複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.74 )
- 日時: 2018/07/29 21:09
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
朧気な映像が、俺の視界を埋め尽くしている。その中には俺の姿もあって、ホームビデオを観ているような感覚だ。
見たくなんか、無いのに。
『お前は友松家の人間ではない』
ああ、この声。懐かしい。
そして胸が痛くて、苦しくて、切なくて、冷たくて、潰れそうになる。
『何故お前は力が無い? お前の兄も姉も、お前の歳では既に芽生えていたのだぞ』
無力だった。ひたすらに、どうしようもなく、残酷なまでに。
『それでも私と同じ血を引いているのか』
信じられないだろう。俺も今でも信じられない。こんな奴と血が繋がっているなんか。
『お前は、要らない存在だ』
止めろ。その言葉を今すぐ取り消せ。
なんて向こう側に叫んでも、その男に伝わるわけもない。記憶が変わるわけでもない。
『無力なお前は、何もしなくていい。何もしない事が、お前の役だ』
その言葉を最後に、映像が揺れ動く。ノイズが画面を真っ黒に染め上げ、数十秒後、全く違う場所が映し出される。
そこにも、俺は映っていた。
『共也、お前は悪くないんだよ』
その声だけが、やたらと大きく響く。それは俺の記憶に根強く残っているせいか、他の声がどうでもよかったのか。どちらにせよ、聞こえる音は一種類だけ。
『共也、意志のある人になりなさい』
ああ、そういえばこんな声だった。長い間見ていなかったから忘れかけていたが、思いの他人の記憶力とは凄まじいものだ。
『いいかい、この力は、人を救う為に使うんだよ』
そうだ。この日からだ。
俺が、人を救いたいと思うようになったのは。
○
「……またか……」
目が覚めた。時刻は早朝。服は汗でかなり濡れていた。嫌な夢を見たことが気のせいではないことが、はっきり分かる。
いつもより少し早い時間だが気にする程でもない。起き上がって朝の支度を始める。
昔の事を夢に見るのは、珍しくもない。時々、こんな事があるのだ。頻繁にではないし、周期があるわけでもない。
ただ、俺が幸せを感じている時。確かに幸福を感じている時に、それは訪れる気がする。
「……見たいわけじゃねぇのによ…………」
ただ、最近は頻繁にこの夢を見る。もちろん思い当たる節もある。
「……あの時、引っ張り出しちまったからな」
無川の一件で、俺は過去の一部を引きずり出さざるを得なかった。あの時は、生半可な想像や作り話で話にならないと考え、ブラックボックスの中身を引き出した。
あの時、俺の中の何かが。悪い夢を抑えていた何かが抜けたのかもしれない。
それから暫くして、いつのように滝水公園の入口で貫太を待っていた。少し早過ぎたかなと画面を確認すると、貫太が来るまでにあと十数分ほど余裕があった。
何もすることが無い。取り敢えず携帯電話を開くが、特に着信などは無かった。携帯電話をしまいつつ、貫太がいつもくる方向を眺める。そこにはまだ誰も居ない。
「友松共也さん、ですか?」
唐突に背後から声を掛けられた。いきなりと言うのもあって少々驚いてしまう。慌てて振り返ると、背の低い男子生徒がいた。俺より20センチほど低い。
「……そうだが?」
「ああ良かった。僕、あなたを探してたんですよ」
「俺を? 何の用だ?」
「まあまあ、そう焦らないで下さいよ。時間はまだまだあるんですから」
今朝の夢のこともあってか、今の俺にあまり精神的な余裕は無かった。だからだろう。こんな奴の少しの物言いにイラッと来てしまうのも。
暴言を飲み込んで、目を向けるだけにしておく。だが向こうは相変わらずのニヤケ顔でこちらを眺めてくるだけ。見た目は至って平凡な黒髪黒目。顔立ちは童顔寄り。そんな彼は手を振りながら微笑みかける。
「やだなぁ、怖いですよ?」
「……今、ちょっと内心穏やかじゃないんでな」
「ああそうなんですね。てっきり──」
俺はコイツに対して『急に話しかけてきた変な奴』程度の認識しか持っていなかった。だが、コイツのこの一言でそれがひっくり返される。
「無川刀子の一件を終えて、スッキリしてたんじゃないかと思ってましたよ」
無川…………刀子?
こいつ今、間違いなく言った。誰も知らないはずの。俺達ハート持ちを除けば誰も知らないはずの事実を。
「……テメェ……!」
「あー、これはちょっと不味かったですかね。今のナシで」
「ナシになんかならねぇよ……!」
「いやー怖い怖い。このままじゃ交渉の前に捻り潰されること間違いなし。なんで端的にお話しますよ」
そいつは俺の方から顔を逸らし、滝水公園の方角を向く。そして、ちょうど噴水があるであろう角度を指さしてこう言った。
「あの噴水で、放課後待ってますよ。あ、勿論一人で」
「オイ、テメェが何者かは知らねぇが、テメェの言いなりになる理由なんざこれっぽっちもありゃしねぇんだよ。何なら今からそのムカつくニヤケ面を目も当てられないくらい粉々にしちまってもいいんだぜ。こっちはよ」
「ヒェーゴリラ丸出しじゃないですか。人間として生きましょうよ。友松先輩」
ソイツは顔を逸らしたまま、左目だけが見えるような状態のまま、こちらに目線をやる。
「それに、あなたは従わざるを得なくなる。いや、来なければならないハズだ。コレを見ればね」
ソイツが顔を俺に向けた。全貌が見える。
そして驚く。
「テメェ……! その右目は、その赤い目は……!」
先程まで真っ黒だったはずの右目が、赤くなっている事。これは以前見た浮辺と同じ症状。つまり、コイツもまたハート持ちであり、誰かに作られたハートということ。
「ではこの辺で失礼しますね」
「お、オイこら待ちやがれ! 誰だテメェ!」
踵を返して何処かへ去ろうとする彼の背中に、疑問を投げかける。
「一条正義(いちじょう/まさよし)。正義と書いてまさよしと読みます」
「そういう事が言いてぇ訳じゃねぇ!」
だがその背中は既に居なくなっていた。
誰だ彼は。何者だ。発言の節々や制服などから察するに、ウチの高校の一年生。後輩にあたる人間だ。
だが違う。それだけではない。彼はハート持ちだ。ただ他のハート持ちとは何か違う点がある。
まるで、ナイフを向けられているような感覚。あの瞳の奥に、ニヤケ面の裏側に、とてつもない敵意が潜んでいる気がした。
「一条正義……一体奴は……」
話した時、変だった。性質の話だ。癖があるとはちょっと違う。掴み所がないというか、次の瞬間何をするかがさっぱり変わらない。そんな得体の知れない何かがあった。
「共也君、遅れてごめん」
そこで貫太が到着したようだ。時刻を確認すると、既にそんな時間だった。
歩きだそうとして、少し冷たい感覚がした。気がつけば、俺の体には冷や汗が伝っていた。
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