複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.6 )
- 日時: 2020/05/06 16:40
- 名前: 暁烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)
トモエ、夜を明かす
何故夢を見るようになったのか。
苛められて、眼に傷を負い、そして”死のうと思った時”から、今川友衣は夢を見るようになった。
夢。否——悪夢。
毎回毎回同じ内容、そして同じ場面で必ず目が覚める。
夢は——思い出したくもない、目を失う日から始まる。
今川友衣は床に押し付けられていた。苛めの中ではいつものことだった。
必死に抵抗をするが、起き上がれないでいた。逆に手を思い切り踏まれる。
——イヤだ。
今日は何をされるのか、考えただけで背筋が凍る、お腹が痛くなる。
視線を上げると、ニヤニヤした顔が数個、自分を見下ろしていた。
『何見てんだよ』
脇腹を蹴られた。痛みと苦しみが襲うが、抑えつけられているのでどうする事も出来ない。
『今日はどうするよ』
誰かがそんなことを言って、髪の毛を掴み上げた。
——イヤだ。
『んー、ボールみたく蹴る? 歯飛ぶとこもみてみたいな』
『面白そうじゃん。やってみようよ』
『決めたれエースキッカー』
面白半分に、そんなやり取りが今川友衣の頭上でされていた。
——やめて。
少し離れたところに誰かが立つ。抗おうとするが逆に抑える力が強くなった。
『抑えてる私を蹴るなよー?』
『するわけないじゃん』
『じゃあ、やっちゃえ——』
足が、近づいてくる。手も、足も、動かすことはできない。
——やめて!
必死に抵抗して、そして——左目に激痛がはしった。
力の限り暴れ、抑えを解いた。
息が出来なくなるほど、喉が潰れるほどに悲鳴を上げる。
分からない。分かりたくない。
自分が今どんな状態になっているのかを。
熱い。見えない。左目が開かない。
そして時間がすぎるにつれ呼吸が段々と落ち着いてくるにつれ——右眼で周囲を見渡す。
何もない。
苛めっ子も。教室も。外の景色も無い空間。
漸く、夢の中だと思い知らされる。
同じ夢を見て、同じ場面で目が覚める。分かっていても夢はその場面まで終わらない。
何故夢を見るようになったのか。
苛められて、眼に傷を負い、そして”死のうと思った時”から、今川友衣は夢を見るようになった。
何もない空間、今川友衣の前に——今川友衣の姿が現れる。
一糸纏わず——体中に傷痕がある、今川友衣。
その眼前の今川友衣は、何かを悟ったような表情をして、今川友衣の肩に手を置く。
そして耳元で囁く。目が覚める直前の、最後の言葉。
『死んじゃおうよ』
+ + +
「!!!!」
今川友衣は目が覚めた。
恐る恐る、目に手を当てる。左目は熱を持っていたし、右目からは涙が出ていた。
「また……あの夢ですか」
体からは嫌な汗が流れていた。
「本当に嫌なのに……もう死ぬんですから、最後くらい嫌な夢を見せないでくださいよ……!」
自分自身に対する怒りと悲しみ。けれどもどうすることもできず、今川友衣は少しずつ呼吸を整えていく。
時刻は夜中の3時に差し掛かろうとしていた。同じベッドには八木原智絵と竜谷兎萌が眠っていた。そして離れたところにあるソファーには双見巴が寝ている。起きる気配は無いように見えた。
「……シャワーを浴びますか」
静かにベッドから移動する。バスルームのドアを開け、正面の鏡に目をやる。
小さく、疲れたような笑みを浮かべて見せた。
「…………」
表情を元に戻す。
死のうと思ってからこの夢を幾度となく見続けてきた。けれども、何故そんな夢を見るのかは今川友衣自身にも分からなかった。
死にたいと思っているからなのか。
それともどこかで思いとどまっているからなのか。
それとも——あれが死そのものなのか。
「どうせ、死ぬんです」
死ねば解放されるだろう。そう思い、今川友衣は考えるのをやめた。
再びシャワーを浴びるために、今川友衣は服に手をかけた。
そこから露わになったのは——傷だらけの体だった。
+ + +
「ん……」
八木原智絵は夜中に目が覚めた。
「トイレ……」
半ば寝ぼけた状態で、バスルームへと向かう。そしてそのままドアを開けた。
脱衣所には上半身裸の、体中傷痕がついている今川友衣がいた。
「…………!!」
「え——」
「で、出でってくださいいいいいいいいいいい!!」
力いっぱい押し出された八木原智絵は、漸く目が覚めた。
「い、今川さん……」
「ほっといてください!!」
大きな声で叫ぶ。夜だという事などお構いなしに。
傷だらけの体を見られてしまったのだ。無理もなかった。
「ううぅ……」
今川友衣は自然と涙が流れだした。
「いやだ……嫌ですよ……もうこんなの」
「今川さん……」
迂闊だったと八木原智絵は思った。
「私の不注意でこんなことになって、ごめんなさい」
だがそれ以上に、今の今川友衣を宥め、落ち着かせないといけないと八木原智絵は思った。ドアを挟んだ向こうで、今川友衣の泣く声が聞こえる。
「今私たちといる今川さんが、今川さんよ。どんな過去があっても……それでも、私たちは最後まで一緒だから」
一緒に死のうと集まったから、最後まで一緒にいたいから。
「今川さん……」
「…………」
暫くして鳴き声が止み、今川友衣がバスルームから出てきた。服を着た状態で。
「……ご迷惑をおかけしました」
「……私は大丈夫よ」
そう言って八木原智絵は寝ている二人に目をやる。双見巴も竜谷兎萌も、起きる様子はなかった。
「大声まで出して、ごめんなさい」
今川友衣がそう言って頭を下げた。
「いいわよ、そんな……それよりも、落ち着いた?」
「……少しだけ、お話ししてもいいですか?」
「ええ」
二人はベッドの脇にある椅子へと移動した。
「……八木原さんには」
椅子に腰かけた八木原智絵に対し、今川友衣が立ったまま、
「——言ってなかったですよね。私が自殺する理由」
そう言って、今度は自分から服を脱ぎだした。
突然の事に八木原智絵は驚いたが、構わず今川友衣は眼帯も外した。
「……これが私の、死ぬ理由です」
傷だらけの体。失われた左眼。今川友衣は必死に笑顔を作っていたのが八木原智絵には余計に堪えた。
「……お願い。全部つけて頂戴。見るのが辛いわ」
すいません、と今川友衣は慌てたように服を着て、眼帯と眼鏡をかけた。
「ずっと我慢して生きてきたんですけど……もうダメになっちゃいました。段々心が削られていって、今はもう、無い状態、とでも言うんでしょうか」
そう言って今川友衣は自分の胸に手を当てた。
今川友衣は語りだした。
苛められていたこと。苛めが原因で左眼を失ったこと。
それがきっかけで自殺を決めた事。
そしてそれから夢を見るようになったこと。
一通り話した後で、今川友衣は深呼吸をした。
「なんか……ごめんなさい。一方的に話を聞かせるような形で——」
申し訳なさそうに、悲しそうに呟く今川友衣に——八木原智絵はそのまま今川友衣の体を抱きしめてた。泣いていた。
「……どうしたんですか?」
「分からない……」
どうして泣いているのか、どうして抱き着いたのか、八木原智絵自身分からなかった。
「分からないけど……こうするのが今一番じゃないかなって、思って、さ……」
「あ……」
そう言って今川友衣も静かに泣きながら、抱き返した。
「ありがとう、ございます……」
この人と、この人たちと最期を迎えることができて良かったと、今川友衣は心の中で思った。
<トモエ、夜を明かす>
一月ぶりの投稿でした。
ストーリー的にも折り返しです。
最後まで頑張りたいです。継続って難しいんですね。