複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.53 )
- 日時: 2018/06/28 22:34
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
僕が行動の先として選んだのは図書室だった。彼女がいるかどうかは賭けのようなものだが、行かないよりはマシだ。
一階に降りて図書室の扉に手を掛ける。その時、窓から貸し出しカウンターに座る彼女を見つけることが出来た。入って一直線に、彼女の方へと向かう。
「あの、乾梨さん」
「……ああ……昨日の……えっと……」
「僕の名前は針音貫太。観幸のクラスメイトだ」
「その……あの……わ、私に……何か用事ですか……」
相変わらず消えそうなくぐもった声で、目を合わさずにそう言う彼女。後ろめたいとかそういう訳ではなく、単純に性格の問題だろう。もっとも、知らない人から声を掛けられて挙動不審になるのも当たり前とも言えるが。
「昨日の事について、聞かせて欲しいんだ」
「……?」
「実はさ」
適当に、深探観幸が夜に電話を掛けても出てくれなかった。今日学校にも来なかった。昨日の夜何かあったのかもしれない。と若干の虚偽を含んだ話をする。
「……え……?」
「多分君しかいないんだよ。観幸が昨日、いつごろ帰ったのかを知ってる人はさ」
「その……あ……」
しかし、僕が食い気味だったせいか、彼女は俯いて黙り込んでしまう。もしかしたら、間違えられないという心理を働かせてしまっているのかもしれない。それで間違いを恐れて黙り込んでいるとか。
少しだけ、自分を落ち着かせる。いけない。僕が焦ってどうするんだと言い聞かせる。
「ああ、僕達が来てからどの位して帰ったのかとかでもいいから」
そう言うと、彼女は俯きがちにこう答えた。
「確か……あの後すぐに……思ったよりも簡単に出来たので……」
「……僕達より先か」
観幸は僕達の後ではなく先に帰っていた。つまり、僕達が学校を出る頃に、まだ居残りしていた生徒がムカワである可能性が高い、という事だ。無論、観幸をどこかで待ち構えていた可能性もあるが。
そっか、と言って、カウンターから一歩引いた時、彼女の右手が目に入った。何か白い包帯のようなものに軽く包まれている。
「右手どうしたの?」
「……あ、右手、ですか……」
彼女は自分の右手首を左手で持ち上げつつ答える。
「これは……昨日……転んで痛めたんです……鈍臭いんです……私」
「ああごめん、そういう事じゃないから!」
少しだけ落ち込んでしまったのか、どんよりとした声で話すものだから、慌てて弁解する。思考がネガティブに向かいやすいのだろうか。
「あっ……すみません……すぐに謝っちゃって……」
「いやいやいやいや、言ってるそばから謝ってるってば」
「……わ、私が……こんな性格だから、深探君にも、迷惑が……」
彼女が僕の言葉を聞いているのかどうか怪しい。一度自己嫌悪に陥ると中々抜け出せないのだろうか。何にしろ良い傾向とは言えないだろう。
「落ち着いてって。誰も責めたりなんてしてないから」
「土曜日も……無駄に使わせちゃったし……うう……」
土曜日、とはあの日、丁度心音さんや青海さんと出会った日の事だろうか。と、するなら、観幸は浮辺君が襲われたあの日に登校していた事になる。まあ割とどうでもいい情報だったので気にしないことにする。
「他に何かない? 観幸の事とかで」
「……あ、そう言えば……これ……」
彼女がカウンターの下に置いていた何かを片手で持ち上げた。どうやらビニール袋らしく、中には何かしらの固形物が入っている。大きさは手のひらサイズかそれより少し大きい程度だ。
「……今日、深探君が来たら……えっと……渡そうと思ってたんです……」
それを僕の方に遠慮がちに差し出してくる彼女。受け取れ、ということだろうか。黙ってビニール袋を受け取り、中身を覗く。
「これ……観幸のパイプじゃないか……」
ビニール袋から取り出して見てみる。形や色からして、普段彼が持ち歩いていた空っぽのパイプだ。どこぞの探偵に憧れて持ち始めたのか、探偵っぽさを求めて持ち始めたのかは知らないが、彼のトレードマークの一つであることには違いない。
「どうしてこれが……?」
「えっと……多分……昨日……深探君が忘れていったので……持ち帰っておいたんです……」
観幸も物忘れをしたりするんだな。なんて思いつつも、パイプを改めてじっくりと眺めてみる。
「ほ、他は……あんまり……深探君については……」
「いや、ありがとね。ごめん、急に押しかけちゃって」
「……あっ、その、迷惑とかじゃ……」
慌てた様子となり、挙動がおかしくなった彼女。制止すると、彼女はカタカタと震える指でメガネの位置を直そうとした。当然直るはずもなく、むしろ思いっきり落としてしまう。
「落ちたよ」
それを膝をついて拾おうとする。手に取ってみると、地味で何処にでもありそうなメガネだった。が、レンズにはかなりキツイ度が入っていることが分かった。逆に見えないんじゃないかと思うレベルで。
「ご、ごめんなさい」
「だから大丈夫だよ。……目、悪いの?」
「へ?」
「ああいや、メガネの度がかなり大きかったから……」
「……はい。目、悪いんです。メガネがないと人の顔とかイマイチ判別出来なくなって」
その会話を最後に、特に目立ったこともなく、休み時間終了のチャイムによって、僕は図書室を後にした。そして、少しだけ重たい足を引きずって、教室へと向かう。僕の親友の姿が、抜け落ちた場所へ。
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