複雑・ファジー小説
- Re: 題名つけるの難しいね ( No.5 )
- 日時: 2018/09/12 17:17
- 名前: 土高 (ID: nZxsmZ3d)
しとどに降る雨の冷たさにふるりと肌を震わせる5月最終日。選挙は無事何事もなく終え、結果は先輩が生徒会長になった。具体的な票の数は実際のところ教師しか知らないのだが、先輩が圧倒的に多かったと、生徒の間ではもっぱらの噂だ。
推薦責任者として嬉しくない訳ではないが、正直私が推薦責任者じゃなくても、先輩は余裕で生徒会長になれていたのではと思っている。
そして今、私と先輩は何故か一緒に帰っているのだった。方向が同じらしく、私は一緒になんて帰りたくなかったのだが、先輩が勝手についてくるのである。
「やったね!海ちゃん!」
「別に私じゃなくてもよかったでしょうに……あと退いてください。」
「えへへ、ごめんね」
先輩はよく私に抱きついてくる。他の人に対してもこんな感じなのだろうか。ただでさえ先輩は可愛いんだから、抱きつかれたりしたらほとんどの男子がその気があるのではないかと勘違いするに違いない。
「ところで、海ちゃんは部活何に入るか決めた?」
体験入部は4月中に全部活を試したが、特にこれといった部活はなかった。みこちーはテニス部に入ると言っていたけれど、テニス部は上下関係者が特に厳しいと言われている部活なので入りたくない。
帰宅部にしようかな。中学生になってから授業や課題の量と速さが格段に上がったから、少し追い付いていける自信がない。なら帰宅部になって家で勉強する時間を増やした方がいいのではないか。
私が考え込んでいると、先輩は言った。
「あのね、もし良ければ生徒会のお手伝いをしてくれると嬉しいんだけど……」
きた。先輩の必殺技、きゃるるんおねだり。まるできゃるるんという効果音が聞こえてきそうなくらい可愛い仕草でおねだりし、相手を自分の懐に持っていくという、高度かつ命中率高めの技だ。
流されるな。この天使のような顔をした悪魔め。私はそんな技にはやられないぞ。
「いや、あの私もう部活決まってるんで」
嘘をつくのは少し良心が痛むがこの場合は仕方ない。一度宣言してしまえばもうこっちのもの。さすがに先輩も既に部活が決まっている生徒を勧誘したりはしないだろう。
「勉強、見てあげるよ?」
「喜んでお手伝いさせていただきます」
恐るべしきゃるるんおねだり。なんということだ。つい思わず承諾してしまった。というかこの人エスパーなのか?
「やったー!ありがとう!」
「い、いえ……」
まあ、悪くはないはずだ。勉強を見てもらえるのだからこちらに得は大いにある。生徒会の手伝いと言ってもおおむね事務的な作業ばかりだろう。そこまで難しくはないはずだ。
「でね、ここからが本題なんだけど、6月に秀峰祭があるでしょ?その秀峰祭で生徒会は一曲披露しようと思ってるんだけど、丁度人手が足りなかったんだよねー。でも海ちゃんが手伝ってくれるから大丈夫!ありがとね、海ちゃん!」
「……え」
しゅうほうさい。秀峰祭。学校内での合唱コンクールみたいなものだ。クラスで合唱の上手さを競い合うという伝統イベントである。それで何故生徒会が一曲披露するのか。
「なんで生徒会がやるんですかそれ。別に軽音部とか吹奏楽部で良いじゃないですか。」
「秀峰祭を盛り上げるためだよ。多ければ多いほどいいじゃん。秀峰祭の仕事は大体実行委員がやるから練習する時間はあるし。」
うわあ。やらなくてもいいことをやるなんてすごいなあ。私とは正反対の性格だ。こういうイベントにどうしてそこまで全力になれるんだろう。生徒会がやらなくても充分盛り上がるんだから、時間の無駄というか、効率が悪いというか。しかしそういう人が愚かだということは示していない。寧ろ尊敬する。言い換えれば積極的で一生懸命ということだ。ただ私はやろうとは思わないだけで。
「やりたくないです。断らせてもらいます。面倒くさいし責任」
「勉強、見てあげないよ?」
「ぐぬぅ……」
「一回手伝ってくれれば、勉強ずーっと見てもらえるんだよ?」
相手が見返りを求めて頼んでいる場合、信用してはならない。そもそも1ヶ月で一曲演奏できるほど上達する気がしない。ボーカルとか本当に嫌だ。全校生徒の目の前で歌声を披露するなんて羞恥心でどうにかなりそうだ。あとで色々噂されそうだし。
「それでも嫌です。というか何で私にそこまでこだわるんですか?」
「だって、君のこと好きになっちゃったんだもん。」
えらい人間に気に入られちゃったなあ。面倒なことになったぞ。
「おーねーがーい」
「……」
先輩がぎゅううっと抱きついてくる。何度もいってるけどやめてくれ。何度言ったらわかるんだ。
「うーみーちゃーん」
「……」
耳元で喋るなよ……うるさいよ。
「ねえってばー」
「……」
本当にしつこいなあ、もう。こういうのをうざいって言うんだよね。
「本当に本当に本当にお願い!」
「わかりました!手伝います!だから離れてくださいうるさいですしつこいですうざいです!」
「ご、ごめん……」
私が言うと先輩はいきなり真面目なトーンになって弱々しく謝って私から離れた。先輩は私の言葉に傷ついたのか、しょんぼりうなだれている。沈黙が流れて気まずい雰囲気になる。
確かに嫌だったし本当のことを言ったけど、そこまで傷つかなくても…私が悪いみたいじゃないか。
「あの、そんな、気にしなくても……冗談ですから」
「本当!?やったー!」
先輩は先程の姿が嘘のように元気になってまた私に抱きついてきた。
くそう、さっきのは演技だったのか。まんまと騙されてしまった。というかお願いだから離れてくれ。胸が、胸があたってるんだよ。
「は、離れてくださいよ……」
先輩はもう離れなかった。これから私が何を言っても離れないんだろうなあ。もともと人の話聞かない人だったし、結構無理矢理気味なところあるからなあ。なんか、手のひらで転がされてるっていうか、踊られてるっていうか、いいように使われてる気がする……先輩ってなんてずるいんだ。
「えへへ、そういうところが好きなんだよ。」