複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.49 )
- 日時: 2018/06/17 15:47
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
月曜日の放課後。週末の後の登校日。誰もが早く帰りたいと願う今日。当然、いつもなら俺も早々に帰宅している。
だが、俺達は滝水公園の広場に集まっていた。そしてその誰もが皆、沈黙している。ただただ、噴水から水が流れ落ちる音や親子連れの声が聞こえるのみ。
「浮辺君が殺られた」
そんな中で真っ先に口を開いたのは、兄さんだった。
「先日の件の、《心を殺す力》というハートを持った奴にな」
「……そんな!」
学校では気を動転させることを防ぐ為に、敢えて貫太や観幸には伝えていなかった。当然愛泥にも伝えていない。
「……浮辺君は生きているのデスか?」
くるりと手のひらでルーペを回しつつも、それをパイプのように咥える観幸。数秒後自分の間違いに気が付き、どこからともなくパイプを取り出して咥え直す。どうやらあの観幸でさえ、唐突な事件に動揺を隠せないほど衝撃を受けているらしい。
「ああ。なんとか一命は取り留めた。体こそボロボロだが……彼もまた、心を殺されている」
「……フム、では心音サンのハートは試したのデスか?」
観幸が視線を姉さんにずらす。全員の視線がそちらに集中すると、彼女は少しだけため息混じりにこう言う。
「ええ、試したわよ。だけど……彼の声も聞こえなかったし、彼が最後に思っていたのは、同じ現場にいた雪原優希乃の事だったわ」
目を伏せてやるせない表情を見せる姉さん。状況が掴めていない貫太が、一人困惑している。
「……つまり……?」
「特定には至らない、という事デス」
観幸がそう言うと、貫太は沈んだ顔で生返事を返す。
「……ところで、雪原先輩とやらに話は聞いたのデスか?」
「……ああ。だが……」
今でも彼女の様子を思い出す。
俺が今日、彼女の様子を見に行った時だ。
彼女は普段通りに学校に来ていた。クラスが分からなかったために三年のクラスの辺りを彷徨いていたら、彼女が廊下を歩いているのを見かけた。その後、少しだけ彼女と言葉を交わした。
彼女と話している最中に、彼女の白い肌が、病的なまでに白くなっていて、血の気が完全に失せていたのを覚えている。今にも倒れそうなほどに、疲れ切った表情だった。
そんな彼女に、浮辺の事を聞くなんて、俺には到底出来ない行為だった。
「……ダメだったよ。ありゃ、精神がやられちまってる」
「……そうデスか……」
観幸が少しだけ顔を顰めた。本来なら容赦なく聞き込みに行く彼だろうが、相手が気を病んでいるとなれば、無理に聞こうとは思わないだろう。
結局、その後も特に生産的な会話は生まれず、皆が心にモヤを抱えたまま、その場を後にした。
その帰り道の事だ。俺は方角の関係で、必然的に貫太と同じ道で帰っていた。そして、兄さんは俺の横を歩いている。
「……共也君、実はさ……」
貫太が俯き気味に、俺を呼ぶ。
「どうしたんだよ貫太。んなシケたツラしてよ」
「この前さ、剣道部の人がさ、部長の事をこう呼んでたんだ……」
次の瞬間、彼から想定外の言葉が吐かれる。
「ムカワ先輩って」
「……なんだと?」
「もしかしたら人違いかもしれないし、全くの偶然なのかもしれない。でも、確かにその人は、そう呼ばれていたんだよ」
彼自身の困惑した表情を見る限りでは、彼の言葉に嘘偽りは無いだろう。彼がここで嘘を吐くようなメリットは、一つもない。兄さんの方を確認しても、首を縦に振るだけで、どうやら嘘ではないらしい。
「剣道部なぁ……」
確かに、あの刀を器用に使いこなしているのを見れば、剣道部かもしれない。これはあくまで偏見でしかないが。
「……でも、あの人が同じ学校にいるなんて……そんなの信じられないよ……」
「にわかには信じられねぇが……」
何せ、俺達の学校は魔窟だ。ただでさえ希少なハート持ちが四人も集まっている。ムカワを足せば五人。どうにも多過ぎる。しかし、ここまでくれば最早十人いたところで何ら不思議では無いだろう。
「……浮辺や愛泥のように、作られたハートかも知れねぇ……」
「……やれやれ、単純な誘拐事件が、とんでもなく複雑な事件に絡まっていたとはな」
そう零したのは兄さんだ。
「……その剣道部の人物、接触してみる必要があるな」
兄さんがそう呟いた事で、俺達の明日の行動は決まった。
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