと思いたいが、『貫太君が』というワンフレーズが全ての邪魔をする。おのれ僕の名前め。お前のせいで僕は未だに隣さんからの感情が尽きていないことを再確認してしまったじゃないか。

「……しかし、共也君はまだかぁ……」

 分かっていたことだが、共也君は待ち合わせをすると大体時間一分前位に来ることが多い。彼曰く「兄さんは時間ぴったりに来るからそれはワリィかと思ってよ」だそうだ。単純に見也さんはかなり真面目なだけだと思う。多分。

「おや、もう来ていまシタか」
「結構早い時間だと……思ったんだけどね」

 片方の声の特徴的なイントネーションから、僕の頭の中で特定の人物が導き出される。振り返ると、予想通りの人物が居た。そしてその隣には、少し意外な人物。

「観幸に浮辺君、おはよう」
「おはよう」

 僕の挨拶に最初に返した彼。名は浮辺縁。僕と同じ学校で同学年で、演劇部に所属している。彼も諸事情により、刺し合ったり言い合ったりした仲だ。明らかに前者が不穏すぎる。

「おはようなのデス。貫太クン。そして……愛泥サン」
「……おはようございます」

 遅れて返したのは、僕のクラスメイトの深探観幸。自称探偵で昔からの友人だ。身長は僕よりも低く、多分女装してもそんなにバレなさそうな見た目をしている。本人はそこそこ気にしているらしいが。
 そして隣さんにも挨拶をする彼。隣さんは表情こそ変わっていないものの、眉や口元が少しだけ動いている辺り、何かの感情を抑えているらしい。そう言えば彼女と観幸は色々あって、犬猿の仲なのを、今ようやく思い出した。
 観幸は観幸でそこにいたから仕方なく挨拶した、といった感じであり、隣さんは隣さんで話し掛けてくるなよオーラ全開である。
 2人の雰囲気に疑問符を浮かべている浮辺君。まあ彼は何も知らないから仕方ないだろう。

「なんで2人は一緒に?」

 話題を変えるために適当な疑問を持ち出す。彼らは特に仲の良い印象は無かったが……。

「僕が滝水公園の位置が分からないって言ったら……深探君が案内してくれるって」
「ああ、なるほどね」

 観幸の方を見ると自慢げな顔で今日もパイプを蒸すような仕草をしている。名付けてエアパイプ。彼のエアパイプは大体ドヤ顔の代わりに使われることがよくある。お前そんなにドヤ顔する事じゃないだろと言ってやりたい。

「うぃーす。揃いも揃ってんなぁお前ら」

 そんな所に急に遠くから投げられた軽い口調の声。僕は反射的に彼の名前を呼んでいた。

「共也君」
「おう貫太。ワリィな頼み事しちまって」

 頼み事、というのは今日の事だ。彼は僕に隣さんを誘うように頼んできた。まあ共也君も隣さんに好かれてはいないだろうし、僕がやるのは仕方の無い事なのだろう。そうやって自分を無理矢理納得させておく。

「兄さんはまだ……か。まあもうすぐ来るだろ」

 公園の時計で時間を確認する共也君。まあ彼が来たということは、もうすぐ見也さんが来るということでもあるだろう。

「おお、そういや浮辺と愛泥にききてぇことがあったんだ」
「……貴方が私に?」
「え? 僕?」

 2人が何故という視線を共也君に向ける。彼は何気ない口調でこう問うた。

「お前らのハートってよ……もしかして他人から与えられたものだったりしねぇか?」

 少しだけ、2人の表情が変わったのを、確かに僕は確認した。


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