複雑・ファジー小説

Re: トモエ ( No.5 )
日時: 2018/06/02 01:41
名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: ZqHgmXF/)

トモエ、一泊する



「死ぬ直前まで、人は記憶することが可能だと私は思うの」

山を下りた四人はファミリーレストランで食事をとることにした。
八木原智絵の前には最初に集まった時と同じようにアイスの乗ったパフェが置かれている。
「死ぬ直前まで思い出作りは出来るってこと?」
「まあそんなところかな……てなわけで、まだやりたいこととかあったら言って頂戴。残りの人生限られているんだし」
そう言って八木原智絵はパフェを口にした。
「……好きなんですね」
今川友衣が八木原智絵を見て呟いた。
「集まるときもデザート置いて目印にしていたな」
「アイスが溶け出している状態のが食べ易くて好きかな?」
「……食前にデザートって普通なの?」
竜谷兎萌の前に料理が置かれた。
「……いや。私だけ、かな」
「突っ込むだけ野暮かしらね」
「それにしてもホントにいいの? お金全員分出すって」
食事をとる段階で竜谷兎萌が「全員分出せるから、ここは私に出させて」と言い出したのだった。
「いいのよ。最後くらい出し惜しみなく使ってもいいじゃない? こう見えても学生の割には結構あるし」
「でも……」
「宿泊代も出してもいいわよ。泊まるのよ? 十分なお金持ってるの?」
「そこまで言われると……」
「双見君は男でしょ? 男なら女子全員分出すのは当然って気ぐらいないとダメよ? 大丈夫なの?」
「無理だ」
あっさりと双見巴は答えた。
「決まりね。パーッとお金を使ってみたかったのよ」
竜谷兎萌は八木原智絵を見て不敵に笑った。
「じゃあ……ここは、お言葉に甘えて」
「宿泊も任せなさい。女子会でよくあることだし。まあ折角だし双見君には手伝ってもらうけど」
漸くみんなの料理が並べられてきた。パフェを食べ終えた八木原智絵の前にも。
「漸くそろったね……それじゃあ、この日を最後まで忘れずに?」

乾杯。

四人はグラスを合わせた。

   +  +  +

食事を終えた4人は泊まるホテルを探すことにした。
とはいっても竜谷兎萌が主に行動したおかげで難なく見つけることが出来たし、支払いも無事に済んだみたいだった。

「…………」
「…………」
「…………」

借りたのが一部屋の時点で一言申せばよかったかもしれないが、部屋代を全部竜谷兎萌が出している以上、八木原智絵は言い出すことは出来なかった。
4人一部屋。部屋の中には一つのベッド。
ホテルの外観から悟ればよかった。今川友衣はそう後悔した。
「これって、ラ——」
「カップルズホテル」
今川友衣の独り言に竜谷兎萌が間髪入れず訂正する。
「ラ——」
「カップルズホテル」
「…………」
「カップルズホテルよ。ラブホテルなんて、いやーらしいわ」
小馬鹿にしたように言う竜谷兎萌に対し八木原智絵は溜息を吐いた。
「友達とこうして使っていたわ」
「それって……男子も交えて?」
「いいえ。いつも女の子だけよ」
八木原智絵も使用するのは初めてだったがそれ以上に今川友衣が緊張していた。
「ホテル……ホテル……」と小言で呟いている。
対する双見巴を見遣ると、こちらはどこか諦めたような思いつめたような表情をしていた。

「じゃあ寝ましょ?」

「えっ」
皆を他所に竜谷兎萌は平然とベッドへと向かった。
「竜谷さん、これは……」
「これは流石にまずいと思うぞ……」
「折角一泊するっていうんだし、4人で同じ部屋で泊まるってのも趣があっていいんじゃない?」
「それはそうかもしれないけど……」
竜谷兎萌は明らかに皆の反応を楽しんでいるようだった。
「…………そうね。恥ずかしいとは思うけど——双見君、今川さん。いいわよね?」
観念したように八木原智絵はそう言って二人に訊ねた。
「まあ調度寝られるソファーがあるんだ。俺はそこで寝る。それでいいか?」
「…………はい」
今川友衣も双見巴も提案に頷く。
「やっぱり恥ずかしい? 異性に寝顔や肌を見せるのは」
「……そういう竜谷さんは、恥ずかしくないの?」
八木原智絵の問いに竜谷兎萌はうーんと頷き、
「恥じらいの気持ちもあるけど断固拒否って訳じゃないよ」と笑って言った。

「そういえば私は寝るときは下着派なんだけど」

「…………」
「…………」
双見巴と今川友衣の表情が固まる。
「竜谷さん」
「双見君。先にシャワー、浴びていいかしら?」
八木原智絵の視線にどこ吹く風と、竜谷兎萌は話題を変えた。
「……別に構わないが」
双見巴は視線を逸らしながら答える。
「そう。じゃあお言葉に甘えて」
そう言いながら竜谷兎萌は服に手をかけつつバスルームへと移動した。
細く、白いお腹の肌が少しだけ露わになった。
「——流石に見ちゃダメ!」
八木原智絵が言うや否や慌てた様に双見巴を部屋から追い出した。
双見巴は驚きつつもそれに流されるように部屋を出る。
「一時間ぐらいで大丈夫かしらー?」
「全くもう……」
八木原智絵は双見巴が出た扉を出て、溜息を吐いた。
何故か今川友衣が両目を覆っていて「もういいですか……?」と小声で呟いた。

   +  +  +

双見巴は外で時間を潰していた。
始めはホテルの周辺を歩き回っていたが次第に飽きてきて、程なくして部屋の前まで戻っていた。

その間、ふと自分の人生を振り返っていた。
施設での生活。学校での生活。
生まれてこの方”親”という存在を知らず生きてきた。
周りとは明らかに足りないモノがあった。
自分の生活に疑問を抱き、そして劣等感を抱くようになったのは何時からだったか。
どちらに於いても、どこか満たされないと感じることがあった。
親子で歩いている光景を見ると心が重く感じることがあった。そしてそんな自分も好きじゃなかった。
そういったこと全てが、命を絶とうとしている自分を作っているのだろう、と双見巴は思った。
竜谷兎萌との会話を思い出す。竜谷兎萌は『生きていくのが嫌になった』から自殺すると、自分と同じベクトルの理由だと。
だが、根底は違う。竜谷兎萌のそれは『退屈』だが、自分のそれは『孤独』だ。

自分は死んでも、誰にも迷惑にはならない。
自分の死が、誰かの邪魔にはならない。
——彼女は、竜谷兎萌はどうなんだろうか。退屈が嫌で死んだとしたら、彼女の周りの人たちはどう思うのか。
そして八木原智絵や今川友衣は。

「…………」

溜息を吐き、双見巴は考えるのを辞めた。自分が死んだら周りはどう思うか、なんて考えていいものではない。第一、それを考えた上で自殺を選択したんだから。
「そうだよな……」
いつの間にか泊まる部屋の前まで戻っていた。
入り口には今川友衣が床に座っていた。
髪の毛は若干湿っていたから、既にシャワーは浴びたのだろう。
双見巴に気づいた今川友衣は座ったまま会釈をした。
「今八木原さんがシャワーを浴びています……もう少しかかりますね」
「そうか……」
「…………」
「…………」
互いに喋らず、沈黙が二人を囲んだ。
「……最初の、みなさんが集まるときもこんな感じでしたよね」
今川友衣の方から口を開いた。
「最初、人違いかと思いました……女子しか集まらないと思っていたんで」
「……女っぽい名前で悪かったな」
つい、不機嫌そうに双見巴は答えた。
「い、いえ……そんな……あの、すいません」
「そんなこと、俺自身が一番分かっている。実際何度か揶揄われたし、喧嘩もした」
見たことも無い親に勝手に付けられ、女っぽいと揶揄われ、そして度々喧嘩したりと、双見巴は自身の名が好きではなかった。
寧ろ恥ずかしさや、嫌いな節さえある。
そんな思いが語気に入っていたのか、今川友衣は「ごめんなさい」と小さく言った。
「……一つ、聞いてもいいでしょうか?」
「ん?」

「どうして、参加しようと思ったんですか?」

「…………」
「……私、苛めが理由で死のうと思ったんです」
いきなりの今川友衣の発言に双見巴は少しだけ驚いた。
「でも、死のうと思っても、怖くって、死ねなかったんです……」
「……まあ、そうだよな」
自分で勝手に死ねるなら、どれだけ気楽か。
「そんな時、たまたま八木原さんの書き込みを見つけて、ここにしようって思ったんです……私の事を知らないけど私と同じ名前の人たちなら、拒絶されないって、苛めとかひどい目に合わないと思って……」
自然と今川友衣の眼から涙が流れていた。
あー、と双見巴は何処か恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……恥ずかしいところを、わざわざすいませんでした」
「……さっき俺も自殺する理由を竜谷と語ったが、そういったのを吐き出すのも悪くはないと思う」
「竜谷さんと……私も電車の中で話しました」
「そうか……」
双見巴は深呼吸をし、自分も参加した理由を話すことにした。
「俺の場合なんていうんだろうな……根底にあるのは自暴自棄、だな」
「……自暴自棄?」
不思議そうに今川友衣は返事をした。
「さっきアンタが言ったように女子しか集まらない、っていうのは八木原自身思っていたと思う。メールでやり取りはしたが、まさか男だとは思ってなかったみたいだったし」
実際集まった時も、不思議そうな顔をしていた。実際同じ名前の異性と会う機会は滅多に無いだろう。
「俺も、自分らしくないと思っている、というか自分の名前に誇りなんて持ってないし、どっちかって言いと嫌いな方だ」
自身の名前に対して、八木原智絵とは真逆。
にも拘らず、双見巴は参加した。
「死のうと思ってから、偶然あの掲示板を見つけて、アイツの書き込みを見つけた……なんだって自分の名前にここまで好感が、誇りがあるのか興味が湧いてきたんだ。だから……最期くらいいいだろ、と思ったんだ」
「そうだったんですね……」
「……最後の最後まで自分勝手だと思うがな」
「私は、それは自分勝手だなんて思いません」
苦笑する双見巴に、けれども今川友衣は至って真面目に返した。
「形はどんなのでも、こうして一歩進むことが出来たんじゃないですか」
「進む方向が間違っている気がするがな……だから自暴自棄、なんだろ」
「いえ……勇気ある行動だと思いますよ?」
「勇気ねえ」
「辛いことから、少しでも逃げられるように、そこから離れるために、進んだんだと」
今川友衣は自分にこそ言い聞かせるように、納得していった。
双見巴も「最期だからか……」とどこか納得したようだった。
「やっと、辛い日々から逃げられるんです。何もかも、お別れなんです」
「……そうだな」
その時、ドアが開き八木原智絵が出てきた。
「そこで待ってたんだ。漸く女子皆シャワー使い終わったよ」
「ああ、分かった」
「いよいよ、明日なんですね」
「……そうね」
「私も、明日に備えてお先に失礼します」
そう言ってベッドに向った今川友衣の表情は何処か曇っていた。


<トモエ、一泊する・終>


自分の名前に自信がないからハンドルネームを使う……は別ですね。
まあ同じ名前でも、尚且つ同じ漢字だったとしても環境とかが違えば違う人間違う人生。そんなの当然ですよねー。
ところで自分の名前とは基本的に自分では決められない部分なので、故に自分の名前への葛藤というのが存在するのでしょう。
では大抵は自分で決める自分のハンドルネーム。これには自信がありますか?
自分のハンドルネームへの葛藤はありますか?

しかし文章の間隔がイマイチつかめない。
……読みにくい?