複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.43 )
日時: 2018/06/10 15:09
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 先に口を開いたのは、浮辺君だった。

「確かに、そうだよ」

 そう言った時、共也君の顔が強ばったのを感じた。

「……出来れば誰とか何処とか何時とか色々聞いておきてぇが……先に愛泥、お前の答えも聞きたい」
「……私も、渡されました」

 隣さんが少しだけ嫌そうに口を開く。やはり共也君の事がそこまで好きではないのかもしれない。

「そうか。……ところで愛泥、お前、何か変な事とか無かったか?」
「渡された日に、少し悪い夢を見た気がする程度ですけど……次の日にはスッキリしていましたし……」
「……どんな?」
「悪い夢は赤い怪物に襲われる夢で、その後潰す夢を見てスッキリしました」
「……そうか」

 今の会話を聞いている限り、隣さんは自分で精神寄生体を捻り潰してしまっちらしい。流石の精神力と言わざるを得ない。

「急にこんなことを聞いたのには訳があって」
「すまない。少し手間取った」

 遠くから共也君の声に重なるようにして掛けられた、低い声。共也君は咄嗟に振り返って彼のことを呼ぶ。

「兄さんおせぇよ」
「すまない。少々、時間が合わなくてな」

 そう言う彼の背後に、誰かの人影が見えた。誰だろうか。少なくとも、この場にはもう全員揃っていると思うが、他に誰かいるのかと頭の中で思考を巡らせる。

「……君達がハート持ちか。確か、浮辺縁君に愛泥隣さん。初めまして、だな。俺の名前は友松見也という。そこの共也の兄だ。紛らわしいから下の名前で呼んでくれ」

 簡潔な自己紹介にそれぞれの反応を示す2人。見也さんは休むこと無く、今度は後ろにいた人の紹介を始める。
 後ろから出てきたのは、スラリとした男性だった。男性にしては髪が長く、後ろで一本で結われたそれが、風で少しなびいている。
 堅苦しいスーツのような服装で着込んだこの男性は、腰を折りつつも口を開いた。

「皆様方初めまして。青海静(あおみ/しずか)と申します」

 青海と名乗ったその男性は、堅苦しく着込んでいるようにもみえるが、それが自然であることに気付かされる。普段からあのような格好をしているということは、もしかして執事のようなものだったりするのだろうか。

「そしてこちらが私めがお仕え致しております、心音様にございます」

 大仰な言葉ですっと自分の横を指す彼。
 その隣には、小さな女の子が居た。お嬢様チックな雰囲気を纏っている。目付きは少しキツそうだが、見也さんに比べればどうということは無い。身長は僕や観幸よりも低い。……小学生程度の小柄な少女だ。

「初めまして。私は心音ここね。友松心音。そこにいる見也の妹で、そっちの共也の姉よ」

 ……何かの聞き間違いだろうか。
 彼女は今、共也君の姉と名乗った。いやおかしいだろう。明らかに小学生並みだ。145あるかどうかも怪しいレベルだ。
 ここで、ふと見也さんに出会った時のことを思い出した。

『妹はかなりのチビだ』

 確か、彼はこのような事を言っていた気がする。彼の発言と一致するが……いや流石に小さ過ぎるだろう。僕や観幸より小さいんだぞ。

「そこのチビ、さっきからチビチビうるさいわよ!」

 僕の方に指をさしてきて、一瞬ギクリとした。あと君の方がチビじゃないか。

「な、何も言ってないのに……」
「さっきからガンガン聞こえてるわよ! これでもヒールを履けば150に届くんだからね!」

 それ、ヒールが無ければ届かないという意味合いで良いのだろうか。

「違うっての!」

 先程までの雰囲気は何処に行ったのか、怒りを顕にする彼女。
 というか、僕、何も言ってないよな?

「茶番はそこまでにしておけ。心音。高校生組が困惑している」

 振り返ると、共也君を除く高校生達が困惑していた。いけないと思い、少し黙っておく事にした。






 それからは、共也君と見也さんによって今の状況、《心を殺す力》というハートを持つムカワという人物について。そしてハートを作り出せる力を持つ存在がいることについてが説明された。今回はハート持ちがそれぞれ顔を把握して貰いたいという意思で集められたという。

『ハート持ちは、何故かは分からないが惹かれ合う時がある。君達にも、いつ新手のハート持ちが接触してくるから分からんからな。コネクションを作っておきたかった』

 これは見也さんの発言だ。そして彼が全員に連絡先を渡したところで解散となったわけだが。


 僕は今、病室のような場所にいた。
 あの集まりの後、僕は見也さんに連れられて、今ここにいる。他には共也君と見也さん。更に心音さんがいる。青海さんは、外で待っているらしい。僕がここにいる理由は、ムカワを目撃した1人でもあるからだろう。

 ここは正確には病室ではない。友松家の管理する施設の一つらしい。これは先程知った事だが、友松家は結構大きな財閥の分家の1つらしい。家業はあまり公にできるものでは無いらしいが。
 この部屋は真っ白だったりベットがあったり謎の機器が点々と置いてあったりと、如何にも病院といった感じの部屋だ。そして、大きなベットには、1人の男性が横たわっている。それは僕らの知っている人物だ。

「八取さん……」

 八取仁太郎。一月程前に連続誘拐事件を起こした張本人で、『ムカワ』によって心を殺された被害者。彼は今も一度たりとも目を開いていないらしい。

「……今、八取は体だけが生きている状態だ。正直、いつ死んでもおかしくない。妹さんに関しては、生きている事が奇跡と言えるほどだ。……解決を急がねばならない」

 見也さんのその言葉に、空気が一層重苦しくなる。が、そんな空気を打ち消すかのように、高い声音が響いた。

「そのために私を連れてきたんでしょー? ほら、落ち込んでる暇あったら手を動かしましょう? で、私はその男の声を聞けばいいのね?」

 心音さんは見也さんにそう尋ねる。見也さんが頷くと、彼女はこちらを向いて一言。

「今から暫く、何も考えないで。聞こえなくなるから」

 彼女が何を言っているのかはよくわからないが、取り敢えず何も考えないように意識する。……が、人間そんな簡単に思考停止のできる生き物ではない。僕はどうやったら思考停止出来るのかを考え始めてしまった。

「ちょっとそこのチビ! 何も考えるなって言ってんでしょ!」
「ち、チビって……」

 そっちの方がチビなのに。

「うるさい! ちょっと出てて!」

 結局僕は病室のようなものから追い出されてしまう。うう……酷い。
 僕がすぐ近くの椅子のようなものに座ると、すぐ横に誰かが立っている事に気が付いた。

「おや、針音君。どうされましたか?」

 青海さんだ。彼は直立不動のまま、顔だけをこちらに向けて尋ねてくる。

「いえ……ちょっと、彼女の邪魔をしちゃうとかで、追い出されたんです」
「ああなるほど」

 納得いったような彼の表情に、理由を尋ねると、彼は答えた。

「お嬢様のハート、《心を聴く力》にございます。お嬢様には、周囲の人間の考えが聞こえるのです」

 その力を聞いて、少し納得しつつも、ふと思ったことを聞いてみる。

「心の声が? それは見也さんのとは違うんですか?」
「見也様のハートは視覚的に感情を読み取りますが、お嬢様の場合は聴覚的に感じ取るのです。見也様は文章で、お嬢様は音で感情を読むのです」
「……制御できないんですか?」

 先ほどの僕の考えあまり大きくなかったはずだ。そう考えると、制御できているのか怪しい。

「いえ、普段は限界まで感情の読み取りを抑えていらっしゃいます。それでも強い考えは聞こえてきますが。……ですが、今回の案件ですと、心を殺された人間の声を聞き取るのです。当然、読み取りを限界まで拡張しなければなりません。しかしながら、それでは周囲の人間の考えも伝わってきてしまいます。ですので、お嬢様は針音君を追い出されたのでしょう」
「……なるほど」

 彼女の事についてよく知っているんだな、と思いつつも、彼との会話を続ける。

「青海さんはどうしてここに?」
「お恥ずかしい限りの話でございますが、私、先程お嬢様に煩いから出ていてと言われまして、こうして外で廊下に立たされているのでございます」
「考え事でも?」
「と、言うよりは、私めは常日頃からお嬢様の事を考えております。それ故、少々恥ずかしいと日頃から申されておりますが、何分これが職業ですので止められず、お嬢様も妥協してくれたのでございますが、今回ばかりは流石に邪魔だったようで……おっと、扉が開きましたよ。もう入って宜しいのでは無いでしょうか」
「あ、本当ですね。ありがとうございます」

 執事も大変なんだなぁと軽く考えつつも、会釈をしてから再び部屋に入る。
 部屋の中では、見也さんと心音さんが何かを話していた。断片的な内容しか聞こえない。

「ダメね」
「……聞こえなかったか?」
「ノイズ程度よ。ほんとに虫の息って感じの音だわ」
「……なら、もう1つの方で頼む」

 見也さんがそう言うと、彼女は再び八取さんの方へ向かい、その手を握った。
 すると、彼女の手から、唐突に何か閃光のようなものが飛び出した。それは数秒間ほどで束を作り、一つの方向を指す。そしてまた数秒程度で、それが消えた。

「今の方向、メモした?」
「ああ、大丈夫だ」

 今のも心音さんの力だろうか。心を聴く力というのにはあまり結び付いていない気もするが、僕は深く考えない事にした。

「共也君、今の光って何?」
「ああ、多分だが……ムカワのいる方角だ」
「へ?」
「姉さんのハートの力だよ。一瞬だけ、だが、その人物が考えている人間の方向を知れる力。八取は最後にムカワの事を考えてこうなっちまった訳だから、多分そん時の意思の残りカス見てぇなモンが反応したんだろうな」
「じゃあムカワが見つかるの?」
「いや、そういうことでもねぇ。アレが指すのは普段ムカワのいる場所じゃなくて現在地だ。アイツが今どっかに旅行に行ってたりしたら、ちげぇところが指されてる。なにより、1本じゃ線上ということしか分からない。特定にゃ最低でも2本必要だな」

 その言葉に少し落胆するが、まあ希望が見えただけマシだろう。そう思って、僕は光の方向を見た。
 ──僕らの学校の方だけど、気のせいだよな。
 小さな、かなり小さな不安を抱えて。


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