複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.3 )
- 日時: 2020/05/05 23:39
- 名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)
トモエ、移動する
【走馬燈】というサイトがある。
”生死を彷徨う心中サイト”、”中途半端な奴らが集う自殺サイト”などと皮肉られている、所謂自殺サイトだ。
自殺サイトとは、死にたい者が共に死んでくれる同胞を探すために利用するためにある。
しかしながら、そこで集まった者同士で何かしら——例えば愚痴の零し合い、ストレスのぶつけ合い、共感、同情——が起きて、結果自殺までに至らなかったケースもある。
そして、この【走馬燈】を利用して集まった場合に『自殺至らなかったケース』が良く起こることで有名だった。
逆に死にたい思いを止めて欲しいが為に【走馬燈】で自殺オフを開くケースもあるという。
勿論、自殺サイトである以上、自殺することも大いにあるのだが。
その一方で自殺サイトとして、どんな条件でも一緒に死んでくれる人が現れるということでも知られていた。
他にも自殺オフとは別に傷心旅行をしてくれる相手を探したり、そのての旅行の写真や感想などを公開できるスペースも存在している。
故に”生死を彷徨う心中サイト”、”中途半端な奴らは集う自殺サイト”。
”生きたい”と”死にたい”を持つ奴らが集まってくるのが【走馬燈】だった。
+ + +
「このまま今日、死ぬ予定なの?」
ショッピングモールから出、竜谷兎萌はそう言った。
先頭にいた八木原智絵は振り向いて「いいえ」と返す。
「チャットでも言ったけど、最後に思い出づくりとしてちょっと旅行でもしようかなって」
「……心中旅行ってやつ?」
「できるだけ未練とかそういったのって残したくないしね。何か……思い出があった方がいいじゃん?」
「……これから死にに向かうのにね」
竜谷兎萌が小さく溜息を吐いた。
「どこに行くとか決まってんのか?」
双見巴が八木原智絵に訊ねた。
「んーまあ一応ね? で、一泊して明日に」
「……一泊?」
「一泊……」
怪訝そうに言う今川友衣と双見巴に対し八木原智絵は「うん」と頷くだけだった。
「逆に今日死にたいって人いるかしら?」
突然そんなことを言って竜谷兎萌が手を挙げた。
「……」
「……」
「……」
「……」
竜谷兎萌も含めた全員が黙って、
「ごめんなさい。今死ねるほどの勇気はないの」
と八木原智絵がきっぱりと言った。
「冗談よ」
「……まあいきなり集まって死ぬってのも、ね……」
「まあ会っていきなり心中じゃ集まる意味も無いしね」
と竜谷兎萌は一人頷いた。
「じゃあ行きましょ」
+ + +
電車に揺られながら竜谷兎萌は窓の外を眺めていた。これまでの移動も含めて疲れてしまったのか、他の三人は眠っていた。
同じような景色ばかりの外を見るのにも漸く飽きたのか、竜谷兎萌は眠っている三人を順に見つめる。
同じ名前で、なのに姿も性格も違う。双見巴に至っては性別から違う。それなのに、みんな死にたいと思い、こうして集まった。
「なんか悲しいわね」
小さく溜息を吐いて、そしてまた同じような外の景色に目を移した。
「ん……」
小さく声が漏れた。視線だけをやると今川友衣が起きたようだった。
「私の独り言が聞こえた?」
「……いえ。何も」
「そう……ならいいけど」
「…………?」
起きているのは今川友衣と竜谷兎萌だけ。しかも車両内には他に乗客はいなかった。
「今川さん?」
「はっ、はい?」
突然声をかけられ、今川友衣は変に声を出してしまった。
「人見知りするタイプ?」
「ええ……人と話すのは苦手です」
「移動中とか、けっこう周りに視線張ってたよね。なんか周りに恐怖を抱いているというか……恥ずかしがりやさん?」
「……弱気なのは間違いないですね……」
「それでよくオフ会に参加なんてできたわね……」
軽くそう口にしたが、対する今川友衣は下を向いてしまった。
「結構迷ってたんですが、チャットを見ている内に……勇気を出してみました」
勇気を出す方向を違っているんじゃないかな、と竜谷兎萌はふと思ったが口にはしなかった。
「生きていく辛さが……死への怖さに勝ったんです」
何処か悲しそうにそう言った今川友衣に竜谷兎萌はふと思った。
「そう言えば今川さん。手帳の写真だと眼帯してなかったけど……それは高校に入って?」
「……やっぱり気になりますか」
「キャラ付で眼帯つけてるのかなーって。最期死ぬときは外すのかなって」
「え……そんな」
「冗談よ……流石に不謹慎だったかな。ごめんね?」
「いえ…いいんですが……」
「理由があるなら、そのままでいいわ」
「はあ……」
「まあそれはおいといて……今川さんは、どうして死にたいって思ったの?」
「…………!!」
「参加者同士なら、気になって当然だと私は思ってるし、死ぬまでのこの旅行の中で、お互いに語り合うってのも悪くないかなって思うんだけど」
「私は…………竜谷さんは、理由を言いたくない、ですか?」
「私は別に話してもいい。先に話してもいいかな?」
「……どうぞ」
窓の外から、顔をちゃんと今川友衣の方へと向きを変え、竜谷兎萌は薄く笑った。
「改まって言うほどでもないけど……人生が、この先生きていくのが嫌になったから。私は死ぬことにした。それだけよ」
「……その、嫌になった、という理由は……」
「……退屈で、窮屈な、味気も魅力もない、そんな人生をただただ生きていけば、嫌になるには十分な理由じゃない?」
「そうですか……」
「どこか納得しない?」
「……死ぬ理由は人それぞれだと思います。それを否定するのは間違っているので……」
それは分かってるんだけどな、と竜谷兎萌は内心呟いた。
「でも納得できない、と」
「…………」
今川友衣は少し黙り、
「私の理由とは、全く違うので……そういった、主観から差異はあると思います」
「大人な理由ね……それじゃあ今川さんのを聞いてもいいかな?」
「……苛めです」
一言、今川友衣はそう言った。
苛め。その単語がここまで重く圧し掛かるのかと竜谷兎萌は思った。
「それより先は……聞かないでください」
「……そう。理由を言ってくれてありがとう」
「お礼を言われるまでの事でもありません……」
「…………」
嫌われたかな、と内心竜谷兎萌は思った。
「……弱気な私が勇気を振り絞って、やっとここまで来れたんです。ですので……その、笑わないでください……」
「私は人の死ぬ理由を笑ったりしないわ」
「竜谷さん……」
「その代わりと言っちゃなんだけどにこれから今川さんをからかってもいいかな?」
「ええ……」
「……意地悪が過ぎたようだったわ。冗談だよ?」
何処か満足したように、竜谷兎萌は意地悪く笑って見せた。
対して今川友衣も「い、いえ」と苦笑して返した。
+ + +
今川友衣は再度眠りにつき、また竜谷兎萌だけが起きている状態になってしまった。
竜谷兎萌はまた外や三人を見て、あるいは寝ている今川友衣にちょっかいをかけながら時間を潰していた。
「まだなのかしら……」
「もうすぐかな。結構長かったね」
今川友衣ではない声が聞こえた。
「……みんなぐっすり眠ってて、話し相手がいなくて退屈してたの。どの辺から起きてた?」
「実はさっき目が覚めて、寝たふりしてたんだけど……」
苦笑いを浮かべつつ、八木原智絵が竜谷兎萌をじっと見つめた。
「……見てた?」
「寝ている今川さんにちょっかい出しているのは感心しないわね」
「……二人は気付かないのかな?」
寝ている双見巴と今川友衣に目をやりながら竜谷兎萌は笑った。
「彼は最期をこんなハーレムで迎えられるなんて、幸せだと思わない?」
話をそらした竜谷兎萌に対し八木原智絵は小さく溜息を吐いて返した。
「理性とか持つのかしら」
「変なことばっかり言わないの。聞こえてたらどうするの?」
「彼はずっと、一度も起きなかったよ。聞いてないんじゃないのかな? 寝たふりもしてなさそうだし」
そう言って隣で寝ている双見巴の頬を突いた。
「私は気にしないけども? それとも同性だけだと思ってた?」
「それは確かにあったけど……」
「異性の彼が邪魔?」
「意地悪な質問ね。邪魔だとは思ってないよ。意外だった、以外の感想は無いわ」
「意外と女装しても違和感ないかな?」
「全く……」
「ねえ、八木原さん」
ぽつり、と竜谷兎萌が八木原智絵に聞いた。
「八木原さんはどうして死にたいなんて思ったの?」
先程、今川友衣にも投げかけた質問だった。対する八木原智絵は平静とした顔のままだった。
「私はさ、例えば苛められているから、借金を抱えているから、失恋したから……そういった理由じゃないのよ」
何処か自虐的に、竜谷兎萌が先に言った。
「……それは、何となく予想できたわ」
「そう? まあいいけど……あの掲示板を利用して、色んな人の死にたい理由とか、そういった気持を見てて……それで自分の死にたい理由を比較しちゃうんだよね。生きたくないから死ぬ、っていう私の理由と」
さっきも今川さんと話してたけど、と付け加えて竜谷兎萌は窓の方へと視線を移した。
「私の死にたい理由は……他の人のと比べて下らないわ。ちょっと申し訳ないって思う」
「死にたい理由に劣等感を抱いているってこと?」
「そう。でも、私にとってそれは深刻な理由よ」
「私は……」
八木原智絵は少し考えて、
「私は、両親が死んだから、私も死ぬことにした。でもそれは別の人からすればそれは違うって思うかもしれない……というか実際に説教されたよ。両親はそんなこと望んでいないって」
八木原智絵は強く、自分にも言い聞かせるように言った。
「その人からすればそうかもしれないけど、私からすれば、死にたいって方が強く思っちゃう。竜谷さんはどう? 私は死ぬべき? 生きるべき?」
「……八木原さんのしたい方で、と」
「そしてそれは、竜谷さんにもあてはまることだよ」
「…………」
「人それぞれ、死にたい理由があるってさっき言ってたじゃん。それが、自分の納得できるかどうかが肝心なんだと思うよ」
「…………」
竜谷兎萌は嘆息して、
「そうね……ありがと。おかげで少し蟠りが消えたと思う」
「それはよかった。私も、竜谷さんの死にたい理由が聞けて良かったよ」
そう言って八木原智絵は微笑んだ。
+ + +
八木原智絵はそれまでは普通の家庭で生まれ、普通の家庭で育った。
“智絵”の名は両親がつけてくれた名前だった。だから自分の名前が好きだったし、両親の事も好きだった。
だからこそ、一度に両親を失ったことの衝撃は大きかった。自分で死ぬことを躊躇わないほどに。
そんな折に【走馬燈】の存在を知った。
『どんな条件を出しても一緒に死んでくれる人が現れる』——そんな噂を耳にして。
——自分の名前が好きだから、同じ名前の人と一緒に死ねたらいい。
そんな思いで書き込み、募った。
その結果集まったのが竜谷兎萌であり、双見巴であり、今川友衣であった。
一緒に死んでくれる仲間が集まったことに八木原智絵は安堵し、確かに嬉しかった。
けれども一方で、死ぬことへの恐怖は勿論あったし、そして自分と同じ名前の人がこれだけ傷つき死にたいと思っているのかと考えると悲しくもあった。
<トモエ、移動する・終>
当然ですが【走馬燈】なんて自殺サイトは存在しません。フィクションです。
死にたいと言っても大まかに2パターンに分かれると思います。ポジティブとネガティブ。ポジティブに死にたいっいて意味わかんないですが、ざっくりいうと
←生—————+—————死→
みたいな線(真ん中が原点)があったとして、
ポジティブに死にたいっていうのはプラスより右の方で死の方に矢印が向いている状態、
ネガティブに死にたいっていうのはプラスより左の方で死の方に矢印が向いている状態、といった感じ。だと思います。要は“生”から離れていくってこと。