複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.7 )
- 日時: 2018/04/22 19:56
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
滝水公園で、俺こと友松共也は、兄さんこと友松見也の事を待っていた。自分から待ち合わせを指定しておきながら、待たせるとは兄さんは一体何をしているんだ。
「うう、ひっぐ、ひっぐ」
などと心の中で愚痴を零していたら、目の前で泣きじゃくる子供に気が付いた。どうしたのかと思い、声をかけてみる。
「おう、どうしたちびっ子」
「ぼ、僕の風船が……」
どうやら手放した風船が木に引っかかったようだ。まあ、お空に消えていくよりはマシだが……風船が引っかかっているのは大体ここから10m程度上。とても登れる高さでは無かった。仕方ねぇな、と呟いてから、ちびっ子の方を向く。
「なぁちびっ子。少しだけ、待っててくれよな」
そう言ってちびっ子の目を左手で塞ぐ。うわっと驚いたのか声を上げるが、その後は大人しくしておいてくれた。
さて、ここからはちょいとだけ見られてはマズイ。俺は手を上げる。当然このままでは届かない。ここで俺の手首の辺りと、風船の糸の辺りの位置を、俺のハートの力で繋げる。すると俺の手首から先が消え、その代わりに風船のある位置に俺の手首から先が出現した。掴んで引き寄せると、手元に風船が瞬間移動したかのように現れる。
「ほらよ、ちびっ子」
「……え?」
「次からは手、離すんじゃねぇぞ?」
「わー……ありがとう! 大きなお兄さん!」
ちびっ子は風船を手に巻き付けるとそのまま何処かへと走り去って行く。その後ろ姿を見ていると、少しだけ微笑ましくなってきた。
「空間と空間を繋げて、距離を縮めたか」
唐突に、背後から声が掛けられた。振り向くと、どうやらようやく兄さんが公園に姿を表したようだった。跪いて風船を渡した姿勢から立ち上がって、そちらに向かう。
「急に呼び出しなんてどうしたんだよ。兄さん」
「……俺達の仕事に関するの話だ」
すると兄さんはバックから数枚ほどがクリップで纏められた紙の束を渡してくる。黙って受け取り、パラパラと捲ると、図やグラフやらのデータが載っていた。
「これ何だ?」
「この街の行方不明者の数だ。……お前はもう知っている……いや、もう知っていた、か」
「……分かっただろ。俺がこの街を離れない理由」
最も大きな離れない理由は別にあるのだが、もう既にこの男は知っているだろう。今更説明してやる義理も無い。
「祖母の跡を継いでこの街を護る、か。お前は祖母の友松梨花(ともまつ/りか)の事を慕っていたな」
案の定、こちらが説明せずとも知っていた。
「そんなことより、呼び出したからには何かあるんだろ?」
兄さんだけに進行させていると、回りくどくて性にあわない。催促をすると兄さんは俺に紙束のとあるページを見るように言った。そこには数人の顔写真と日付が書いてある。
「そこにいるのは最近の行方不明者だ。そして恐らく、同一人物であると推測される」
「根拠は?」
「その被害者達はどれも毎週金曜日に捜索願が届けられている。つまり行方不明になったのは木曜日という訳だ。……最初の被害者が出たのは五週間前。そこから一週間で一人ずつ、その日に消えている」
確かに、法則性としては筋が通っているかもしれない。しかし一つや疑問が残る。それは今日が木曜日であるということだ。
「兄さん、今日は木曜だ。今からじゃ、もう犯行は終わってるんじゃねぇか?」
「別に、今日探すなんて言ってはいない。明日行方不明者が出た時、早急に動くというだけでな」
「それから共也。恐らく次に行方不明者が出るのはお前の学校の中からだ」
「……どうしてだ?」
兄さんはポケットから折り畳んだ紙を取り出し、パラパラと開き、俺に見えるように出してくる。どうやら水平町の地図のようで、所々に赤ペンで印が付けられている。
「一人目の被害者は、お前の学校からこの街の中で東の一番遠くにある。次の被害者は、お前の学校から東で二番目に遠い。三人目四人目と続き、次はお前の学校だ」
東から順に、どこかの高校、小学校、中学校、高校を指して行き、最後に俺の通う高校を指さす。確かに、それらは一直線上に位置していた。
「……偶然、じゃないのかよ。そんなの、狙う理由もない」
「人とは無意識でやっている間にも何かしら法則を付けたがるものだ。お前だって、歯を磨く時、意識はしてないが、大体の順番というものがある筈だ」
何故かは分からないが、兄さんの言葉には謎の説得力が含まれている。分かりそうで分からない理論だからなのか、単純に納得したのかの判断はとにかく、黙って頷いておく。
「これで話は終わりか?」
「いや、もう一つある。……昨日、ハート持ちに遭遇した」
「なっ!?」
「奴のハートは《心を壊す力》だった。お陰様で腕がこの始末だ」
そう言って兄さんが差し出した手は包帯でグルグルと巻かれており、とても万全な状態であるとは言えなかった。
「だが奴の力は壊すだけ。行方不明にするのには都合の良いハートではない。……気を付けろよ共也。この町、何人どころじゃなくハート持ちが潜んでる可能性がある」
兄さんの表情は相変わらず固いが、これはいつに無く真剣なものだと分かった。
そして思わず、鼻で笑ってしまう。
「ハート持ちが何人居ようが関係無ぇ。俺がこの町を守りゃいいんだよ」
「……そうか」
兄さんはそう返した後、踵を返して歩き始める。別れも挨拶もなしかこの兄は……。
そう思った矢先だ。
「じゃあな。期待してるぜ。共也」
一瞬、その発言があまりに意外すぎて驚いた。まさかあの兄が、俺に、期待してるなんて言うとは思わなかったのだ。
「……ああ、またな、兄さん」
そして兄さんの背中は、公園の何処かへと消えて行った。
次の日。いつも通りに登校した。
頭の中には兄さんの言葉が残っている。次に狙われるのはこの学校の生徒であると。だがクラスの中を見る限り、特に欠けている印象は無い。最も、まだ朝なのでこれから登校してくる生徒もいるのだが。
時間が経過し、チャイムが鳴った。これ以降登校してくる生徒は遅刻扱いになるためか、皆急いで自分の席に着く。教室が静かになったところで、今一度確認してみる。
一つだけ、欠けている席があった。頭の中でその席に座っていた思い出そうとする。深探観幸という男子生徒の後ろの席、確か──。
「す、すいません。朝から立て込んでいて」
そこで、担任がガラガラと急ぎ足で教室に入って来た。待て。ここのクラス担任はいつもチャイムが鳴ると同時に入ってくる。なのに今日に限って遅れるだと? しかも急ぎ足で?
妙な胸騒ぎがする。自分でも無意識に制服の胸部分を掴んでいるのに、ようやく気がついた。
号令で朝のHRが始まる。最初の健康観察で、体調の悪いものが名乗り出るように言われた後、担任はこう言った。
「針音貫太君は今日はお休みです……多分病気です」
待て、多分という言い回し。少しだけ引っかかる。どうして担任がそれを知らない? もしかして、という想定が頭の中で展開される。
針音貫太は、もしかしたら、という、そんな想定である。頭の中ではそうでないことを願っていたが、同時に、この想定が当たっている、という確信も持っていた。
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