複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.5 )
- 日時: 2018/04/21 14:57
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
早朝。
俺は、友松見也は異常な程に早く目が覚めた。カーテンを開けると、弱い日差しが飛び込んでくる。大して眩しくないのでそのまま放置しておく。
右腕の傷を確認する。昨日応急手当を施した後に包帯を巻いておいたが、まだ治りきってはいないようだ。右手に関しては、結構深刻で、一週間程度では治らないと見て間違いなだろう。
寝間着から灰色のスーツに着替えつつも、昨日の出来事を思い返す。あの不審者に関しては適切な処理が施されているはずだが、気掛かりなのは彼──針音貫太だ。
彼は一般人だ。心を視た限りでも、不思議な力を有している訳でもない。俺や共也とは違う存在だ。
無論、これで忘れるだろうなんて思ってはいない。人とは衝撃的事実に対しては忘却機能が著しく低下する。こればっかりは仕方が無い事だ。
唐突に、滞在中のマンションの一室に、携帯電話から放たれた着信音が反響した。すぐさま応じる。
『もしもし……お早い時間に失礼します』
「要件は」
『先日のハート持ち……灰原明(はいばら/あきら)はこちらの方で処分を決めたいと思います……』
「了解した。それと、そいつのハートは?」
『……どうやら《心を壊す力》のようです』
「なるほどな。……気を付けな。そいつはハートの具現化もしてくる。万一抵抗された時の対策も考えておく事だな」
『了解しました……それと、一つお伝えしたいことが』
何かあっただろうか。聞き返すと電話相手の彼はこう答えた。
『心音様が実家にも帰ってきて欲しいと……』
頭の中に身長の低い妹の顔が思い浮かぶ。ため息を付きつつも、「仕事が終われば帰る。そう伝えてくれ」と言い、通話を切った。
「……悪いな心音。どうやらこの街には、まだまだ怪異が潜んでいるらしい」
机の上に置いておいた、この街の行方不明者のリスト──普通の街にしては多すぎるほどの行方不明者がいると分かる──を眺めながら、そう呟いた。
○
朝。
目覚まし時計の音で目が覚める。時間は午前五時。徒歩で学校に通う生徒にしては早いくらいの時間かもしれない。が、僕にはこの時間帯に起きるのが合っている。
「課題しよっと……」
僕はあまり夜が得意ではない。少なくとも夜に勉強するとすぐに眠くなってしまうのである。だからこうして、半分程度課題を残して朝を迎え、朝にそれらを消化するという生活だった。
暫くの間机に座って問題とにらめっこした後、一段落したところで体を伸ばす。僕の部屋は二階にあり、朝食を食べるには一階へと降りなければならないので階段を下る。そのまま自然な動作で洗面台へと向かった。
蛇口を捻ると冷たい水が出てくる。水で掬って顔にかけ、タオルで拭き取る。鏡には誰でもない僕の顔が映っていた。
「……僕、だよね……」
昨日ケタケタと笑ったあの僕は、きっとおかしな力によるものだったに違いない。そう結論付けて、要らない疑念を頭から消し去る。
その後はリビングで適当にテレビを観て時間を潰し、朝食を摂り、身支度を済ませて家を出た。気分の問題で、昨日の路地は通らなかった。
「はぁ……なんかモヤモヤするなぁ……」
昨日あった事がどうにも頭の中に引っ掛かる。あんな体験をしたのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
「ハート持ち……ハートの具現化……なんの事なんだろ」
昨日、見也さんが言っていたフレーズを呟きながら道に転がっていた石を蹴る。そのまま蹴り続けていくつもりだったのに、一発で川に転がり落ちてしまった。
「ちぇっ、付いてないなぁ」
そう呟いてから、前の方を向く。するとそこには、誰かの体があった。思わずビックリして一歩だけ後退する。
「よう貫太。朝からシケた顔してんじゃねぇか。どうかしたか?」
「きょ、共也君か……びっくりしたぁ……」
「スマンスマン。驚かせるみたいになっちまった」
共也君の顔をじっくりと見てみる。やはり、見也さんとどこか似ている雰囲気があった。しかし、共也君の方がどことなく親しみやすい。
「共也君……あのさ……」
「ん? どうかしたか?」
見也さんからあの話は聞いたの、と言おうとして、黙る。確か、二人の仲は険悪だった気がするし……何より、仮に知られていた場合、口に出すのは不味そうだ。
「共也君って、見也さんの事嫌いなの?」
代わりの質問を用意したつもりだったが、すぐさま頭が冷えるのを感じた。まずい。この質問はある意味もっとまずい。
共也君が暫く黙ったあと、答え辛そうに首の後ろを掻く。
「いや……どうなんだろうな。正直俺もよくわかんねぇ。ま、昨日の兄さんは許せなかったがな」
「許せないのに分からないの?」
許せない、ということは嫌いなのではないだろうか。僕がそう考えている間に、共也君から返答が返ってくる。
「許せない部分はあっても、それでも人間100%が嫌いな訳じゃねぇんだ。一つや二つの欠点くらい、誰にでもあるしな」
心が広い、という言葉の意味を、今の瞬間実感した気がする。
なんて僕が一人で感動していたところに、聞き慣れない音楽が響く。音源は方向から考えて、共也君の方。
「俺のケータイだわ。ワリーワリー」
共也君は自分の学生鞄から最新型の携帯電話を取り出す。そして、顔を一瞬だけ不機嫌そうに歪めた後、応答する。……別に最新型か羨ましいなんて思っていない。
「……んだよ兄さん。あ? 今から学校だ」
兄さん、という辺り相手は見也さんなのだろう。昨日の発言を思い出して、少しだけ足が竦む。
「……わーったよ。了解了解。じゃこれで切るぜ」
なんてやっている内に、話を終えていたようだ。携帯電話をしまい、学校へと歩き出す共也君。僕も走って、彼の隣へと向かった。
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