複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.6 )
- 日時: 2018/04/28 16:36
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「はぁ、記憶の忘れ方、デスか」
「そう。なんか無いかな?」
昼休み、僕はまた観幸と一緒に昼食を摂っていた。彼の手に握られている包み紙を見る限り、今日は念願のサンドイッチを手に入れたらしい。
「忘れ方……ウーン……覚え方なら聞かれる事もあるのデスが忘れ方……デスか」
目を伏せて数回ほど首を捻る観幸。こんな質問をされたのは初めてだったのだろう。お気に入りの空のパイプを咥えることも忘れて机の上に置いている。没収されないのかな……。
「恋、とかどうデスかね」
らしくない友人の言葉に、思わずむせ返って数回ほど咳をする。こいつ僕に嫌がらせしてるな?
「……らしくないこと言うなよ。パンが台無しになる所だったじゃないか」
「案外スグに嫌な事くらい忘れるかもデスよ。ほら、二年四組の愛泥サンとかどうデスかね」
頭の中で数回ほど言われた名前が回転するが、その苗字にヒットする名前が思い浮かばない。詰まりは知らない人ということだろう。
「誰?」
「……キミは情報社会から隔絶されているのかと思いまシタよ。今、本気で」
本気で呆れたと言わんばかりの表情に、思わずムカッと来る。
「知らないでもおかしくないだろ、別に」
「まあいいのデス。……愛泥隣(あいでい/りん)サンはこの学校一美しいとか、モデルのオファーが来たとか、そういったウワサが大量に流れている人物なのデス。見た目的にもモデルになっても間違いないほどの美人でシタね」
「……ふーん。やけに詳しいじゃないか。好きなの?」
その問に対し、ようやくいつものように空のパイプを咥えた観幸は、若干の嘲笑を込めた口調で返してきた。
「ボクはそんな理由で情報を集めないのデス」
「じゃあなんでだよ?」
チッチッチ、と舌を鳴らしながら、僕の前に手を出して指をリズム良く振る観幸。……早く言えよ焦れったいなぁ……。
「分かってないデスね。では特別にお教えするのデス。……彼女もまた、超能力者なのデス」
あまりの予想外の回答に、思わずぽかんとする。その間彼は何食わぬ顔でこちらにルーペを向けてくる。その隙あらば探偵要素を主張する癖を直せと叫んでやりたい。
「……は?」
「彼女は人の目を異様に集めるのデス。確かに美人ではあるのデスが、それでも超が付くほどでは無いのデス。なのに彼女は現にこうして注目されている……おかしいとは思わないのデスか?」
「……もうホラ話は聞き飽きたよ。大体、どうして観幸は超能力なんて信じてるんだ?」
前から疑問だった。どうして、観幸は超能力なんてものがあると主張し続けるのか。僕みたいに、昨日の出来事のような超常現象にでも立ち会ったのだろうか。
が、観幸の回答は僕の予想とは違っていた。
「ボクが信じている理由、デスか。単純な話なのです」
観幸はワザらとらしく間を置いてから、決め台詞でも言うかのように表情を固め視線を鋭くしてから、言った。
「あった方が、面白いからデス」
「……面白い?」
「だって、面白いじゃないデスか。普通の人間普通の出来事普通の事件。もうそんなものは見飽きたのデス。ボクが求めているのはボクを退屈させない物なのデス」
何を馬鹿なことを、なんて言いそうになった。慌てて口を閉じる。何故なら、観幸の目は今まで以上に真剣なものだったからだ。
それから二人で黙っていると、まあ、と観幸が切り出す。
「とにかく、何か忘れたいならば放置しておくのが一番なのデス。きっと半年後には、嫌な事なんて忘れているものデスよ」
「それも……そうか」
色々と言うし、話は逸らすしだったが、なんだかんだで真剣に考えてくれていたことに、僕は感謝せずにはいられなかった。
その日の放課後、僕はいつも通り靴を履き替えていた。観幸君は学校の委員会、確か図書委員の仕事があるとかで、先に帰っておいてと言われた。待っていても結構かかるだろうし、やることもないので先に帰ることにした。
「……ん? あれ共也君かな……」
学校から出ると、共也君が走って何処かへ向かっているのが見えた。体格が大きく、体型も運動部かと思うほどに引き締まっている共也君の足は速く、小走り程度でもすぐに遠くに行ってしまった。
「そういえば、今日は見也さんと放課後に待ち合わせてるんだっけ」
朝、確か電話でそんな話をしていた気がする。腕時計で時間を確認する。まだ余裕があった。
このまま尾行するか、帰るか。悩ましいが問題は向こう側には見也さんが居る事だ。昨日言われたことを思い出して、僕の好奇心が気が消える。
「……やっぱ余計な詮索は止めておこう」
頼まれてもいないのにこんな事をするのはプライベートの侵害だ。何処ぞの自称探偵ならとにかく、僕がやるべきじゃない。そう考えて、自分の家路に付こうとした。
「すまないが、ちょっと、良いかね?」
が、誰か知らない人物から声を掛けられた。その人物は髪を金色に染めていた。明らかに自然な色とは思えない。わざとらしく地図を広げ、数回ほど回転させたりしている。地図を見方を知らないのか?
「僕、あんま地図得意じゃなくて、つい迷ってしまったんだ。良かったら、案内でもして貰えたら有難いんだがね」
「はぁ……分かりました……」
最近、よく道案内を頼まれる気がする。とは言っても、断れないものは仕方ない。さっさと済ませて家に帰ろう。そう考えて、金髪の男から渡された地図の、マークの付いた部分を見る。どうやら、昔あった教会へと行きたいらしい。しかし確かあそこは数年前から放置されていて廃墟同然のはずだが……。
「いやぁ、実は僕、記者なんだよ。いかにも幽霊とか出そうだろう?」
その事を問うと、このような返事が入って来た。どんな雑誌の記者なのかも聞いておきたかったが、あんまり金髪の男が急かすものだから、その質問をするのは止めておいた。
「ありがとう。名前、なんて言うんだい? 僕は八取仁太郎(はっとり/じんたろう)と言いう」
「ええと、針音貫太です」
人の良さそうな笑みを浮かべる男こと八取さんは、歩きながらも話し掛けてくる。記者と名乗っただけあって、相手を喋らせる技術には長けているかもしれない。
暫く歩いていると、横断歩道で足止めされた。赤信号で止まっているところに、誰かに僕の名前を呼ばれた気がした。音源の方を向く。
「……観幸君?」
「予想より早く委員会が終わりまシタ。今から帰るところデス」
観幸が学校の方から歩いて来た。確かに、ここはよく考えたら観幸の通学路でもある。
彼はむむ、と唸るように言葉を発した後、ルーペをこちらにかざしてくる。その手捌きの良さが無駄に腹立たしい。恐らくこれは彼なりの説明しろの合図なのだろう。全く遠まわしな表現だなと思いつつも、それに応じる。
「ああ、これから僕、この人を教会まで案内するから」
すると納得したようにルーペを仕舞う観幸。ほんとにお前は何がしたいのかさっぱり分からないよ……。
「そうデスか……全く善人デスね。貫太クンは。では失礼するのデス」
観幸は手を振って、僕達と90度違う方向へと行ってしまった。その後ろ姿を見ていると、唐突に八取さんから声を掛けられる。
「良いねぇ。友人ってやつかい?」
「はい。結構前からの付き合いなんです。彼とは」
「素晴らしいね。友情は大切にするといい。なんたって人生を彩る香辛料のようなものだからね。刺激の無い人生ほどつまらないものは無い」
そんな雑談を交えつつも、暫く経って目的地へと着いた。教会は……まあ見るのも酷い位にはボロボロだ。やはり人の手の加えられなくなった建造物はすぐに悪くなるのだろう。ステンドグラスは割れ放題。壁もヒビだらけで欠陥のオンパレードだ。
「うっひゃあ、酷いなぁ。この教会」
敷地内への入口には鉄格子のような扉があり、立ち入り禁止の看板が貼ってある。が、八取さんは遠慮無くその扉を開け、敷地内へと入って行った。
「ちょ、八取さん!?」
「どうしたんだい、針音君」
「どうしたもこうしたも無いですよ! 立入禁止ですよ!?」
「別にいいじゃないか。誰も困らせていないし」
「そ、そんなぁ……」
呼び止める為に僕も敷地内に入る。庭の手入れもされていないようで、周囲は雑草だらけだ。
そして扉を閉じていた鎖を外し、教会のドアを開ける八取さん。流石に不味いだろうと思い、注意しようとして、僕は扉の中に入った。
「ようこそ。僕の教会へ」
扉が、閉じた。
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