複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.58 )
日時: 2018/07/05 18:19
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 僕って、なんなんだ。
 名前は針音貫太。普通の高校二年生。成績も中の中の上といった所で、特徴というものも、あまりない。強いて言うなら身長が小柄で154cmしか無い事。そんな事は知っている。僕が言いたいのはこのようなものでは無い。自分という存在の根底が分からない。
 僕が普通と言うなら、この力はなんだ。隠された力なんて急に言われたって、僕には分からない。何となく使ってきたこの力のことを、僕は殆ど知らない。
 なぁ、神様。どうしてこの僕に、わざわざこの僕に、こんな力を与えたのさ? 僕の身近には、あんなにも特別な力に憧れた奴がいたじゃあないか。なのに、なんで彼じゃなくて僕なんだよ。なぁ、おい。

「おい、貫太?」

 その声に、ハッとしてグルグルと無駄に回転していた思考がシャットアウトされた。意識が現実に引き戻されると、僕は横長い青いシーツの上に座っていて、共也君はその隣からこちらに呼びかけていた。

「あ……共也君……」
「呼び掛けても反応がねぇからよ。ったく、何考えてんだよ」
「……ごめん」
「なぁ、どうしたんだよ、お前」
「……え?」

 共也君が真剣な目で問うので、思わず不意をつかれた。僕に変な所でもあったのだろうか。

「今日、すげぇ変だ。いつもより動きとか表情が硬ぇし、なんかあったのかよ……って、あるにはあったけどよ。どうにも……なんつーか……それだけじゃねぇ気がすんだ」
「…………」

 彼に打ち明けたら、少しは楽になるんだろうか。

「実は、さ」

 今日、見也さんに言われたことを、そのまま伝えた。そして、僕の答えも伝えた。思い出すだけで心が締め付けられる気がした。締め付けられる度に、心音さんの言葉も思い出す。勿論彼女のその後の事もだ。

「兄さんが、ねぇ」
「……僕には、理由なんて無いんだよ。みんなみたいに、強い意志なんてこれっぽっちも無いんだ」

 無いものは仕方無い。なんて割り切れたら、どれほど楽だろうか。

「俺はよ、貫太。そんな事はねぇと思うぜ」
「……え?」
「俺は忘れちゃいねぇさ。お前が初めてハートを出した時、お前が本気で怒った時、そしてお前が歯ぁ食い縛って立ち上がった時。皆、お前のココの強さが起こしたモンじゃねぇのか?」

 ドン、と心臓の辺りを叩いた彼。

「……そんなの、下らない一時の感情に身を任せただけだよ」
「ハッ、まあ言っちまえばそうだな。だけど、それでも良いじゃねぇか」
「……それでも?」
「俺の知ってる針音貫太はよ、普段は頼りなくて、自信なさげで、弱気で、チキンな奴だ」

 唐突な罵倒に、少しだけ驚きを隠せない。そして、その後の彼の発言にも、もっと驚かされることになる。

「だけど、ここぞって時には、とんでもねぇ爆発力を見せる男だ。やれ友達だ、やれ友人だって、そんな事で必死になれる。ピカイチな奴だよ」

 そして、僕の肩に手を置いて、彼は一言だけ置いて行った。

「お前はお前のままでいい。いつもみてぇに、お前が言うくっだらねぇ感情を、真正面から叩き付けて、クソ野郎をぶっ飛ばせば良いんだよ」

 彼の背中が、施設の廊下の向こう側に消えて行く。やはりその背中は、大きかった。

「……共也君、僕、頑張るよ」

 正直、モヤモヤは、消えていない。悩みが完全に解消したとは言えない。
 でも、それでも、僕は頑張ってみる事にした。この胸に秘めた、下らない感情を、あの殺人鬼に叩き付ける為に。





 貫太と話した後、もう夜も遅いので帰宅しようかと考えていた頃、廊下で兄さんとすれ違った。
 相変わらず鋭い目付きだ。クールとは言えばクールだが、姉さんの件もあってかかなり悪い方向に向かっている気がする。

「……目付き、どうにかした方がいいぜ」
「青海からも言われた。が、収まる気がしないんでな」

 やはり、姉さんと過ごした時間の違いだろうか。確かに俺も、多少はムカついているが、兄さんのように表に滲み出る程ではない。いつもは無表情でクソ真面目で冷静沈着な兄さんがここまで表情に表すとは、内心はマグマの嵐だろう。

「何をしていたんだ?」
「友人の相談に乗ってたんだよ」
「……言葉足らずだったか。まさか、あんなに悩んでいるとはな」
「やっぱりかよ。アンタ、その癖直した方がいいぜ」

 昔から、兄さんは発言に言葉足らずな事が多かった。恐らく今回も、一部端折ってしまったのだろう。かなり重要な場所を。

「ホントはなんかいうつもりだったんだろ? 最後に」
「……君は君なりの理由を見つけるんだ。それは君の強い味方になる。という事を、言ったつもりでいた」
「あーあー、いい台詞がぶち壊しだ」
「…………」
「……なんか喋りなよ。俺が悪かった」
「いや、お前とこんな風に喋れている事が少し嬉しくて、な」

 僅かに口の端を上げてそう言う兄さん。彼のそういった顔を見たのは、片手で数える程しかない。つまり、本気で言っているのだろう。

「……そうだな」

 一瞬、返答に詰まった。喉の奥に、少し苦いものが引っかかっている。
 その間に、兄さんがこう言う。

「共也、お前が本当に俺や心音に心を開いていないことは知っている。だが、俺も心音も本気でお前の事を兄弟だと思って」

 自分の思考が切り替わったのを感じた。穏和なものから、攻撃的なものへと。
 気が付けば、兄さんの声を遮っていた。喉の苦いものを、相手に吐き捨てるように。

「それ以上言うんじゃねぇ」

 その先を聞きたく無かった。昔の記憶に引き裂かれそうになるのが、恐ろしかった。

「……共也」

 もう必要無いと分かっているのに、俺の口は止まってくれない。俺の理性に反した感情が、兄さんを拒絶する言葉を生み出していく。

「俺は忘れねぇよ。例えアンタ達が、忘れていようが、あの日、アンタ達に言われた言葉をな」

 止めろ。俺はこんな事を言いたい訳じゃない。だが、この奥底からの本気の感情を理性で抑え切れるほど、俺は大人では無かった。

「……俺達は幼かった。親の言う事の重要さも、意味も、残酷さも、全く理解していなかった」

 止めろ兄さん。俺はアンタの謝罪なんて聞きたくないんだ。それ以上、俺に言葉をかけないでくれ。言い訳がましく、言葉を繋がないでくれ。下手な同情なんて、しないでくれ。

「お前の気持ちを、理解してやれなかった」

 その言葉で、自分の中の糸が切れた気がした。

「当たり前だろうが。テメェなんぞに理解されてたまるかよ」
「……ッ」
「テメェらが幼かったからなんだよ。それで幼い俺に付いた傷が癒えんのかよ。今更兄貴面してんじゃねぇ」

 ダメだ。今コイツと向き合っていても、時間の無駄にしかならない。そうやって思考を切り、早歩きで兄さんを通り過ぎた。

「これ以上、俺に踏み込んでくれるなよ。次はねぇ」

 そうやって、カツカツと床を鳴らしながら歩いていると頭が少しだけ冷えた。そして、思う。
 自分は最低だと。
 自己嫌悪に浸りかけていた自分に、唐突な、後ろから耳を刺す声。

「共也、俺は諦めない」

 その一言しか言わない自分の兄に、再び苛立ちを覚えた。
 ──これだけ拒絶しているのに、まだ自分を拒絶しようとしないアイツに。
 自分よりも遥かに広大な心を持ったアイツが、心底憎く羨ましかった。


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