複雑・ファジー小説

Re: ハートのJは挫けない ( No.82 )
日時: 2018/10/16 17:40
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: 1CRawldg)

「……まだだ」

 正義は苦い表情のまま、両手に赤い釘を作り出す。まだ、抵抗の意志はあるらしい。それはある意味、俺にとっても好都合だった。無抵抗の相手を一方的に殴るより、殴り合いの方が気分が乗る。

「……無川、下がってろ」
「あ?」

 俺の言葉に、無川は一言だけで素っ気なく答える。

「……お前、今消耗してんだろ。間違いなく」

 無川が乾梨の体に移ったからと言って、幽霊状態の時のダメージが消える訳では無い。しかも今の無川の目は輝きを失いつつある。限界が近いという証拠だ。

「問題ねぇ」

 だが彼女は強気にそう答えた。無論、彼女のそれが虚勢であることくらいは俺にでもわかる。

「俺は奴と、ケジメを付けなきゃいけねぇんだ。頼む。俺の為に、少しだけ見といてくれ」

 こうでも言わなければ、彼女は引かないだろう。俺の頼みに、彼女は予想通りに適当な返事をし、数歩だけ下がって刀を消した。頭を少し下げた後に、再び正義と向かい合う。

「……正義、決着を付けようじゃねぇか。水入らず、タイマン勝負でな」
「……馬鹿らしい。一対一なら、僕に勝てると思っているんですか?」

 彼は右手の釘の先端を俺に向けて強気に言った。

「僕は『彼女』のヒーローになるんだ。こんな所で負けていられない。僕の正義せいぎの為に、負けられない」

 彼女、という単語がやけに頭に残る。思えば彼はいつもその『彼女』とやらをセリフに含ませている。
 恐らくだが他者のハートを発現させるという力を持った、『彼女』とやらの事を。

「オイ、正義」

 そして何より、俺はもう一つ気になることがあった。

「お前の正義せいぎって、なんだよ」

 俺は今まで、頻繁に現れるその単語の意味を、彼の口から聞いていなかった。彼が思い浮かべる正義も、全くをもって形がわからない。

「……僕の正義せいぎなんて聞いて、どうするんですか?」
「テメェがやけに拘ってるからよ。気になっちまった」

 俺の言葉に、彼は少しだけ黙る。何か考え事でもするかのように。

「教える義理はない。……なんて言ってもいいんですけど、教えてあげますよ」

 どんな奇天烈な思想がその口から吐き出されるのか、俺は少しだけ身構えた。
 だからだろうか。俺がその内容を聞いて、驚愕したのは。

「全ての人を救う」

 その内容は、余りに。

「それが、僕の正義です」

 普通過ぎていた。
 明らかに、異常だった。

「……は?」
「……貴方も、笑いますか。僕の正義せいぎを。幼稚だって、散々笑われたこの言葉を」

 だが、彼はふざけた様子も何も無い。真剣そのものの顔に、思わず気圧される。

「僕はなると決めたんだ。ヒーローに。ヒーローにならなきゃ、英雄にやらなきゃ、僕の正義せいぎは笑い者のままなんだ」
「な、何言ってやがる」

 おかしい。彼の思考回路は、どう考えても不自然な形に歪められている。

「否定され続けた僕を拾ってくれたのは、彼女なんだ。彼女のヒーローになれば、僕は変われる。ヒーローになるには、彼女を救わなきゃ。じゃなきゃ、僕には、存在する必要性なんかなくなってしまう」

 ふと気が付く。彼の目が、赤く光り輝いている事に。
 もしかしたら、彼は歪んでいるのではない。歪められているのか? 浮辺や無川のように。自分を無くしているだけではないか?
 もし彼が、利用されているだけに過ぎないとしたら?
 俺は、何をするべきだ。
 ここで正義を殴り倒して、兄さんに突き出すのは簡単だ。彼はその後施設に入れられてその後も狂わされたまま過ごすのだろう。
 それは、ダメだ。直感的に、そう感じた。
 彼はまだやり直せる。彼はまだ救える。彼はまだ、救われていない。そして彼はまだ、壊れていない。

「そうか。テメェの正義は、全ての人を救う事。その為に、『彼女』とやらのヒーローになる事。なんだな」
「そう。それが僕の正義せいぎだ。笑いたいなら、笑えばいい」

 彼はニヒルな声音で言う。察するに、きっと彼は笑い者だったのだろう。
 あまりに真っ直ぐすぎる正義が、逆に周囲から浮き彫りになった。そんなところだろうか。

「俺はお前の正義を笑わない」

 俺は正義の目を見て、そう言う。赤い光を灯した目は、こちらを愚直に見据えている。

「ただ一つ、一つだけ言わせてもらう」

 俺は言う。彼に向かって。最悪な言葉を。

「教えてやるよ。正義」
「なんだ。貴方に教えられる事なんか、何も無い」
「いいか、」

 俺はこれから、彼を否定する。
 歪んでいたのではない、歪められた彼を否定する。
 いつか昔の日にかあった、真っ直ぐな正義せいぎに戻す為に。

 怪訝な顔でこちらを睨む正義に、俺はハッキリとこう言った。
 



「『ヒーロー』なんて下らねぇ四文字は、何の意味もねぇんだよ」


 彼は即座に俺の言葉に反応して、赤い釘の尖った先を俺に向かって突き出した。


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