複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.59 )
- 日時: 2018/07/07 16:58
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
それから、何気ない日々が数日ほど過ぎて行った。僕らは未だにムカワを見つけられていない。とは言うものの、ムカワである可能性が一番高い、三年の剣道部の武川小町先輩が、ここ最近欠席しているからだ。
彼女のことを調べようにも、来てくれなければ進みようがない。早くムカワの力を解か無ければ、皆はいつ本当に殺されてしまうか分からないというのに。そんな焦りだけが溜まっていく日々だった。
「よう貫太」
「おはよ、共也君」
それでも、今日も今日とて何気ない月曜日の朝が僕らを出迎える。あんな事件達なんて無かったみたいに、ずっと変わらない日常の一部。
「おお、そういやこれ。兄さんから」
「見也さんから? なんだろ」
共也君から差し出されたのはビニール袋だった。受け取って中身を確認すると、見覚えのあるパイプがあった。そして、メモらしき2枚の紙も同封されている。
「あ、調べてくれたんだ……」
「てか、なんで観幸のパイプなんて持ってんだ?」
「図書室に行った時に乾梨さん……観幸と一緒にいた図書委員の子から貰ったんだ。彼の忘れ物だって」
メモを見ると、そこまで長い内容では無かった。しかし歩きながら読むのも危ないと思うので、開かない方が良いだろう。
「おはようございます、貫太君」
「うわぁっ! ……り、隣さんか……おはよう」
僕に唐突に声を掛けたのは隣さんだ。心臓に悪いからよして欲しい。いやまあ、僕がボーッと考え事をしながら歩いていたのも悪いんだけど。
暫く二人で(共也君は多分ハートで先に行った)歩いていると、赤信号に当たった。僕が黙って待っている間に、隣さんが口を開く。
「……貫太君、大丈夫ですか?」
「え?」
思わず、聞き返してしまった。
「なんだかとっても……思い詰めてるみたいです」
「……そんなに出てるかな、あはは……」
誤魔化し笑いもあまり上手く行かなかった。僕がそれほど思い詰めているのだろうか。それとも、隣さんに嘘を吐きたく無かったからだろうか。何れにせよ、悩みのようなものがあるのは事実でしかない。
「私には、話してくれないんですか?」
うん、と短く返事をしそうになって、気が付いた。
どうして僕は、隣さんには話したくないと考えているんだ?
彼女はハート持ちだし、ムカワの事についても知っている。浮辺君や観幸が行方不明になったことも知っている。なのに、どうして僕は隠そうとしていたんだ? 彼女のことを巻き込みたくない、なんて思っているんだ?
「貫太君?」
「ご、ごめん。実はさ」
それから一連の事について話した。内心では、今すぐこの話を止めたいという感情が、原因も分からないまま渦巻いている。
「……小町さんがその殺人鬼である可能性が高い……ですか」
「え、知ってるの?」
「小町さんも生徒会役員ですから……その繋がりで、一応」
それは知らなかった。彼女は生徒会に入っていたのか。
「じゃあ、小町さんがどうして休んだのか知ってる?」
「体調を崩したみたいです。藤倉先輩が荷物届けに行くとか言ってましたし」
藤倉先輩の名前を聞いて、少しだけ隣さんとの出来事を思い出した。改めて、今彼女と何気なく会話していることが不思議で堪らない。
「……所で貫太君、ムカワの利き手が分かりますか?」
「へ? 利き手?」
急な質問に、少しだけ驚いた。隣さんが続ける。
「小町先輩、利き手は左なんです。左の人って少ないイメージありますし、もしかしたらと」
理由に納得しつつも、記憶の中を掘り返していく。刀を持つ手は向かい合う僕らから見て右側にあった。つまり、
「左手……だった。確か、左で刀を持っていたよ」
確かに彼女は左手で刀を振るっていた。わざわざ理由も無く利き手ではない方で刀を持つ理由も無い。つまり彼女は左手ということだ。
「そうですか……」
隣さんが少しだけ悲しそうな顔をした。多分、彼女は武川先輩への疑いを晴らしたかったのだろう。それが逆に、より強固なものにしてしまうとは思わずに。
その後、気まずい雰囲気で歩く事になる。こんな時、気の利いたセリフの一つや二つでも思い浮かべばいいのに、僕は彼女に声を掛けてやることも出来ない。そのまま校門まで着いてしまった。当然クラスが違うので、靴箱で別れる。
「……じゃあね」
「……あっ……」
隣さんの元から離れて自分の靴箱へと向かい、そのまま早歩きで教室へと向かう。
隣さんといると、慣れない胸のざわつきが襲ってきて、自分が自分じゃなくなる感覚がした、少しでも早く、離れたかった。
「……貫太君が落とした紙、渡しそびれました……」
○
教室に着いて、課題を提出してから自分の席でメモを読んだ。内容はパイプの指紋についてだった。なんでも、観幸の指紋が無い代わりに一人の指紋があるらしい。多分乾梨さんが持ち帰った際に洗ったりしたのだろう。
メモ用紙に多少の違和感を覚えつつも、まあいいかと気にしない事にした僕。今は共也君と教室で話している。
先程武川先輩とムカワの利き手が同じだったことを伝えると、彼は少しだけ驚いたような表情を見せた。
「……やっぱり武川先輩なのかな」
「……利き手とは盲点だったな。だが……いよいよ確信が持ててきたな」
確かに、武川先輩はムカワである要素が余りに多過ぎた。名前に関しては無視するとしても、それ以外でも十分な共通点があった。
「恐らくだが……数日間休んだのは体の問題だろうな」
ムカワは心音さんとの争いでかなりダメージを負っていた。それなら数日間の欠席にも合点が行く。というか、都合が良すぎるほどに噛み合っている。時間帯に関してもそう。彼女は部活で遅くまで残り、被害者が襲われたのは夜。彼女は剣道部で、ムカワの使う武器は刀。
「今日、もし武川先輩が来てたら、部活終わりに先輩を尾行する。兄さんも呼んでおくぜ」
「分かった」
時間が無い。僕らは一刻も早く事件を解決する事だけを考えていた。
そして時間は流れ、昼休みの事。
「今日は乾梨さん当番かな……」
廊下を歩きながらそう呟いた。僕は今、図書室へ乾梨さんに会いに向かっている。
僕が観幸のパイプを持っているのもどうかと思ったのだ。一応彼女が拾ったのだし、彼女から渡した方がいいのではないかと思ったのだ。
──と、まあこれは実際は建前でしかない。本音は、観幸のあの姿を思い出してしまって、胸が絞め付けられるから、他の誰かに渡してしまいたかった。
図書室の扉が見えてきたところで、ちょうど向かい側に、偶然見覚えのある人物が居た。
「貫太君、図書室ですか?」
「うん。ちょっと用があって」
隣さんだった。片手に文庫本を持っている辺り、彼女も図書室に用事があったのだろう。
「あ、貫太君、朝にこれ、落としてましたよ」
「え? ……あ、そう言えば1枚しか無かった」
隣さんからメモのようなものを渡された。どうやら、朝僕が落とした、見也さんから送られてきたメモらしい。道理で違和感があった。受け取ってポケットに仕舞う。
ガラガラと音を立てて開く図書室のスライド式のドアを開けた。もし彼女がいないなら、全くの無駄骨だと考えながら、祈りつつもカウンターを覗く。
そこには、少しだけビクビクしながらも貸し出し作業をしている乾梨さんの姿があった。安堵の息を漏らしつつも、彼女の方へと向かう。
「あっ、そのっ、……は、針音さん……ど、どうしました……?」
「いや、これ、乾梨さんが持ってた方が良いかなって……」
僕がビニール袋を差し出すと、彼女は一瞬だけフリーズした。その後、十数秒かけて何のことかを理解した彼女が、慌てて立ち上がってそれを右手で受け取る。
「右手、もう治ったんだね」
「あっ……いえ……はい……もう何とも無い……です」
僕が話し掛けると答えるが、その後彼女は俯いてしまう。やはり人と話すのが得意では無いんだなぁと思いつつ、図書室を後にしようとした。
「ま、待って……下さい……」
彼女から、そう言われるまでは。
「え? どうしたの?」
「……じ、実は私……」
彼女は、深呼吸するかのように大きく肩を上下させ、胸に手を当てながら、心底苦しそうにこう言った。
「あ、貴方に……嘘を……い、言いました……」
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