複雑・ファジー小説

Re: トモエ ( No.12 )
日時: 2020/11/23 15:38
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)

トモエ、葛藤する


「…………は?」


思わず返したのは竜谷兎萌だった。
「……何を言っているのか分からないわ。まさかここまできて怖気づいたというの? 今更未練がまだあるっていうの? ……自分から言い出しておいて、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ」
「……自分でも、よく分からないの」
「…………」
竜谷兎萌は苛立ちを隠せないでいた。
「何時からだ」
双見巴が八木原智絵に訊ねた。
「……いつの時点で、死にたくないに変わったんだ」
「…………」
「実は、こうやって集まる前から、既に死にたいとは思っていませんでしたとかだったら、それはこうして集まった俺たちを馬鹿にしていることになるぞ」
少し怒気の籠った声で、双見巴は八木原智絵に訊ねた。その内容に「確かにそうね」と竜谷兎萌も同調し、今川友衣も頷いた。
「それは違うよ」
だがそれに対しても八木原智絵は落ち着いた様子で答えた。

「最初に集まった時とか移動していた時は、私は死ぬんだ、って思っていた。寧ろ、死にたくないなんてはじめは思わなかったわ。夜に今川さんと話していた時だって……だからこそみんなで心中しようって思っていた」
「じゃあ、どうして……」
「……でもね」
八木原智絵は三人の方を向く。
「夜に今川さんとお話ししたときや、さっき双見君と観覧車に乗った時に……心のどこかで、もう一つ別の思いが沸き上がってきてたの」
「……観覧車? 二人で?」
「……その場の流れだ。可笑しいことじゃないだろ」
竜谷兎萌は返事の代わりに鼻で笑った。
「もう一つの思い、というのは?」
「……私は自分のトモエって名前が好きだから、最期死ぬときは同じ名前のみんなを集めて、死ぬことを望んだわ。自分と同じ名前と一緒に死ぬのは本望だった。……でも、私と同じ名前の人たちが傷ついて、死にたいと思っている事が……悲しく思い始めてきたの。同じ名の人たちが傷ついて尚それを見過ごして、心中しようだなんて……段々、それが許せなくなってきたの」
「――で、死ぬのをやめよう。っていう提案を? 押し付けるつもり?」
竜谷兎萌はどこか侮蔑した表情で八木原智絵を見つめた。
「アンタが死なないのは結構よ。でも、それを私たちに押し付けないで頂戴。私たちはアンタとは違うから」
「…………」
八木原智絵はどこか疲れ切った顔をしていた。
「……もう、死ぬ気は無いんですか?」
今川友衣が訊ねる。
「……ごめんなさい。私は――」
「主催者がこんな体たらくで、昨日の時間を全部返して欲しいくらいだわ」
八木原智絵の発言を遮り、竜谷兎萌はため息交じりに呟いた。
「それは悪いことをしたわね」
「…………」
「……でも、竜谷さん。昨日は……楽しかった?」
「そんなの聞かないで頂戴」
「……それじゃあ、ここに集まったトモエ全員で死ぬっていう目的は達成できなくなったって事か」
双見巴が口を開いた。
「そういうことになるね」
「……それは残念だな」
大きく溜息を吐いて双見巴は空を見上げた。

「自殺の思いは――自棄だった、のか?」

ぽつりと双見巴が呟く。
「結果論で言えばそうなるだろう。なんせ今は自殺する気はないというんだから。自殺をしなかったら、死にたいという思いは全部自棄、だ」
「……そうなるね」
双見巴の呟きに、八木原智絵は答えた。
「自分から誘っておいてなんだけど――後悔はしてないよ」
「そうか……はは」
双見巴は八木原智絵の方を向いて、空笑いをした。
「なら、俺がここにいる理由も、こうして集まった意味も、もう無いんだな」
「…………?」
「だったら、俺も今ここで死ぬ理由は、無いよな……?」
突然の発言に竜谷兎萌も八木原智絵も驚いた様子で双見巴の方を見た。
「――下らない時間だったな。アンタを見てたら気が変わった。最悪の二日間だ。自分の死にたい気持ちを前面に吐き出しながら過ごしたんだからな……黒歴史にもほどがある」
そう言って双見巴は溜息を吐いた。
「恥ずかしいったらないな」
「そうかもしれないね……それで、この後どうするの?」
「さあな――もう少し、勝手にさせてもらうわ」
「……はぁ」
返事の代わりと言わんばかりに竜谷兎萌は溜息を吐いた。
「結局――こんなもんか」
心底うんざりした様な、不快そうな声だった。
「今川さん――あなたはどう?」
「……え?」
「今、あなたは死にたいという気持ちと、生きたいという気持ち。どちらが強い?」
「え……その……」
悩んでいる内に、竜谷兎萌は今川友衣の手をとり――八木原智絵を通り過ぎて壁の方まで来ていた。
「――私は、少しでもあるい生きたいっていう気持ちを殺してでも、今死にたいって思っているわ」
「竜谷さん――」

「でもまあ折角一人で死ぬのもアレだから――今川さんと心中するわ。あなた達腑抜けじゃあ興醒めだもの」

「――――!!」
「よくもまあ……自殺志願して、途中で手の平返せるわね」
「竜谷さん……」
八木原智絵は恐る恐る、竜谷兎萌と今川友衣の方へと近づいていった。
「それ以上来ないで。……先に今川さんから落とすよ?」
「それって普通に殺人じゃあ……」
「その次の時点で私も飛び降りるから殺人とは考えられにくいわ」
今川友衣の突込みにも、軽口で答えた。
「…………」
今川友衣は今この時点でもなお分からないでいた。
自分が今どっちの気持ちが強いのか。
死にたいのか、生きたいのか。
「大体自殺志願者を募って、ここまで来たのよ。今更死ぬのを辞めたっていうのは確かに腹が立つけど――それ以上に、どうして私たちの自殺も止めようと近づくの?」
「……………」
「八木原さん」
八木原智絵はすぐには答えなかった。
「止めるつもりなのか……?」
双見巴が八木原智絵の隣まで寄り、小声で訊ねた。
「近づく理由って、それ以外に何かある? 双見君も、止めるつもり?」
「俺はここまで来て今更死ぬのを辞めた腰抜けだぞ?」
「意気地なしね」
「五月蠅い」
必死にも見えると双見巴は思った。自分と八木原智絵がここまで来て自殺を辞めるといった、その所為で竜谷兎萌がムキになっているように思えて仕方がなかった。

「――最初にね」
八木原智絵が口を開いた。
「最初にみんなで集まった時に、確かに嬉しかった。最初に言い出したのは私だった。『同じトモエという名前で死にたいっていう人』を募集した。半信半疑だったけど、結果として、こうやって皆に会えた」
でも、と八木原智絵は続ける。
「同じ名前のみんなが死にたいって叫んでる、傷ついているっていう事も、認めていた。心のどこかで、それが引っ掛かって仕方がなかった……だから、今生きたいって思ってるからこそ……今目の前で同じ名前の人が自殺するのなんて、我慢できない」

「自分勝手にもほどがある!!」

竜谷兎萌は我慢の限界だった。八木原智絵の身勝手さにも、上手く自殺できないことに対しても。
ぎゅう、と今川友衣を握っている手に力が入った。
「……少し、痛いです」
「……ごめんなさいね」
少し慌てた様子で竜谷兎萌は今川友衣を握っていた手の力を緩めた。
「今川さん、もう一度聞くわ……貴女は今、死にたい?」
「……分かりません。これで死んでも後悔はしないでしょうが……もう少しだけ、待たせてください……もうちょっとだけ、生きていたいです。皆さんと一緒にいた時間を、もう少しでも長く感じていたいです」
「今川さん……」
八木原智絵はじっと今川友衣を見つめた。
「……時間潰しに少し語ろうかしら。」
竜谷兎萌は大きく溜息を吐いた。

「私はね……過去にも自殺をしようとしたわ」
竜谷兎萌の言葉に今川友衣は驚いた表情をした。
「こうしたオフ会を開かずに一人で、どうやって死のうか考えて……今回と同じように飛び降り自殺をしようとした」
そう言って竜谷兎萌は八木原智絵たちに背を向けて屋外の夜景を眺めだした。
「結局は死ななかった。あの時の私は怖くなって逃げたんだと思う……たまにその時の自分を惨めに思う事があったわ。だからこそ……今も自殺を望んでいる自分がいるんだと思う」
「竜谷さん……」
「一人じゃだめだったから、今度は誰かと一緒に死んでみようって、思ったのが参加した理由よ。結局その全員で死のうってのも、こんな残念な形になっちゃったけどね」
そう言って背後の八木原智絵たちを振り向く。
「私は自暴自棄でも死んでやるわ。あなた達とは違う!」

「竜谷さん!」

今川友衣が叫んだ。
「もう……だめです。これ以上は……ムリです」
「……何を言って――」
竜谷兎萌は今川友衣の顔を見た。
「私にも分かりません……ですが――」
今川友衣はぼろぼろと泣いていた。
「本当に死にたいのか、本当は生きたいのか……自分がどうしたいのか分からないんです。死ぬのが怖いですし、けどまた辛い思いをしながら生きていくのも嫌なんです。ぐちゃぐちゃな思いが、頭の中で……どうすればいいのか……!」
今川友衣は膝をつき、縋るように竜谷兎萌の両肩を掴む。

「どうなんですか……竜谷さんは、怖くないんですか。死ぬのが怖くないんですか? 生きるのが辛くないんですか? ぐちゃぐちゃになってないんですか?」
「……ぐちゃぐちゃなのは貴女の顔の方じゃない」
しっかりしなさい、と言い今川友衣をちゃんと立たせた。
「あなた達とは違うって、さっき言ったじゃない」
落ちついた声で、今川友衣にそう言って――今川友衣を突き飛ばした。
「わっ!!」
「っ!」
「結局みんな臆病者ね」
一人佇んで、竜谷兎萌は笑った。
「踏ん切りがつけられていないというのは認めるわ。覚悟があるなら直ぐにでも飛び降りてたでしょうに……でもね、もう大丈夫よ。今川さんを見ていたら、ね」
「竜谷さん……」
「流石にそんな泣きじゃくった子と無理やり心中するのは流石に退くわ」
そして、手すりに腰を掛ける。背中を傾ければ真っ逆さまになる状態だった。
「竜谷さん……!」
「あああと、最後に答えておくわ。八木原さん――」

――皆と出会った時間は悪くはなかったわ。

そう言って竜谷兎萌は背中から飛び降りた。
「竜谷さん!!」
八木原智絵は慌てて駆け寄る。が、それよりも先に双見巴が動き出した。
「双見君!?」
双見巴が竜谷兎萌が飛び下りた場所から、後を追うように飛び降りた。
「――――!?」
竜谷兎萌にとっては予想していない出来事だった。
(なんで……?)
後追い自殺と思ったが、そんな度胸なんて彼にはないと思っていたし、追いついてくる彼の顔から生への執着がひしひしと竜谷兎萌に伝わってきた。
そのまま双見巴は勢いをつけて、壁を走るような形で竜谷兎萌に追いついた。
そのまま抱きかかえ、竜谷兎萌は双見巴と落下していく。

そして――――、



<トモエ、葛藤する・終>


生きているから「死にたい」と思い、
死のうとするから「生きたい」と思う、
人生そんなもんです。生きてる理由なんて「死にたくないから」で十分。
なので明日もずっと生きていくの連続。使命というか課題というか。
他の人にそれを説得できるかは分かりませんが。

しかし会話文がこうも続くと……地の分が少ない?


次回で最終話となります。