複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.13 )
- 日時: 2020/12/18 15:42
- 名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)
トモエ、――――
「…………」
竜谷兎萌が目が覚めると、病室にいた。清潔な室内には他に誰もいない。窓の外からは日差しが漏れていた。
「は……」
体を起こし、自分の手を見つめる。
結局、死ぬことは出来なかった。その事実が、竜谷兎萌の心に重く圧し掛かっていた。臆病だったとかは関係ない。飛び降りても尚、死ぬことは叶わなかったのだ。
「馬鹿馬鹿しい……」
自分に向けて、そう呟く。
コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。
返事を待たずドアが開けられ――八木原智絵と今川友衣が入ってきた。
「目が覚めたんですね!」
喜びと驚きが混じったように今川友衣が駆け寄った。
「ええ……。生きているのは、夢じゃなく現実のようね。残念だけれど」
竜谷兎萌は申し訳なさそうにそう答えた。
「意識は大丈夫なの? 頭とか……記憶とか」
「なんだろう……特に、支障は見当たらないわ。手もちゃんと動くし、記憶も一応、昨日の事も……」
「竜谷さん、丸一日眠っていたのよ。飛び降りたのは……一昨日の事よ」
「…………」
「竜谷さん……」
「ふっふふふふ……」
竜谷兎萌は心配そうな八木原智絵や今川友衣を他所に笑い出した。
「もう……」
一頻り笑った後、八木原智絵は溜息を吐いた。
「ところで――」
竜谷兎萌は八木原智絵の方を向く。
「私の後に飛び降りて、抱き着いてきた双見君はどうしたのかしら?」
「…………」
「…………それは」
八木原智絵も今川友衣も後ろめたい様子だった。
ここに、双見巴はいない。
それが何を示しているのか。気付かない竜谷兎萌ではない。
「それは…………」
「…………」
「……そう、なの」
竜谷兎萌は窓の外を眺めた。今の表情を誰にも見られたくはなかった。
「……彼には、悪いことをしたわ。ううん、彼だけじゃない、二人にも……迷惑かけたわ」
だが最も声をかけるべき相手は、ここにはいない。
「私は、この先どうすればいいのかしら……ただ生きていくというだけじゃ、だめなのよね……」
様々な感情が湧き出て、それらをすべて押し殺しつつ竜谷兎萌は声を振り絞る。目頭が段々と熱くなってきた。
「ごめんなさい――――」
呟きと同時に、再びドアが開く音がした。
「え――――」
「…………ん?」
入ってきたのは――双見巴だった。竜谷兎萌と同じ病衣を着ている。
「え……? こ、これって……」
「死んだなんて思った?」
八木原智絵がそんなことを言い出した。
「だって……」
「死んだなんて、私たちは一言も言ってないよ?」
「……まさか計ったの!?」
「そんな計画はしてないけど」
「…………っ!!」
竜谷兎萌は我を忘れてベッドを下りたが、全身に力が入らなかった。
「まだ安静にしててください。竜谷さ……」
今川友衣が竜谷兎萌を支える形で抱きしめる。
そのまま竜谷兎萌は今川友衣の中で――静かに泣きだしていた。
「…………」
竜谷兎萌の震えを感じた今川友衣は優しく抱き返した。
「……みんな、結局死ななかったね」
「…………そうだな」
八木原智絵も双見巴もそれを見てどこか肩の荷が下りたような気分になった。
「俺の意識が昨日には戻ってたってのは、まだ言ってなかったのか」
「ええ……部屋に入って、竜谷さんが起きてたのに驚いて、忘れていたわ」
「そうか……まあ目覚めてよかったな」
「双見君の方は大丈夫なの? 昨日意識は戻ったって言っても、状態は竜谷さんと同じはずよ。歩けるの?」
「ああ……一応、五体満足だ」
「……それでも安静にはした方がいいと思うわ。実は深手を負っていた、なんて嫌だから」
「そうだな」
そう言って双見巴は少し体を動かした。
「生きてるんだな」
「そうだね……みんな、生きてるんだね」
八木原智絵は双見巴に「それくらいにして座りなよ」と椅子を出した。
「……昨日はきけなかったんだけどさ」
八木原智絵は小声で双見巴に訊ねる。
「どうして竜谷さんが飛び降りた時、後を追いかけたの?」
「あー……」
双見巴は少し悩んで、
「……なんでだろうな」
と、何処か恥ずかしそうに言って足早に病室を出た。
八木原智絵は「飲み物買ってくるね」といい竜谷兎萌と今川友衣を後にした。
近くにあった椅子に双見巴と八木原智絵は腰をかけた。
「竜谷さんがいる前だと少し恥ずかしかった?」
「……あの時、勝手に体が動いていたんだよな」
「え?」
双見巴の言葉に八木原智絵は思わず聞き返してしまった。
「俺もなんだかんだ言ってやけくそ状態だった。直前まで俺も今日死ぬんだと思っていたが……そんな手前で、生きたいと言い出した。本当に……その時が一番馬鹿馬鹿しかったよ」
何もかもな、と言う双見巴に八木原智絵は「そう」返した。
「あまりにも馬鹿馬鹿しくなって、それで段々そんな奴が考えたこの旅行にも、それに参加した俺自身にも馬鹿馬鹿しくなって腹が立ってきたんだ。それで俺もどうでもいいやって思った。生きるのも死ぬのもさえどうでもいいと、その時思ったが……だいぶ気が楽になったのも確かだった」
その言葉に八木原智絵は胸を撫で下ろした。自分勝手だと非難されると思っていたからだった。
「そしたら、今度は同じ名前の俺らまで死ぬなんて見過ごせないなんて言い出したもんだ。呆気にとられたが……お前らしいんだろうな」
「じゃあ私の所為かしら?」
そう拗ねて返した八木原智絵に対し「それで結局動いたのは俺自身だ。それは俺の所為だろ」と言った。
「なんだろうな、お前と一緒にいて考えが変わったのか影響されたのか……最後に自分の昔話まで話して飛び降りたアイツが、どこか手を差し伸べていたように見えたんだ」
「そうだったかしら」
八木原智絵はふと思い返してみたが、双見巴の考えは分からなかった。
「厭世観から死にたいなんて思った者同士、だからかもな。とにかくあの時、お前が言ったように、同じ名前の奴が目の前で死のうとした時に、見過ごすわけにはいかないって思って……気が付いたら体が動いていた」
「ふうん…………」
八木原智絵と今川友衣はあの後すぐに、見つからないように飛び降りた場所へと降りた。
幸いにも二人が落ちた場所は花壇のスペースであり、木や柔らかい土だったから、そして幸運にも打ちどころも悪くなかったから、こうして死なずに済んだ。
結局、誰も、死なずに済んだ。
「……最初は死にたいって、みんな思ってたんだよな……」
「そうね……だから、集まったんだよね」
「結局誰も死ななかったな」
「そうだね……」
だから4人、こうして居るんだろう。
「俺は死のうと思ったことも、これに参加したことも、結局生きることになったのも……後悔はしていない」
改まった風に双見巴はそう言った。
「アンタはどう思っている?」
「……何だかんだ迷惑かけたって思っているわ。言い出しっぺなのに最初に自殺を辞めようなんて言い出したんだし……竜谷さんの言ったことも間違いではないわ」
でも、と八木原智絵は続ける。
「私も、やっぱり生きててよかったって思ってるし、こうしてみんなが生きていることも……良かったって思ってる」
ス、とドアが開いた。中から竜谷兎萌が今川友衣に支えられながら出てきた。
「随分と遅いじゃない。飲み物買うのにしては」
「竜谷さん、まだ横になっていた方が……」
「彼だって歩けるのよ。私も少しずつくらいはいいでしょう」
「……大丈夫なのか」
「足が生まれたての小鹿みたい、とはまさにこのことだと思うわ」
「だったらベッドに戻りましょうよ……!」
「安静にした方がいいな」
双見巴と今川友衣が同時にそう突っ込んだ。
「ねえ竜谷さん、今川さん」
八木原智絵が二人に訊ねた。
「……生きてて、良かった?」
「…………」
「…………はい」
先に返したのは今川友衣の方だった。
「今生きててよかったって思いますし……こうして皆さんに会えてよかったとも思います」
「……そう。それは嬉しいわ」
そう言って八木原智絵は今度は竜谷兎萌の方を見る。
「私も……何だかんだ生きてて良かったって、思うわ。いや、思わないといけないわね」
そう言って竜谷兎萌はワザとらしく溜息を吐いた。
「私は二回自殺しようとして二回とも失敗したんだから。この先死にたいなんて、思わないように生きるとするわ」
「大きく出たな」
「うるさい」
「じゃあ竜谷さん。私たちに会えてよかった?」
「えー、そうね…………」
八木原智絵の更なる質問に、竜谷兎萌はまた少し黙った。
「……良かったわ。改めて生きるきっかけを作ってくれたんだし――ありがとう。そう思ってるわ」
そう竜谷兎萌は笑って返した。
「これで……いいのよね」
「はい」
「そうなんだろうな」
八木原智絵も、双見巴も、今川友衣も、笑って答えた。
<トモエ、――――生きることにしました>
<トモエ・終>
以上、これにて完結です。
お付き合いくださりありがとうございました。