複雑・ファジー小説

Re: 午前零時に君は死ぬ。 ( No.3 )
日時: 2018/05/04 13:53
名前: 狐憑き ◆R1q13vozjY (ID: KZRMSYLd)

「ひィぃ.....っっっ!!」

 暗黒の中、無気味に光る球が浮かんでいた。それだけだと言うのに。スクープの予感がしたのに。そう言わんばかりに、涙を流す記者。記者の前に堂々と微動だにせず立ち尽くす男。
 記者は必死に許しを乞う。記者はごめんなさいごめんなさいとひたすらに繰り返し、大事な大事なカメラでさえも放り投げていた。本来ならば逃げなければいけないのに。今すぐにでも上に知らせなきゃいけないのに。嗚咽を吐き出すだけで、記者はへなりとその場に座り込んだまま動かない。記者はまさしく、有声ポンプさながらであった。
 男は返り血を浴びていた。男の背後数メートルには男が殺したのであろう人間が、無様に横たわっている。男は刃物も何も持ち合わせていなかった。ただ、男は丸く光る球体を——手に持っていただけだ。

「さようなら。愛しき人間よ」

 男はゆっくりとしゃがみ、記者の耳元に自らの口を寄せる。男が憎々しそうに、それでいて愛しそうに。うっとりとしてしまいそうな甘い声で記者に囁く。
 刹那、硝子が割れる音と記者のもがき苦しむ声がその場に不自然に響く。記者の耳を塞ぎたくなるような嘔吐の声と断末魔にも似た苦しみの声が、絶え間無く織り奏でる。数メートル先に横たわる人間同様、記者は力なくずっさりと倒れた。
 タイミングを見計らったように、また一人その場に足を踏み入れた。女性だ。男を知っている様子で、パチパチと感嘆の拍手を送っている。女は男から少し距離を取った場所に立ち止まる。とはいえ、両者が片腕を広げればぶつかるほどの距離だが。

「......流石だ。全く、師匠の私でも惚れ惚れしてしまうよ。......コルベン」
「ん。俺は貴女の弟子になったつもりは有りませんけど。何の用ですか、レフ・フォーカルさん」

 互いに名前で呼びあった。男の名をコルベン、女の名をレフ・フォーカルと互いは呼んだ。女の名前はレフとしよう。
 レフは中性的な顔立ちと、その顔立ちのイメージ通りな中性的な声が特徴だ。声はどちらかと言えば男寄りで所謂少年ボイスに近い。少年ボイスをもう少し大人びた感じにした感じだが。又、最大の特徴は首からデジタルカメラを提げていることだろう。
 一方、コルベンは真面目な男性を具現化したような風貌である。常に顔は顰めっ面であり、今もそうだ。声は限りなく低く威圧を孕ませている。又、彼は返り血の浴びた白衣を常々身につけていることが特徴だ。
 コルベンはレフを嫌っているのか否か、何処か嫌そうな面で頭を掻いた。レフはコルベンを自慢の弟子だと言うように、嬉しそうにニタリと笑うように頬を上げる。甘美で狂気を含ませたような、不安になる笑みだ。コルベンはその笑みを気持ち悪いと思いながら、舌打ちをする。とっくに見慣れているに相違ない反応である。

「殺さずに彼等を見逃してあげることも出来たんじゃないか?」

 レフはその笑みとコルベンに対する好意的な反応とは裏腹に、コルベンの行為に対して毒づく。
 ざっざっざと大して水も与えられていない草を踏みしめながら、レフは先程まで泣いていた記者に近付いた。レフは記者がもう息もしていないことを確認する。コルベンはレフが「死んだ者は冷たいな」と呟きながら、カメラのフラッシュを焚くのを見届けた。
 彼女のカメラによって暗闇に一瞬だけ光がもたらされた直後には、記者の遺体は既に赤く燃え上がっていた。微かな光しか持ち合わせていなかったその場は、一気に赤く彩られる。その様はキャンプファイアの様である。

「俺は貴女の仕事を増やすことが仕事なので」
「......そうかい。コッチの身にもなってほしいな、そろそろ」

 コルベンはレフの背後にある死体の末を見つめながらに言った。レフはようやくその笑みを崩し、困ったように笑いを溢した。心なしかレフのカメラもレフの言うことに頷いているように、コルベンは思う。
 部外者にとってみれば血に血を塗るような行為に恐ろしくもなるだろう。だが、彼等にとっては日常茶飯事同然なのだ。死体を燃やすなど、泥を顔に塗るまでもないのだろう。レフの赤く長いストレートの髪がいつものように風に靡いた。


    ◆◇◆


 翌日。残虐性極まりない惨い殺人に、報道関係は勿論のこと全世界が足を竦めた。普通の殺人ならば日本だけに留まるが、あまりの虐げのレベルに度肝を抜かれたに違いない。日本政府はその恐ろしさを共有するために、全世界へと報じることを命じた。
 日本を混乱に陥れたのは、言わずもなが。昨日の夜、レフとコルベンが起こしたあの殺人のことだ。

 死者の数は三人。どれも焼き付くされ、殆どが骨の状態になっていたそうだ。雀の涙程度に一部肉や内臓が残っていたらしいが、生焼けのようになっていたらしい。そこがこの事件の惨たらしさを余計に物語っている。又、不思議なのは草むらに白骨死体が放置されていたにも関わらず、周りの草には燃えた気配すら見せていないこと。この事件の証拠物となったのは、あの記者のカメラだそうだ。警察はそのカメラを含め、慎重に事件の調査を進めるらしい。
 又それは。今回の事件に似た事件も最近では頻繁に相次いでいた。それを警察はひた隠しにしてこっそりと調査を進めていたらしい。だが、警察の偉いさんがあまりにも立て続けに起きることで「これは可笑しい」と感じたのか今回で全てを公表する事にしたと言うのだ。

「んー、へへっ。レフちゃんがしたのかなぁ? スートちゃんこの事件気になる〜」

 その事件を報道するところを観ていた小柄な女性。彼女の一人称の通り、彼女はスートと言う。スートはレフと知り合いか、又は一方的に知っているのか。一般人であればきゃっきゃと喜べも楽しめもしない事件に、スートは一人興奮していた。


 同時刻、場所は夢沢家。
 ここでも同じく、白骨殺人事件について取り上げられていた。画面の向こうでニュースキャスターと弁護士らしい人が掛け合っている。いつになく真剣な表情で、弁護士はこの事件に対する緻密な自身の考えと事件によって発生するお金とやらについて話している。
 一人を除いて、夢沢一家はその話に食い入るようにテレビに吸い込まれていた。

「母さん。今日から学校休みだってさ。部活もない」

 彼女、夢沢 波月(ゆめさわ はつき)は心底怠そうな声でそう言う。
 波月は自分の携帯をぼんやりと眺める。その目は明らかに眠そうで今にも閉じてしまいそうだ。只でさえ、先程も彼女は返信を知らせるバイブ音でハッとしていた。
 彼女の画面には、冷たく返す波月の言葉とテンションが高めの現代言葉だらけの相手の言葉が並んでいる。JK漫喫してますとでも言葉に表してるような、彼女のチャット相手。アカウントの名前は純奈すみな
 波月は、母の返事を聞き流しながら了解の旨を知らせる返事を純奈に送信した。