複雑・ファジー小説

Re: トモエ ( No.4 )
日時: 2020/05/06 15:06
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)

トモエ、思い出に残す


「ここで何をするのかしら?」

竜谷兎萌が八木原智絵に向けて言った。
移動を終えた四人は周囲を見渡した。
辺りはもう暗くなっていて、駅を出る人々の中にはスーツを着ている者も少なくない。
町といっても都会と言う街並みではなく、看板などを見ても聞いたこともない町の名前。
「何かで有名なの?」
「そういうのは聞いたことないけど……」
「まさか自分の思い出の地? それとも生まれ故郷?」
竜谷兎萌が更に問いかける。
「私の今までの思い出の中に、残っているのよ」
「……思い出作り、ね」
そう言って竜谷兎萌はため息を吐いた。
「で、どっちの方向へ行くんだ?」
「案内するから、ついてきて。結構歩くし」
「ここから……?」
近くにあった町全体の略図に目をやる。近くには海、自然公園、公共施設などは一応ある様だったが、八木原智絵がこの中のどこへ行くのか、三人には分からなかった。
「……付いていける?」
竜谷兎萌は傍にいた双見巴に訊ねた。
「ん……まあどこでも、多分大丈夫だろ」
「どこでも文句は言わない、と」
「文句は……そりゃ言わないだろう。こっちは行く宛はないし」
「そう……」
不安を抱えているのは自分だけなのか、と竜谷兎萌は思った。
「思い出に残ればいいんじゃないのか?」
「……それもそうね」
今川友衣は既に八木原智絵に付いて行ってた。

   +  +  +

いつの間にか暗い砂利道を歩いていた。
木々に覆われていて、所々に街灯はあるが数は少なく、心許ない。
「この道で合ってますか……?」
今川友衣は先頭を行く八木原智絵に訊ねるが「道になってるし、大丈夫よ」と返す。
「環境はお世辞にもいいとは言えないわね……」
竜谷兎萌は小声で呟いた。
ふと目を逸らすと海が見えた。遠くの方には灯台も確認できる。
「……この山の頂上に、一体何があるのかしら」
山に登っている、というのは分かっていた。
しかし駅で看板を見た際、山に何かあるという案内はなかった。この規模の山に、何か建物があるとも考えられなかった。
「海も見えるし……この先はどうなっているんだろ?」
最後尾を歩く竜谷兎萌は少し先前にいる双見巴に「ねえ」と声をかけた。
「私たちはどこに向かっていると思う?」
「……ここの頂上、という答え以外でか?」
「こんな山に隠れ宿みたいなのはないと思うし、有名なスポットならもう少し案内があるはずよ」
看板も数少ないが見られたがあくまで展望台までの案内だった。何かを観光として売りにしているのならもう少し何かあってもいいはずだと竜谷兎萌は思った。
「肝試しスポットとか?」
「……物騒ね。冗談は止して」
逃げ場もないし助けも呼べない、そんな山で思い出作りに肝試し。想像するだけで身震いしてしまう。
「怖いのは嫌いだったか?」
「考えるだけで物騒だわ。初対面の女子に意地悪ね?」
「……それは悪かったな」
「他に考えるとするなら……例えば展望台だったとして、肝試し意外に何をするの?」
「さあ……」
双見巴は考えたが、それより先に竜谷兎萌が口を開いた。
「例えば……本当は今日死ぬつもりだったら?」
「ん……?」
「八木原さんは明日死ぬと言っていた。けどそれは嘘で、実は今日、これから死ぬの。どうやって? 答えは……展望台からの飛び降りね」
「……たちが悪いな。冗談だとしても」
「……冗談よ。流石にそこまで非道ではないでしょ、八木原さん」
窘められて一蹴されてしまったので竜谷兎萌は心の中で反省した。

「じゃあ話題を変えましょう。どうして死のうと思ったの?」

双見巴の歩みが止まった。
「…………」
双見巴は答えない、竜谷兎萌は構わずに言う。
「私は生きていくのが退屈だったから……それが嫌で、こうして死ぬ為に参加しているわ……それって下らないと思う?」
「……下らなくはないと思う。それは何となくわかる」
「へえ」
「俺も、どちらかと言うと厭世観から自殺を決めた方だからな」
双見巴は今川友衣や八木原智絵とは違う——寧ろ自殺の理由は自分側だった。
そのことに、竜谷兎萌はどこか安堵した。
「死ぬ理由には十分だと思うな。価値を見出せない人生を送っているなら……別に死んだっていいだろう?」
「……そうね」
「俺は誰にも文句は言われないし。誰も気にかけないだろうからな」
「誰も?」
ふと、その一言が気になった。
「記憶に残っているのは全部施設での生活と、学校での生活だ。親の記憶はないし、悲しむ親なんていない」
「…………」
予想外の言葉に竜谷兎萌は返事に窮した。
「なんか……変なこと言わせたりしてごめんね?」
「自分から言ったことだ。逆に謝られると複雑な気分になるからやめてくれ」
「でも……良かった」
「何が?」
「厭世観からの自殺請願者が私以外にもいて。そうじゃなかったらコンプレックスで逃げちゃいそうな感じだったし……なんてね」
そういって竜谷兎萌は笑って見せた。双見巴は「……早くしないとおいて行かれるぞ」と言って竜谷兎萌の先を歩きだした。
「男子なんだから、きちっと女の子をリードしてよね」
意地悪く、竜谷兎萌はそう呟いた。

   +  +  +

竜谷兎萌と双見巴も八木原智絵たちと合流し、山頂へと進んでいった。
夜空を覆う木々の量は減っていき、綺麗な星が見えてきた。
「大分歩いたわね……今日はこの山頂で野宿でもするの?」
「ええ!?」
冗談で言ったつもりの竜谷兎萌だったが、今川友衣は驚いたように叫んだ。
「そんなことはしないから、安心して」
「今川さん揶揄い甲斐があって面白いわ」
「ほらそこ。あんまりいじらないの」
「いじってるんじゃなくって、いじめてるのよ」
笑いながら言う竜谷兎萌に対し、今川友衣は困ったように苦笑いした。
ふふっと竜谷兎萌は笑って返した。
「……着いたよ。ここが山頂」
八木原智絵がそう言った。
ようやく山頂へと着いたようだった。

「やっと着いたのね」
「……ここが」
「わあ……」

上に広がるのは一面の星空。春の星々が輝いて見えた。
下方に見えるのは街の灯り。その様々な建物の灯りは星空とは違った輝きが広がっていた。
その一方で、視界を変えて広がって見えるのは——真っ黒な世界。海と空の境界だけ見える闇の世界だった。
「星空、綺麗……」
今川友衣が上を見上げて呟く。
「あの街の灯りに、私たちはいたのね」
自虐的に竜谷兎萌が言って笑った。
「…………」
双見巴は昏い海と空の向こうを見て黄昏ていた。
だがその表情は、魅了されているようにも見える。
各々が惹かれる景色が、そこには広がっていた。
「成程……いいじゃない」
「ああ……」
「見る場所を変えればまた違う景色を見られるよ。色んな景色が、ここにはあるから」
それを聞いた双見巴は「そっちも行ってみる」と移動した。今川友衣もそれに付いていくように。
「星空を眺めたいってリクエストがあってね。折角だから、私が来たことのある、この場所をチョイスしてみたの。何回か家族で来ててね」
「へえ……悪くないわ。私は、こういうの好きよ」
リクエストをしたのは双見巴か今川友衣か。
星空を眺めてみたいとは今川友衣が言いそうだなと竜谷兎萌は思った。
「因みに別のルートを辿ると夏には蛍が出る場所もあるんだよね」
「何それ。そっちも気になるじゃないの」
「周辺の花火大会もここからの眺めは格別だったわ」
「夏にまたここに案内しなさい。是非に」
「……最期の眺めだなんて、惜しくなるわ」
言いながら、少しだけ涙ぐんできた八木原智絵。
「……やっぱり、さ」
「…………」
「死のうって決めてからも、生きたいなあって大きく心が揺らぐことがあるの」
「…………」
「今もそう。なんで死のうって思ったんだろうって」
「……怖い?」
「怖いし……すごく嫌な気持ちよ」
「ただ当然の如く生きているから、かしら。死が怖いのって」
八木原智絵はその場にしゃがみこんだ。少し体が震えている。
「…………」
何かを呟いているようだったが、竜谷兎萌には聞こえなかった。
そして、切り替わったかのように、八木原智絵は立ち上がった。
「じゃ、夜も大分過ぎた頃だし、降りるわよ。長く居すぎると風邪ひいちゃうし」
そう言った八木原智絵は足早に双見巴たちが向かった方へと歩き出した。


<トモエ、思い出に残す・終>


最期の思い出作りとして、こういうのは恐らく理に適っていると思います。
死ぬ前に思い出作りでもしませんか、って時点で矛盾してるとも思いますが。
どこか寂しさを感じているから共通の何かを求めるんじゃないのでしょうか。
だから知らない人相手でも共通の何かがあればそこに安らぎや満足感が芽生えると、思います。