複雑・ファジー小説
- Re: ハートのJは挫けない ( No.81 )
- 日時: 2018/10/15 20:13
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「『私』!? 大丈夫!?」
「ンなわけねぇだろう……が……」
刀を振り切った姿勢のまま、無川は力尽きるようにその場に倒れ込む。黒い刀は姿を消し、彼女の姿が徐々に薄くなっていく。乾梨の外で自分の姿を保つ力すら無くっているのだ。
「……フン、死に損ないの癖に……」
少しだけ切った口元を擦りつつ、正義は立ち上がってそう言葉を零した。内容とは対照的に、彼の表情はいつに無く余裕が無い。
「友松先輩、やって下さい」
瞬間、俺の体は一気に乾梨のすぐ側に移動した。ハートの力を使ったテレポートだ。俺の唐突な出現に動揺しつつ、乾梨は無川を庇うように立った。
「諦めて下さいよ。貴方に、出来ることなんか、何も無いんですから」
正義は俺に喋らせず、自分の言葉でそう言った。それに対し、乾梨は目線を俺に合わせつつ、彼の言葉に返す。
「……諦める事は、簡単です」
でも、と彼女は続けた。
いつに無く、決意に満ちた声で。
「友松さんは、私達を助ける為に、最後の最後まで諦めなかった。どんなに希望が見えなくても、絶望しか無くっても、友松さんは立ち上がったんです」
だから、と彼女は続けた。
いつに無く、覚悟に満ちた声で。
「私だって諦めない。諦めたくない。例え蜘蛛の糸みたいに、頼りなくて細い希望でも、それすら無くても、私は立ち続けなくちゃいけないんです」
その直後、彼女は小さく何かを呟いた。恐らく近くの無川に何か言ったのだろう。無川は少しだけ驚きつつも、頷いてその姿を消した。
「貴女の身代わりは消えちゃいましたね。どうです? 最後の希望すら無くなった気分は」
正義が顔面だけは取り繕いつつ愉快な様子でそう言った。だが、見るからに表情筋が硬い。無理しているのだろう。
「……貴方は一つ、間違えたんですよ」
乾梨はその手に刀を作り出す。雪のように真っ白な、白い刀。
「僕が間違い? へぇ、なら何かやって見せて下さいよ。僕が間違いしているんなら、まだ何か手品があるんでしょう?」
「……貴方の間違い、それは」
その刀を、彼女は喉仏に向けた。正義の表情が崩れ、驚愕が姿を表した。
「すぐに私を取り押さえなかった事です」
何故なら、彼女が刀を向けたのは、自分自身だったからだ。
そして、その刀は真っ直ぐに彼女の喉に突き刺さった。彼女の体から力が抜け、その場に膝を付く。
「……気でも、狂いましたか?」
正義の言葉に彼女は答えない。
一方、俺は変な感触を感じていた。彼女の刀に、確かな違和感を覚えていた。だがその正体は、未だに分からない。
「……ふざけないで下さいよ」
返答は、無い。
その時、俺はやっと違和感の正体を看破した。
「何が間違いですか。最後に出来ることが自殺? バカじゃないですか?」
ずっと喋り続ける彼はイライラが鬱積しているようにも見えた。きっと、乾梨の何かが彼に多大なストレスを与えたのだろう。
丁度、その時だ。
乾梨の口元が、普段の彼女から想像が出来ないほど、ニヤリと歪んだのは。
「バカはテメェだ。クソ赤目」
ゆっくりと、『彼女』は刀を──違和感の正体であった真っ黒い刀を──自分の首元から引き抜く。
そして彼女は乱暴に自分の髪の毛を纏めていたカチューシャを外した。髪の毛が風に吹かれて大きく揺れる。そのままカチューシャを床に投げ捨てた彼女は、続けて掛けなければ何も見えない筈なのに、邪魔の一言でメガネを外し床に投げようとする。が、思いとどまったのか、ポケットのメガネケースに入れて仕舞った。
焦げ茶色ではなく、真っ赤に染まった目を見て、正義は有り得ないと言わんばかりに口を開く。
「な、何故。お前が、お前が!」
「教えてやるよ赤目野郎」
彼女は、先程とは対照的な真っ黒な刀を構える。
「オレ達は、二人で一人だってな」
無川刀子は、愉快そうな顔でそう言った。
「……何故……」
正義は片手で顔を覆いつつも、もう片方の手で無川を指差して言う。心底、腹を立てた声音で。
「どうして、お前達はそうやって僕をコケにするんだ……! お前達みたいな奴らに……! この僕が……!」
「自分が特別とか思ってんのか? テメー、大分イテェ野郎だな。大体、被害妄想も大概にしやがれ。先に手ぇ出したのはテメェだろうが」
「ふざけるなよ……!」
「それはこっちのセリフだ。クソ野郎」
その冷えた鋭い声音に、一瞬だけ正義が硬直する。
「今まで散々好き勝手しやがって……! このクソ赤目野郎が……!」
「……友松先輩! 何しているんですか!」
正義の言葉に反応して、俺の体が無川に殴りかかる。だが無川はそれを軽い身のこなしで回避し、鳩尾に刀の柄を撃ち込んだ。腹部に強い衝撃が走る。
「やっぱ『オレ』の身体はちげぇな。段違いに使い易い」
無川は元々、乾梨の体を乗っ取って戦っていた。先程までの幽霊状態では、本領が発揮できていなかったのだろう。
俺の体は、一瞬怯まされるが、追撃で大きく横振りの蹴りを放つ。だがその大振りは当然当たらず、代わりに足を払われ、体勢を崩した。
操縦者に、正義に焦りが現れているのが見て取れた。恐らく、早く終わらせようと大きな一撃を入れようとしているのだろう。だが、それは愚行だ。無川相手にそれが当たるとは思えない。
「……動くな」
ふと、正義がそう言った。つまらなさそうな顔で彼を見る無川。
「あ? 何様だテメェ」
「……もし動いたら、友松先輩を飛び降りさせる」
「ああそうかよ」
すると無川はこちらに振り返って、俺の腹に刀を刺し込んだ。
「なっ……!」
刺された場所から熱を奪われる感触を覚えた。この感覚は、きっと彼女のハートの効力だろう。彼女のハートは、《心を殺す力》。刀で傷付けた対象の心を仮死状態に追い込む力だ。
「これで、共也は動けねぇな」
「お、お前……!」
「なんだテメェ。急にキョドキョドしやがって。チビネズミか?」
「み、味方を殺したのか!?」
正義が驚いたような声をあげる。確かに、今の行動をそうとれば、無川の行動は異常かもしれない。
だが、無川はニヤリとした笑みを浮かべて、彼にこう返す。
「オレが殺したのは、テメェのクソみてぇなハートだ」
彼女が笑いながら、正義の背後を指さす。
彼が、咄嗟に振り返る。
そして、俺と目が合った。
無川に斬られたあの瞬間、俺の体が急に動くようになった。だから、正義が無川に気を取られている間に、ハートの力で彼の後ろに回り込んだのだ。
「よう」
彼は口をあんぐりと開けていて、上手く返答できていない。だが数秒後には、その手に再び赤いネジを作り出して、俺に突き刺そうとする。
「遅せぇよ」
だがそれが届く前に、俺の拳が彼の顔面を射抜いた。彼は駒のように二、三回ほど回転して、俺から距離を置いた。
「……正義、お前……」
「と、友松……先輩……」
俺は怒りのままに拳を握り、彼に問うた。
「覚悟は出来てんだろうなぁ……! 人の体で好き勝手しやがって……!」
正義の顔が、苦虫を噛み潰したように、苦渋に染まった。
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