複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.11 )
- 日時: 2020/11/14 18:26
- 名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)
トモエ、死ぬ直前
観覧車を乗り終えた双見巴と八木原智絵は竜谷兎萌と今川友衣と合流した。
今川友衣は終始下を向いたままで目を――特に双見巴から逸らしていた。
事情を知らない双見巴は「大丈夫か?」と訊ねるが今川友衣は「いいえ……大丈夫です」と小さく返すだけだった。
八木原智絵も双見巴も首を傾げた。
「何かあったの?」
「昨日私は今川さんのあられもない姿を見たから、彼も見たんじゃないかなって。そんな話をしてたの」
「……あー」
「大声をあげていたんだし?」
それならば今川友衣の反応も何となく分かる。
ただ、夜の件は双見巴は熟睡していて知らない――なんて説明しても簡単に信じてもらえるか。
「まあ、彼が実際に見たかどうかは関係なく、見られたと思っているんだけど……説得するのは面倒よ。開き直ってもらった方が早いと思うわ」
「……難儀ね」
「どうせ最期なんだし異性に裸見られたくらいなんともないでしょ? 寧ろ自分から脱いだんだし」
「あう……」
「裸……?」
双見巴は意味が分からないといった風である。
「……何か昨日は変なことが起きていたみたいだな」
「ええ。でももうこの際どっちでもいいと思うの。見たとか見てないとか。それよりも早く、場所を決めないといけないんだから」
竜谷兎萌がそう話題を切り替えた。
「突然の切り替えね」
思わず八木原智絵も感心してしまった。
「個人の差だろう。今更治せそうにもない気がする」
「ふーん……」
「…………」
「今川さん、具合悪かったりするの?」
八木原智絵が頃合いを見て今川友衣に訊ねた。
「いいえ……大丈夫です。気づかい有難うございます」
今川友衣も竜谷兎萌のおかげで悟ったようで、顔を上げた。
「じゃあ、行きましょ」
八木原智絵が先導する。
死に向かう場所へと。
「ここが、最期の場所なんですね……」
「そうね」
四人が辿り着いたのは少し寂れたショッピングモールだった。
人混みが激しいわけでもなく、見上げた階上の方は暗い。
「まあいいんじゃないの? その気になればどこでだって出来るんだし」
「よく見つけられたな……」
双見巴は八木原智絵に感心していた。
「さっき上から探してたら、たまたま見つけたのよ。人気が多くなさそうな建物を」
「私たちの所為で、ここがホラースポットになってしまうんですね」
小さな声で今川友衣がささやいた。
「私たちをそうさせたのはこの社会よ」
「気持ちいいくらいの八つ当たりだな」
「そうね」
「じゃあ、行こっか? それとも最後にやり残したこと、まだある?」
八木原智絵が改めてそう訊ねる。
「八木原さんはどうなの?」
「私は……そうね、最後の晩餐くらいはしようかなって――」
八木原智絵の返答に竜谷兎萌は苦笑した。
「小洒落てるわね……私は遠慮しておくわ。個人的に一人でいたい」
「なるほど……二人はどう?」
「私は……八木原さんたちとゆっくり落ち着きたいです」
「俺もそっちに賛成する」
「一人くらい一緒に来てもよかったのに……」
「一人でいたいはどこに行った」
「冗談よ。じゃあ私は一旦ここで別れるわ。精精最期の時間を、お互い楽しみましょう?」
そう言って竜谷兎萌はその場を離れた。
「準備ができたら連絡するわ」
去り際に八木原智絵がそう言った。竜谷兎萌は笑って返した。
いよいよ迫ってきている、と竜谷兎萌は感じていた。
「…………」
無言で歩きながら竜谷兎萌は思い返す。
自殺オフで一泊するのは予想していなかったが、なんだかんだ言って楽しめた。
その所為か、内心落ち着かなかった。直前まで楽しめた、というのが心に引っかかっていた。
「躊躇っているのかしら……」
きっとここまで先延ばしにしていたからだ、と心の中で苦笑した。
竜谷兎萌は再度ショッピングモールを見上げた。
高い。
ここから落ちたら確かに死ぬだろう。
「悪いけど、ここを私たちの死に場所にするわね」
小さな声で呟く。
自然と、強くこぶしを握り締めていた。
+ + +
双見巴と今川友衣は二人で残っていた。
八木原智絵と三人で最後の晩餐と言ってしばらく話してたが暫くして八木原智絵が「先に場所探してるね」といって抜けてしまった。
それから静かに会話を続けたり、黙って食事をとったりとの繰り返しだった。
「以前、本当に、一人で自殺を考えたことがありました」
今川友衣は食事を完全にやめた状態で正面の双見巴の方を見ながら言う。
「ここから飛び降りれば死ねる……辛い苛めからも、寂しい思いからも逃れられるって思って。でも、結局怖くなって辞めちゃったんです……今になって思えば、きっと、誰かに見てほしかったんだなって思いますし……止めてほしかったんだと思うんです」
双見巴の手が止まった。「行き過ぎた行動ですよね」と今川友衣は小さく笑った。
「それほどの思いで、それだけの行動を起こしても、結局は自分で辞めちゃったんですよ……元の日常に戻しちゃったんですよ」
「…………」
ブラックコーヒーを啜りながら、双見巴は今川友衣の話と、過去の自分を照らし合わせていた。
日頃から心のどこかで寂しさを感じていてた双見巴は夜遅くまで施設に戻らない日もあった。
夜遅くまで遊びつくしたこともあったし、喧嘩したこともあった。
誰かに見てほしかったし止めてほしかった――という点では同じなんだろう。双見巴はそう思った。
「……最後に変な話してすいませんでした。迷惑でしたか?」
恐る恐る訊ねた今川友衣だったが双見巴は「いいや」と首を横に振った。
「そういった突飛な行動は誰にでもあるだろ。俺も、似たようなことあったし」
「……自殺ですか?」
「……どっちかっていうと喧嘩とか、だな」
「やっぱり双見さん……不良ですね」
「自分でも不良だと思うな」
「でも……ちょっと、不良とは違うかもしれません」
今川友衣の発言に双見巴は首を傾げた。
「私のいた学校にもそんな人たちはいましたが……それよりは、話しやすいですし、悪くない人だと思います」
「中途半端な不良、か……」
「あ、そういった意味ではないんですが」
「不良だけど不良じゃない、か……ははっ!」
奇しくも今川友衣が双見巴に抱いた第一印象であった。しかしそんなことは露知らず双見巴はどこかおかしく思い笑った。
その時、二人の携帯電話から着信が鳴った。
「……!」
「……!」
二とも各各の携帯を確認する。八木原智絵からのメールだった――当然、ここには今いない竜谷兎萌にも、同様のメールが届いていた。
『屋上で先に待っています。あと一時間くらいしたら来てください。場所は――』
+ + +
八木原智絵は一人、黄昏ていた。
外はもう暗くなりつつあり、少し肌寒くなってきた。屋内駐車場の一角だが、周囲には人どころか車一台さえなかった。
人目に付かない、絶好の場所であった。
「…………」
ふと、八木原智絵は上体を乗り出して真下を覗き込んだ。ここから落ちたら一溜りもないんだろう、と思った。
「……はあ」
ゆっくりと溜息を吐いた。
先程から一人で、この場所で時間を潰していた。空を眺めたり、下の景色を眺めたり――時間を無駄に費やしていた。
心ここにあらずといった感じで、ずっとそわそわしていた。
「来たわよ」
どれくらいの時間が経ったのだろうか、振り返ると――竜谷兎萌、双見巴、今川友衣が集まっていた。
「やっと、改めてみんな揃ったのね……」
心底疲れたかのように、八木原智絵はため息交じりにそう言った。
「ずっとここで時間を潰していたの? 暇だったのね……それとも、心の整理がつかなかったの?」
少し意地悪そうに、竜谷兎萌は笑いながら返した。
「――いろいろと、思い返してたの」
八木原智絵は語りだした。
「これまでの人生の事とか、こうして自殺しようとした経緯とか……走馬燈に書き込んでから、皆に会って、こうしてここにいることまでの二日間とか。自分が自殺しようだなんて考えてもいなかったし、自分と同じ名前の男子に会うだなんて思いもしなかった」
だろうな、と双見巴は返した。
「この二日間はさ……企画した自分が言うのも何だけど、かなり濃い二日だったと思うの。最初は勢いで、どうせだから最後に旅行でもって思ってたんだけどね。結果として、すごく楽しかった」
今川友衣はそれに答えるように頷く。
「……だから今こうして、死のうとする直前までいてさ――――、」
少し間を置いて、八木原智絵はまた口を開く。
「――――死にたくなくなっちゃった」
<トモエ、死ぬ直前・終>
お久しぶりです。長く空けすぎてしまいました。
そんな自分が情けない……
ですがこうして戻ってまいりました。
物語もいよいよ終わりそうです。がんばれ自分。
それにしても、生きたいと思ってるから「死にたい」って思っちゃいますし、
死にたいって思ってると「生きたい」って思っちゃいますよね。
生死とは表裏一体。それを私たちは抱えている。