複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.75 )
- 日時: 2018/08/06 08:16
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
僕は、ヒーローになりたかった。
この夢が馬鹿らしいなんていうのは、今まで散々思い知らされた。何度笑われたか、数えるのすら億劫だ。皆、僕の言うことは冗談だって思っているだろう。
別にそれはおかしくない。所詮は現実を見るとほざいて夢を諦めた敗北者たち。むしろ、僕の夢が理解できないのは当然のことと言える。
そして僕は見付けた。ヒーローになるための、特別な力を。他の誰も真似出来ないような、不思議な力。そして、僕の為にある、僕の力。
そしてその力をくれた、僕のヒロイン。彼女は言った。私はもうすぐ、何かと争う事になる。だから助けが必要だ。と。
これは僕の物語だ。
僕が悪役を、友松共也という敵を倒し、彼女を救うという、僕の為の物語だ。
○
俺は朝学校についてから、真っ先にとある人物の元に向かった。二年四組を通り過ぎる辺りで、目当ての人物の背中を見つけた。
「おーい、乾梨」
声を掛けると彼女は振り向いた。その表情は疑問を帯びていた。
「友松さん? どうしたんですか?」
「ああいや、ちょっとな……」
まさか朝の出来事で乾梨の事が心配になったとは言えず、適当に監視の仕事などと言って誤魔化しておく。
『んだよ、朝から仕事かぁ?』
乾梨よりも少し高めの声でそう聞こえたかと思えば、彼女のすぐ後ろに背後霊のような形で無川が空中に立っていた。服装は近所の中学校の制服だ。あの日以来、無川の姿が中学生時代の姿で固定されてしまったらしく、服装も当時の記憶に残っているものになったのだろう。
「……見れば見るほど亡霊だな……」
『喧嘩売ってんのか。呪うぞ』
「お前が言うと冗談に思えねぇよ」
『冗談じゃねぇよ』
「尚更悪いわ」
ふよふよと浮かびながら俺と軽口を交わす彼女は、他の生徒には見えていない。というより、ハート持ち以外の人間には見えていないらしい。どうやら無川という存在そのものが乾梨のハートの一部になったそうだ。そのため、具現化しない限り無川は重力に囚われることもないし、ハート持ち以外から見られることもないとのこと。
『ここんとこオレは優等生ちゃんだったぜ。特に報告することなんざ、ありゃしねぇよ』
無川は例の事件以降、謎の殺人衝動に駆られることは無くなったらしい。おかげでこちらも後数ヶ月程度で監視の役目は終わりそうだ。
「おー、いい子いい子」
『ナメてんのかテメェ』
ムッとした様子で見てくる彼女だが、以前のように殺気が伴っている訳ではないため、威圧感というものが全くない。可愛らしいと形容できる表情に、ついつい煽りに歯止めが効かなくなる。
「はっはっはっ中学生から睨み付けられても怖くねぇよ」
『あ?』
瞬間、彼女の視線が冷たく煌めく。やばい。何かのスイッチが入ったようだ。
「ワリィ、普通に怖ぇから止めてくれ」
『……次言ったら髪の真ん中だけ殺す』
「割とリアルにできそうな脅しは止めろよ!?」
髪の毛の危機に思わず両手で頭皮を隠す。すると彼女は溜息をつきつつも目を伏せた。
『冗談だって。……二割くらい』
「ボソッと聞き捨てならねぇこと言うなよ!?」
『まあそれはどうでもいいんだよ』
「人の髪の毛事情をどうでもいいとか言うんじゃねぇ」
無川が俺の方に飛んできて、俺に鼻同士が触れそうな程に顔を近づけてから訊いてくる。
『で、なんで共也がここに?』
「仕事だって言って」
『オレに嘘が吐けると思ってんのかよ』
彼女の赤い瞳に、自分の内面が目を通して見透かされている気がした。彼女に嘘は付けない。直感的に、そう感じた。
「……心配だったんだ。乾梨と無川が」
『……は、はぁ?』
「本当だ。何か嫌な予感がした。2人に何かあったんじゃないかって」
『な、何アホな事、言ってやがる。お、オレがヘマするかっての』
「ま、それもそうだったな。ワリィ」
彼女が急に顔を話してそっぽを向いたのが少しだけ疑問だったが、深く気にしないことにした。
そこで丁度予鈴が廊下に鳴り響いた。2人に別れを告げ、俺は自分の教室へと戻った。
○
「……共也クンの様子デスか……」
「そう。なんか変なんだよ。今日」
僕は朝から観幸に相談していた。登校するなり姿を消してしまった彼。流石に不自然すぎて、賢い友人に相談している。因みに今日の朝は愛泥さんと出会うことは無かった。何かあったのだろうか。
「ま、ほっときゃいいのデス。彼が隠す事は、基本的に自分の事だけデスから。それも知られたくないタイプの」
僕の心配に反するかのように、観幸の返答は雑なものだった。
「でも……」
僕がなにか言おうとすると、机を挟んで向こう側にいる彼は、若干身を乗り出しつつ、僕には釘を刺すかのように言う。いや、実際はそのつもりなのかもしれない。
「いいデスか? 一概に相手のフィールドにズカズカ入り込むのは良い行為とは言えないのデス。誰にでも、踏み入られたくない領域はあるのデスから。特に理由もなくそれに侵入するのは、相手からしたら大迷惑なのデス」
真剣な眼差しに、何も返せなくなる。
「…………そっか」
それでも何か返そうと思ったが、口から出たのは小さな相槌だけだった。
「……まあ気を落とさないでいいのデスよ。事実、ボクも普段明るい彼の調子が変ならば、気になりマスし」
身を戻して彼が口にパイプを咥えながら、僕を励ますようにそう言った。
「……観幸って何だかんだ優しいよな」
「そうデショウ?」
「やっぱ撤回。そのドヤ顔ムカつく」
褒めた瞬間に調子に乗る彼。やはり迂闊に褒めてはいけない。その満足そうな表情を保ちつつ、彼はそのまま言葉を続ける。
「フッフッフ、恥ずかしがらずとも良いのデスよ」
「どこに恥じらう要素があった」
「ヒア」
「ここにはないからな?」
一呼吸おいて、彼は目つきを変えて話を戻した。切り替えの早いやつだ。
「ま、貫太クンの事デス。ボクがなんと言おうと、気になってしまうデショウ」
「……図星だよー。あーほんと読まれるなぁ」
「何年付き合ってると思っているのデスか」
「僕にはお前の思考が読み取れないけどな」
「フフ、探偵とはミステリアスなものなのデス」
「それ前も聞いた気がする」
なんとなくだが前のことを思い出した。
「そんなに気になるなら実際に聞いてみれば良いのデス。真剣に聞かれて黙るほど、彼は不親切ではないデス」
「うん、そうだな。ありがとう観幸」
「不甲斐ない友人の相談に付き合うのも探偵の仕事デスので」
それから何回か彼と軽口を飛ばし合っていた所にだ。
「すいませーん。針音貫太さんはいますか?」
聞いたこともない声が、耳に飛び込んできた。それも、僕の本名付きで。少しだけ驚きつつも、音源の方を向く。
そこに居たのは、至って平凡そうな男子生徒だった。黒髪黒目で身長も平均……僕より高いな……。制服の校章の色から察するに、恐らく一年生だろうか。少なくとも僕は、この学校で彼と一度も会ったことも話した事も無い、はずだ。
「えっと、僕が針音貫太ですけど……」
席から立ってドアの方へと向かう。すると彼はこちらを認識したようで、どうもと頭を下げた。
「初めまして。僕、ちょっとだけ用事があって」
「はぁ……えっと……君は誰かな?」
「ああ、申し遅れました」
彼は微笑みつつ自分の名前を言った。
「僕、一条正義って名前です。正義はせいぎって書きます」
正義……なんか名前からして真っ直ぐそうな人という印象を覚えた。今も話している感じ、爽やかな男子高校生といった雰囲気だ。
「それで、一条君が僕に何の用かな?」
「出来れば正義って呼んで下さい。えーと、ちょっと話しづらいのでこっちに」
彼は手招きをして僕を誘導する。暫く歩くと、そこは屋上へと続く階段。当然、人など来ない。
「……で、こんな所に連れ出して、何の用かな」
「ちょっと待って下さい。スグに分かりますよ」
彼は暗くて良く見えなかった方から何かを持ち上げるような動作をした。そして、それを僕が見える範囲まで持ってきて、床に乱暴に落とす。
それに、その人物に、僕は目を見開いた。
「……え……?」
「ほーら、見えますかー?」
彼が示した方向には、隣さんが居た。壁に背を預ける形で、意識があるようには思えない。
「な、なんで隣さんが、ここに」
「いやー、割とさっくり行けちゃったもんだから、折角だから見せちゃおっかなって」
彼がそう言いながら、愛泥さんの長い黒髪を弄ぶ。
瞬間、僕は無意識の内にナイフを取り出し、彼に突きつけていた。内側から、熱い何かが燃え始める。
「……その手を退けるんだ。今すぐに。僕は、そこまで気は長くないぞ」
「はっははー。この人の事情になると怒りやすい……いや、身内かな? どっちにしろ、この人は貴方にとって大切な人な訳だ」
だが彼は僕の脅しなんて無いように、しゃがみこんで隣さんの輪郭を指で沿うように撫でる。その光景が、より一層、僕の炎に油を注ぐ。
「分かったらさっさと隣さんから手を離せ」
「ははは。怖いなぁ先輩。そんな小学校に通っててもおかしくない体なのに、威圧感だけは物凄いや。小学生レベルで」
こちらに向かって不敵な笑みを浮かべる彼。そこには爽やかさなど微塵もない、ただの下衆が居た。
「……いい加減にしなよ」
「落ち着きましょ。血の気が多いんだから全く」
「落ち着いてられないから怒ってるってのが、君には分からないのかなぁ?」
だが彼は一切反省する気もないと言わんばかりにこう返す。
「いえいえ分かりますとも。むしろ分かるからこそこうやって焦らしてるんですよぉー。分かってないなぁー。これだから針音先輩は」
僕の中で、スイッチが入れ替わるような音がした。この人間だけは許せないと。
今まで会ったことのない人種だった。まるで、人の不幸を、苦しみを無条件に笑えるような、そんな人間とは、一度たりとも出会ったことは無かった。だが、一条正義とは明らかにそれに当たる人物だった。
「……」
「あー、無反応って結構傷付きますよー。僕みたいな人間は、相手の反応目当てに嫌がらせするんですから」
「……反応って、君を殴る事かい?」
「さぁ? この光景を見ても、そんな事が出来ますかね?」
彼が指を鳴らす。すると、隣さんが立ち上がる。だが、その目は何の光も映し出していない。感情豊かな彼女は、そこにはいない。あるのは、体だけ。心というものが、感じられなかった。
「ククク、僕のハートの力です。どうです? 中々面白いでしょう?」
「な、何をしているんだ」
「体を動かしているだけですよ。別に害はありません。まあ、彼女は一切体の自由が効きませんけど」
「今すぐ止めろ!」
僕の叫びに、彼はつまらなさそうな顔をする。コイツは、僕らのことを遊び道具としか捉えていないのだろう。
僕の事はどうだって良かった。ただ、その中に隣さんが含まれていると考えると、ムシャクシャして仕方なかった。
「ちぇーっ。連れないなぁ。まあいいや。人形遊びとかもう飽きたし。じゃあ交渉です」
「交渉……?」
彼はくるりと自分を回す。
「簡単なトレードですよ。僕のハートからこの人を解放する代わりに、今度は貴方に僕のハートを受けてもらう」
「……」
「おやぁ? おやおやおやおやぁ? だんまりですかそうですか。なら勢い余ってこの人形をぶっ壊しちゃうかも知れませんねぇ?」
彼が制服から取り出したのは、大きなハサミだ。殺傷能力は、十分にある。
「や、止めろ!」
「はぁ?」
「わ、分かった。……僕にハートを使え。だから……隣さんには何もするな」
彼は僕の言葉にそのハサミをしまい、笑ってこちらを向く。ニヤニヤと、楽しむような目付きを伴って。
「んー、まあいいでしょう。約束は守ります。じゃあ、避けないで下さいね?」
すると、彼の手の平に巨大な釘が現れた。いや、どちらかと言えばボルトのような、ネジのような、そんな形状だ。
「……その赤い釘が、君のハートなのかい?」
「運命の赤い糸ならぬ、運命の赤いネジってどうです?」
そして、彼がその杭を、僕の胸に突き刺した。痛くはないが、代わりに何か異様な気味の悪さのようなものが流れ込んでくる。
「打ち込むだけで、僕の傀儡の完成……ってね。期待してますよ。針音先輩」
その言葉を最後に、僕の意識が真っ黒に塗り潰された。
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