複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.57 )
- 日時: 2018/07/03 22:45
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
きっと、自分という存在は呪いなのだろう。
どうしてもコレが止められない。内側から溢れ出る衝動が抑えられない。自分という存在はそのために存在していると言っても過言では無いが、正体がバレるようなことはあってはならない。その為、今回のような綱渡りはするべきでないだろう。
今この瞬間も、刀を振り下ろせば、このツインテールのメスネズミは殺せる。近くでガタガタ怯えているアリンコだって簡単に殺せる。自分はこの事実に堪らなく興奮していた。今まで散々抵抗してきた女を、足蹴にして殺そうとしていることに。
さぁ後は刀を振り下ろすだけだ。それで全ては終わりオレの心は満たされる。そうすれば暫く出張ることは無いだろう。そもそも数日連続でこっちに来ることになったのは、あの嘘吐きネズミとチビネズミのせいでしかない。特にあのチビネズミ、オレの右手をルーペで殴って来たのだ。お陰でこちらは右手の甲を切った上に腫れている。
だがまあそれでも、無事にこのメスネズミを殺せばオレの仕事は終わる。役目は果たされる。再びこの心の奥のマグマが活性化するまでは、のんびりと眠っていられる。
そう考えながら、思いのままにこのメスネズミの首に刀を振り下ろした。
瞬間、オレの刀が何かに包まれるかのような感覚がした。良く見れば、透明の何かが纏わりついている。よく見ると、水だった。
「水だァ!?」
その瞬間、確かにオレは動揺した。だからこそ、水に手首が絞め付けられ、思わず刀を落としてしまった。拾おうにも、上手く手を動かすことが出来ない。
「邪魔だァ!」
ハートの力で刀を直接水のある場所に出現させる。すると水がバシャッと弾けた。拘束から開放された手で刀を掴むが、視界に驚きの光景が広がる。
オレとネズミ共を分断するかのように、水しぶきが地面から噴射された。視界が潰されるが水柱をハートで殺し、一瞬で払う。
「……居ねぇ」
その頃には、既にネズミ共の姿は無く、代わりに地面に大穴が開いていた。そして水が凄い勢いで流れていく音もする。さしずめ誰かが水で穴の中に流し込み、連れ去ったのだろう。
「待ちやがれ!」
そう言って穴を覗き込んだ瞬間だった。
中から再び、大量の水がせり上がってくるのが見えたのは。反射的に刀を自分の前に構えていた。直後、水圧がオレを襲う。刀で何とか水を殺した為にダメージは無かったものの、防いでなければ吹き飛ばされていただろう。その水が無くなった頃には、既に穴の中からの音は消えていた。
「…………」
つまり、獲物を逃した。
「クソがァッ!」
地面に刀を投げ付けると、それは綺麗に地面に突き刺さった。
「またかよ……まだかよ……!」
最近、オレはこの胸の疼きを抑えることが出来ない。暫くの間、オレは殺しの快楽を得ていない。何奴も此奴も、殺す時にオレを苛立たせる野郎共だった。
「はぁ、はぁ、……クソ、もう時間がねぇ」
刀に映る自分の赤い瞳を見て、光が弱々しくなっている事に気が付く。もう持たないだろう。だがこの様子では、それこそ明日にでも意識が戻ってくるだろう。
「クソ……全身がズタボロだ……こりゃひでぇ」
当たり前といえば当たり前だ。あんなデカブツから10発程度も食らったのだから、むしろ立っている自分がおかしいのだろう。だが、この体では間違いなく、明日は普段通りにはいかないのは明白だ。
「……明日の事は、私に任せるしかねぇ」
私は土の山から降りてその場を離れる。暫く離れたところで、周囲を確認。誰もいないと分かった上で、刀を取り出す。
そして、その刀で、自分の心臓を突き刺した。
○
僕が目を覚ました時、視界を埋め尽くしたのは白い天井だった。
あれ、どうしてここにいるんだろう。記憶を手繰るようにして掘り返していく。
僕の記憶は、地面から水飛沫が上がったところで途切れている。そこから先は、上手く思い出せない。
「気が付いたみてぇだな、貫太」
聞き覚えのある声に、そちらを向く。
「大した傷はねぇらしい。立てるか?」
共也君の姿を見て、先程のことを思い出す。正確にはどのくらい時間が経過しているのかは分からないが、あの時、共也君から離れてしまった時のことを。今思えば、共也君は僕が襲われないように来てくれていたのかもしれない。
「……ごめん」
「……あー、なんか叱る気失せるなぁ……」
困ったような表情を浮かべる彼。しまった。少し待てばよかったとまた後悔を重ねる。
「ま、なんつーかよ。次からは気ぃ付けろよ」
共也君がそう言ったところで、丁度扉が開いた。その時、この部屋の構造を見て、八取さんが眠っていたあの施設だと言うことに気が付く。
「……」
現れたのは見也さんだ。思わず、顔を背けてしまう。あの真っ直ぐな鋭い瞳で見詰められると、今度こそ自分が追い詰められそうで。
「兄さん。どうしたんだよ」
「……付いてきてくれ。貫太君、君もだ」
それから見也さんに誘導されるがままに、部屋を移動した。彼がある部屋をノックし扉を開ける。そこは僕がいた部屋と同じ構造のものだった。当然、ベッドには誰かが寝ているだろう。
「青海、心音はどうだ」
「現在もまだ……」
「……そうか…………」
会話を聞いて、まさかと思う。思わず、2人の間を潜って部屋の中に入っていた。
「心音……さん……」
そこには心音さんがいた。髪は下ろされ、服は違うものの、間違いなく彼女だった。そして、目を瞑ったままでいる。
「心音は今も目を覚ましていない」
「まさか……ムカワのハートで……」
「いや違う。心音の心は今も生きている。単にオーバーヒートを起こしただけだ」
聞き慣れない単語に、疑問符を浮かべる僕。それを察知したのか見也さんが言葉を繋ぐ。
「心音のハートの特徴を知っているか?」
「えっと……一つじゃない、事ですか?」
彼女の言葉を思い出しながら述べる。確か、彼女は言っていた。誰も私のハートが一つとは言っていないと。ならば、彼女は複数のハートを有しているのだろうか。
「そうだ。心音は諸事情により、二つのハートを所持している。一つは《心を聴く力》。もう一つは《心を結ぶ力》だ」
そこで一度言葉を切り、心音さんの元へと移動した見也さん。
「先程、心音の記憶を直接俺のハートで視た。まさか、テディを持ち出しても捕まらないとはな」
その固有名詞は、あの土人形の事だろうか。確かに、あんなものを引っ張り出しても勝てなかったムカワのハートは強力過ぎる。
「正確には、心音が《心を結ぶ力》の方のハートで一つ一つの物質の連結を作り、それによって何度でも再構築を可能とした寄せ集めの人形の事だ。サイズは自由に操作可能。そして心音はその人形を、《心を聴く力》によって動かす。最大サイズとなると構築に1分程度は要するだろう。その力は絶大だ。ムカワすら簡単に捻り潰せるだろうな」
「で、でも、彼女は現にこうして」
「君は彼女が本気であのゴーレムを動かしているように思えたか?」
記憶を辿っていくと、彼女が自ら土人形で攻撃した記憶は無い。全て、飛びかかってきたムカワを迎撃していただけだ。
「……自ら動いてない……なんで……」
「テディはその力が強すぎる故に、周囲を気遣う事が出来ない。さしずめ、近くにいた君を害さないための配慮だったんだろう」
その言葉に、力が抜けていく感覚がした。
僕はあの場でも足でまといだったのか? そして心音さんは、そんな足でまといを切り捨てることを考えなかったのか?
「何より……心音にはリミットがある」
「リミット?」
「俺達ハート持ちは、基本的に一つしかハートを持たない。何故なら、人間の魂の容量と処理速度が一つで限界だからだ。一つのモーターを動かすか、二つのモーターを動かすかでは、後者の負担が大きい事は明白だろう」
「つまり、心音さんは二つハートを持っているから、ハートを使い過ぎると」
「オーバーヒートを起こして倒れる。という事だ。心音にとっては、テディを出す事は、最強の一手であると共に諸刃の剣でもある」
気が付けば、膝を付いていた。
「お、おい貫太。だ、大丈夫かよ」
どうしてなんだろうか。
八取さんの鎌から僕を庇った見也さんも、僕を守るために諸刃の剣を使った心音さんも、僕を庇って両腕を切り飛ばされた共也君も、何故そんなに易々と、他人の為に自分を投げ捨てる事が出来るのだろうか。
どうしても、僕との人間としての格の違いを思い知らされる気がした。きっと3人は人に格など無いと否定するだろうか、僕は確かに、3人より人間的に劣っていることを自覚した。
「針音君、少し、いいでしょうか」
僕に声をかけたのは、青海さんだった。
「どうか一つ、この青海の頼みを聞いて欲しいのでございます」
彼は、爽やかすぎる表情で、まるで裏に見え隠れする本心を抑え込むかのような表情で、言った。
「一発、殴らせて下さい」
「──え?」
「この青海、一生の不覚でした。この施設の水周りが詰まったとか、そのような細事に気を取られ、心音様が一人で外出していたのを見逃してしまいました。ええ、それはこの私めが悪いことにございます。しかしながら、貴方が迂闊な行動を取らなければ、心音様にこのような事は起こらなかったのでございます。決して貴方の行いが悪いとは申しません。ただ、友松心音に仕える身としてではなく、青海静個人として、貴方が許せそうにないのです。これでは、若しかしたら貴方の寝首をかき、殺してしまうかもしれないのでございます」
そう言っている最中にも、彼の手がガタガタと震えているのが分かった。それは恐怖ではない。怒りだ。彼の奥底で、どこへ向けていいか分からない怒りが燃えている。そして彼はそれを、僕へと向けた。
彼の言うことは道理だ。反論のやりようがない。寧ろ、僕も一発殴って貰った方が、スッキリするだろう。そう考えて、頷いた。
「──では、失礼します」
瞬間、青海さんの白い手袋に包まれたしなやかな腕が、僕に伸びてきた。これを受ける事への恐怖が強かったが、僕はこれを受け止めるしかない。
そして、拳が振り抜かれる。
僕は──無傷だった。
代わりに、僕の目の前に、拳を受けた人がいる。
「……これはどういう事でございましょうか。見也様」
僕の代わりに、滑り込んできた見也さんが、その拳を顔面で受けたのだ。唐突な出来事に、驚きが隠せない。
「……コイツらがもしもの時は、頼む」
ボソッとそう言った見也さんが、跪いていた姿勢から立ち上がる。
「俺が、心音がこの街に来た時に言った言葉だ。アイツがここまで本気で貫太君を守ろうとしたのも、俺のせいだ」
「だから、貴方が代わりに受けたと仰るのですか?」
「……そうだ。まだ足りないなら、俺が受けよう。今は関係を気にしないでいい。目の前にいるのは、喋るサンドバッグと思え」
「……そのような事、私めには恐れ多いことにございます。貴方に免じて、今はこの拳を収めましょう」
「助かる」
口から僅かに流れる血を拭きながら、見也さんは出ていく。気まずい雰囲気の中で、僕はただただ、モヤモヤとした心情だけで埋め尽くされていた。
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