複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.2 )
- 日時: 2020/05/05 18:23
- 名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)
第1話 トモエ、集合する
三月の下旬——世間は大体春休みの時期に入っていた——のショッピングモール。そのフードコートの一席に少女が一人で座っていた。
周りの席には家族連れや、或いは私服の少年たち、或いはカップルと思える男女がいる中、一人制服でいるその少女はやや浮いているようにも思えた。
どこか芯の強そうな印象を窺わせたが、今はどこか緊張と不安が混ざったような表情をしていた。
落ち着かない様子で、時折辺りを見回したり、自身のスマートホンを確認していた。
テーブルの上には注文したであろうパフェが置かれているが、何故かスプーンが刺されたままの状態で一口も食べられてはいなかった。添えられているアイスが溶けだしている。
〜♪ 〜♪
「……!」
突然着信音が鳴りだした。メール通知のようで少女は急ぎで確認する。
差出人は『トモエ』と書いており、本文も『今着きました。これから向かいます』とだけ。
「……ふう」
しかし、それを見た少女は安心したように一つ息をついた。
「…………」
そして、制服の少女は気付いてないが、そこへ近づいてきている少女がいた。
3月の温かい気候の割にはやや厚めの服装。眼鏡と、前髪をやや左側に寄せて左目を覆っていて、更には眼帯もつけているようだった。肌の露出は極めて少ない。
眼帯の少女はメールに表示されている『先に着きました。一人制服でいるのが私です。目印にデザートを置いておきます』のメールを頼りに、待ち合わせている相手であるその制服の少女——周りに似たような席がないのもあったが——だとは予測は出来てはいた。できてはいたが、声をかけられないでいた。そこで、向こう側から気付いてもらえるように少しずつ歩み寄っていた。
「…………?」
漸く制服の少女も近づいてきている人物に気が付いたようだった。しかしまだ声をかける様子はなく——気が付くと手が届くところまで眼帯の少女は近づいていた。
「…………」
「…………あの」
沈黙に耐え切れなかったのか、意を決したのか、先に声を出したのは眼帯の少女だった。
「……“トモエさん”ですか……?」
恐る恐る、泣き出すんじゃないかと思うような、そんな感じだった。
それに対して、制服の少女は席を立ち、眼帯の少女の両肩を掴んだ。
「ひっ」と眼帯の少女は小さく声をあげる。
一方で制服の少女はどこか嬉しそうだった。
「貴女もトモエなの?」
制服の少女の問いに、眼帯の少女は「……はい」と小さな声で頷く。
「——私は八木原智絵」
宜しく、と言って制服の少女——八木原智絵は両肩から手を下ろし、そして差し出した。
「……私は、今川友衣と言います」
そう名乗って、今川友衣は八木原智絵の手を握った。
「宜しく。今川さん」
「こちらこそ……宜しくお願いします」
「立ったままなのもなんだし、好きなところに座っていいよ」
「……ありがとうございます」
今川友衣は添えられているパフェと、八木原智絵を交互に見ていた。
「あの……身分証明とか、大丈夫ですか……?」
「え、ああ……そうね。」
はい、といって八木原智絵は制服のポケットから小さな手帳を取り出した。
それは学生手帳のようで、八木原智絵は自分の顔写真が張られているページを開いて見せた。
「免許証は持ってないし……後保険証くらい?」
「……学生証明証だけで大丈夫ですか?」
「それでいいわ。私はパスポートは持ってないし、ワザワザ偽物を作ろうなんても思ってないし」
今川友衣も学生手帳を取り出した。
八木原智絵は手帳を受け取り、中を確認する。学生手帳に貼られている写真の今川友衣は眼帯をつけていなかった。
「はい、ありがと」
「こちらこそ……宜しくお願いします」
「そんなに畏まらないで。今日は来てくれてありがとう。ここに来るのは遠かったかな?」
「少し……朝から電車を使って。ここって八木原さんの地元なんですか?」
「いいや、私もここは初めてだったけど、思ったよりも簡単に来れたわ」
「……? ここって八木原さんの地元じゃないんですか?」
「んー、来てくれるみんなからどこに住んでいるか聞いて、集合場所を決めたし」
『ゲスト側』として参加する今川友衣はメールでの八木原智絵とのやり取りを思い出した。確かに、どこに住んでいるのか等色々な質問をされていた。
「みんな割と遠くなかったからよかったけど。来るのに半日以上とか、交通費も大変だと思ったからね」と八木原智絵は言った。
「じゃあ、ちょっと飲み物買ってくるから。待っててね」
そう言って八木原智絵は席を立った。
「あ……」
八木原智絵が店の一つに並んだのを確認した今川友衣はため息をついた。
「……緊張、しました……」
時計を確認する。午後2時を回ったばかりだった。
集合時刻は午後2時の約束だった。だが実の所八木原智絵は正午過ぎにはここにいた。
そして今川友衣も午後1時にはこのショッピングモ−ル内にいた。その時にも一応八木原智絵を視認していた。
ただ、本当に八木原智絵が自分が待ち合わせの相手なのか、不安で仕方がなく、声をかけられずに、一時間近くも時間を弄していたのだった。
昔から、臆病で弱虫で、そして泣いていた……気がする、と今川友衣は思い返す。
嫌な思い出の方が多く、思い出したくないのに、思い出さずにはいられなかった。
「…………」
今川友衣はため息をついて、スマートホンを取り出し、一つのサイトへと移動する。
『走馬灯』という名前が上部に見えた。
「…………」
今川友衣がこうして彼女——八木原智絵と出会うきっかけとなったサイト。
そこの一つの掲示板に書き込もうとした、ところだった。
「おい」
声をかけられた。はっと声をかけられた方を向くと、男が立っていた。
年齢は今川友衣たちとさほど変わらない、少年だった。
目つきが怖そうだと今川友衣は思った。
自分が通っていた学校の不良少年グループを思い浮かんだが、彼らと比べるとそこまで不良染みてないかも、とも思った。
「私……ですか?」
「……そうだが」
少年はぶっきらぼうに答える。
「ええと……」
異性とどう話せばいいのか分からず、今川友衣は内心恐怖でいっぱいになった。
逃げ出したいくらいに。八木原智絵に助けを求めたいくらいに。
「……トモエ」
少年の方から、少し恥ずかし気に口を開いた。
「……はい?」
「トモエって、ここで合ってるか?」
「…………あ」
漸く理解して今川友衣は小さく何度もうなずく。
「そうです。トモエです。トモエ……さん?」
「ええと……そうか」
少年は何かに気づいたようにポケットから手帳と、免許証を取り出して見せた。
少年の学生証と、二輪車運転免許証、それぞれに少年の顔写真と『双見巴』の名前があった。
「双見巴……これでいいのか?」
「あ……はい。私は今川友衣と言います……座って下さい」
座ったまま、自分の隣の席を示す今川友衣を見て、少年——双見巴はそのまま、今川友衣の隣の席に座った。
「…………」
「…………」
互いに自己紹介と言う名の身分証明証の見せあいを終え、何を話せばいいのか分からないまま、微妙な間が二人の間にあった。
「お待たせ……って、そっちの男子は?」
丁度よく、八木原智絵が戻ってきて今川友衣の方へ声をかける。
「あ……八木原さん。彼も“トモエさん”だそうです」
言われて双見巴は頭を下げた。
「私は八木原智絵。宜しくね」
「……双見巴だ」
「へえー、男子でトモエね。性別までは確認していなかったからね。メールのやり取りで口調が男っぽいって思っていたけど」
「……悪かったか?」
「まさか。だって自分と同じ名前の異性なんて本当に会えるなんて思わなくて。何か新鮮な感じ」
どこか嬉しそうに話す八木原智絵に対し、双見巴は何かもの言いたげな表情だった。
「はい。ドリンクは二人ともアイスコーヒーでよかったかな?」
双見巴の表情には気づかず、八木原智絵は二人の前にアイスコーヒーを置いた。
「わざわざ遠いところからありがとう。まあこれはほんの気持ちってことで」
そう言いながら八木原智絵はずっとほったらかしだったパフェを自分の元へと寄せた。アイスは半分以上溶けていたがお構いなしに八木原智絵は口へと運んでいく。
「……目印にしていたパフェ食べてよかったのか?」
双見巴がそう言ったが八木原智絵は「大丈夫だよ」と答えた。
「来るのはあと一人だし、その最後の”トモエさん”からも着いたってメールが入ったし。多分もうすぐじゃないかな?」
「もうすぐっていうより、もうここまで来たところよ」
と、一人の少女が今川友衣の後ろに立っていた。
背は低めというより背格好全体から“少女”という感じだったが、表情や雰囲気はどこか、四人の中ではやや大人びているようにみえた。
「私が最後だったみたいだね。待たせてごめんね?」
そう言いながら今川友衣の両肩を掴んだ。
「いやその……」
「それにしても、こうしてみると初対面だけど、同じ名前の者同士、何か運命みたいなものを感じない?」
嫌そうな今川友衣を無視しながら、更に寄りかかる少女。
「じゃあ貴女が?」
「そ。竜谷兎萌。竜の谷の兎に萌えるって書くの。宜しくね」
そう言って少女——竜谷兎萌は財布を取り出した。そしてカードを2枚テーブルの上に並べる。
「学生証と保険証あれば十分かな?」
「どちらか一枚でいいわよ」
「そ、じゃあこれで」
竜谷兎萌の手帳ではなく、カードのようなものを取り出した。竜谷兎萌の学生証で、きちんと顔写真まで載っている。
「私もみんなのを見たいわ」
3人も各各取り出して竜谷兎萌に渡した。
「保険証まではいらないよね?」
「いいわよ。何かこうしてみるとサラリーマンの名刺交換みたいだね」
一つ一つ眺めていく竜谷兎萌。そして満足した様に「ありがと」と言って3人に返した。
「みんな同い年なんだね。本当に、偶然とは思えないわ」
竜谷兎萌はどこか楽しんでいるような感じだった。
「まあずっと立ってるのもなんだし、竜谷さんも座ってよ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
そう言って竜谷兎萌は残った一席に座った。
少しの間、誰も喋らない、妙な雰囲気になったが——八木原智絵が口を開いた。
「じゃあ参加者全員集まったみたいだし……改めて、八木原智絵って言います。分かっての通り、この件の企画者です……最期の我が儘に付き合ってくれてありがとうございます」
そう言って八木原智絵は深く頭を下げた。
「まあ……」
「私の方こそ、誘ってもらえて本当によかったって思ってるよ」
「私も……ありがとうございます」
「……最期に、みんなと出会えてよかったなって、ここにいる全員が思えたらいいなと思っています。折角なんで……まずはみんなで最期にいい思い出を作っていきましょう」
そう言った八木原智絵の顔は、少し寂しそうにも見えた。
<トモエ、集合する・終>