複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.7 )
- 日時: 2020/05/06 21:11
- 名前: 暁月烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: HrJoNZqu)
- 参照: 名前変えました
トモエ、死地を探す
「…………」
むくり、と竜谷兎萌が起きた。
「んー……と……」
一つのベッドで共に寝ていた八木原智絵と今川友衣に目をやる。二人ともまだ眠っていた。
「私が一番早起きだったのかしら」
ふと、部屋全体を見回して、そこで気付いた。
「あら……」
ソファで寝ると言い、そしてそこで寝ていたハズの双見巴が、いなかった。
「…………」
シャワーでも浴びているのかと思ったが音はしない。
何処かに隠れている様子でもなかった。
「八木原さん、起きて」
隣で寝ている八木原智絵の体を揺すり、無理やり起こす。
「……お早う。竜谷さん……早いのね」
最も、八木原智絵と今川友衣は夜遅くまでお話していたからというのもあったが。
「そんなことはどうでもいいわ……彼がいないの」
「え……!?」
事態を急速に理解したのか、八木原智絵はベッドから飛び上がった。
「なんで……」
「死ぬのが怖くなって逃げたか、生きたいと思ってこの場から離れたか……それ以外に理由は?」
「でも…………そんな」
「何れにしても……ここから逃げた、というのなら。貴女はどうする? 追いかける? 放っておく?」
八木原智絵は返事ができなかった。彼女の心の内には様々な感情が込み上げてきた。
何故、本当に逃げたのか。どうして。理由は。男女の違いか。個人の違いか。
そもそも、他人を誘う事から間違っていたのか。最初から全て事が予定通りに進むとは思わなかったが、いざ目の当たりにすると耐えられない感情が湧いてきていた。
自棄になり泣きそうな感じになりたくなる——そう思ったとき、ドアが開かれた。
「起きたのか」
ドアを開けて双見巴が室内へと入ってくる。
「え…………?」
「なんだ。どうかしたのか」
「怖気づいて逃げたのかと思った」
竜谷兎萌が揶揄いながら小さく笑う。
「今まで朝は早く起きて散歩かランニングが日課でな……浜辺の方まで」
「なんだ。つまんない」
「つまんないって言われてもな」
「男なのに逃げたとかの方が面白いじゃない?」
「……面白くなくて悪かったな」
「意地悪でごめんね」
「……一応——」
言い終える前に、双見巴の眼前、限りなく近い距離にまで八木原智絵は近づいてきていた。
怒っているようにも見える八木原智絵の表情を目の前に、双見巴は一息ついて、再度口を開く。
「……一応、メールで一方は入れたんだが……まずかったか」
「……本当に逃げたのかと思って」
「それは……悪かったな」
「でもよかったわ。戻ってきてくれて」
そう言って八木原智絵はソファへと深く座り込んだ。大きく深呼吸をする。
「もうしばらくしたら、移動しましょ。死ぬ場所を探しに」
+ + +
心中方法は飛び降り、という事は最初の時点で決めていたことだった。
そこで次に決めないといけないのが”舞台”である。
第三者に見つかりにくい事、侵入のし易さ、飛び降りる高さなど、さまざまな条件が求められる。
そして条件を満たす、最期に相応しい舞台を探すのは容易ではなかった。
こうして集まった以上、何処でもいいとは思えない——八木原智絵はそう思っていあた。
故にいまだに”舞台”は整っていなかった。
「で……この街で舞台を探すの?」
竜谷兎萌が訊ねた。
移動して昨日とは違った街に着いた一行は、辺りを見渡す。
「いきなりで知らない町で、そんな簡単に見つかるのかしら……」
自分で言うのも何だが、八木原智絵は不安だった。
「自分で言うのそれ?」と案の定竜谷兎萌に突っ込まれる。
「実際に内部まで見て、判断するのがいいと思ったんだけど」
「本来だったら事前に現地に行って、決めておくべきなんじゃないの? 態々来たことも無い所で、っていう方がどうかしてるわ」
「う……」
八木原智絵は何も言い返せないでいた。
「その辺にしておけ。確かに見つかるのもイヤだろうし。いつどんなタイミングで誰かに会うなんて分からんだろ」
「それは……そうね。とりあえず片っ端から入って探しましょう。まずは……あそこなんてどうかしら?」
双見巴に窘められた竜谷兎萌が先頭に立ち、観覧車が見える方へ進んでいく。
「……なんだか申し訳ないわ」
八木原智絵はため息交じりに呟いた。
「観覧車……?」
しかし一方で双見巴は違う事に疑問を抱いていた。
「アイツ、観覧車の方へ行ってるぞ。あっちに建物なんてあるのか?」
八木原智絵も、竜谷兎萌が向かう方向に何があるのかは分からず、「さ、さあ」と首を傾げるしかなかった。
「あっちにショッピングモ−ルがあって、その中に設置されているみたいですね……」
今川友衣がスマートフォンで辺り一帯を調べた。
「ただ遊びたいだけとかじゃないよな……?」
「ま、まあ、まずは近場から、だと思いますよ……?」
今川友衣は竜谷兎萌のフォローを入れながら、竜谷兎萌の後を着いていく。
「この辺でも幾つか、入れそうな建物もあるみたいですし……ゆっくりでいいから探しましょう」
「……ホント、無計画でごめんなさい」
「とりあえず、行くぞ。アイツに置いてかれる」
四人は舞台を探すために、歩き出す。
+ + +
「ええと……これから何をするのでしょう?」
今川友衣が問いかけた。
元より、まだ午後を過ぎたばかりで人が多い。そんな中自殺する度胸は八木原智絵を始め四人には無かった。
竜谷兎萌が渡りを見渡す。
「どっちにしろ人気がもう少し引いた時間帯に死ぬんでしょ? ここで死ぬかどうかも決めなきゃいけないし……どう時間を潰すの?」
「そうね……建物を散策して、人目につかない場所をさがしましょう」
「最期の舞台を探す、っていうと……ちょっと大げさかしら?」
竜谷兎萌がそう言って小さく笑った。
「折角だし二手に分かれましょう? 少なくとも個人だけの意見で決められることではないわ」
竜谷兎萌は今川友衣の袖を引っ張った。
「八木原さんは彼が逃げないように見張るのも兼ねて……私は今川さんと」
「俺を逃げる前提で話を進めるな」
「私はいいけど、あまり今川さんをからかわないのよ。それじゃあ行こう?」
そう言って八木原智絵は去って行った。
「見つかるといいわね。相応しい舞台」
「……もしここがダメで、次の建物に移るときは連絡するからな。お互いそれでいいか?」
「それでいいわ」
竜谷兎萌の返事に今川友衣も頷く。
「そうか」と、双見巴は八木原智絵の後を追いかけた。
「さて……なんだかんだ言っても時間は限られているし、どこかでお茶でもしましょ?」
「いいんですか?」
「今はね」
竜谷兎萌はまた今川友衣の袖を引っ張りながら、近くのレストランに入っていった。
そのまま店員に案内され、二人は席に着いた。
「とりあえずドリンクバー二人分で」
店員が去り、今川友衣は溜息を吐いた。
「……随分と、余裕そうですね」
「余裕って?」
「えと……死、までの残り時間に対する心の準備というか……未練ってありますか?」
「あるわよ」
答えながら竜谷兎萌は席を立った。
「飲み物持ってきてあげる。何が欲しい?」
「……オレンジジュースで」
「了解」
「…………」
今川友衣にも未練はあった。けれども、何度も見る悪夢から、逃げたいという気持ちの方が強かった。
それでも、本当はどうしたいのか、今川友衣自身分からなかった。
「他の皆さんは、未練とかあるのでしょうか……?」
「さあね」
戻ってきた竜谷兎萌が今川友衣の前にオレンジジュースを置いた。
「生への未練と死への思い。それらを天秤にかけて——死への思いの方に揺らいでいるのなら、それで決心するしかない。それだけだと思うわ」
竜谷兎萌はそう言って自身がいれたアイスミルクを一口飲んだ。
「……私たちさ、ちゃんと死ねると思う?」
「分かりません……初めて死のう思ってやっているので……ちゃんと死ねるって、どういうことかは」
「そうよねえ」
こういった事への竜谷兎萌の返事はどこか達観しているな、と今川友衣は思った。
「今日、何人の人が死んでいってると思う? その中で何人が自殺したのか。その中で何人が走馬燈を利用したのか。何人が、死ななかったのか」
「死ななかった、ですか……?」
「ええ。単純に飛び降りや首つりでも死ななかったとか、最期の最後で怖気づいて逃げたとか」
「…………」
「それに、こうして集まって談笑して、お互いの不満をぶつけていく内に解消されるっていうのも、あると思うわ。それを求めて自殺オフ会なんて開く人も中にはいるみたいだし」
「私は、そんなつもりはありません……!」
「私もそうよ。けど……結局のところ意味も何も無くとも生きていきたいと思うのが人間だと思うし、誰だって死ぬのが怖いと思う。死ぬ直前は尚更死の恐怖が出るから……もしかしたら最期の最後で生きることへの執着心が、勝っちゃうかもしれない。そこでまた生への未練の方に大きく揺らいだら——死ぬことはなくなるわ」
「生への執着心……」
「生きている以上必ずある根底的なもの……そう私は思っている。どれだけ意味を感じていなくても、どれだけ辛くても、苛められて、悪夢に苛まされていても……」
「…………」
だから当然、自身は当然、八木原智絵にも双見巴にも、竜谷兎萌にだって生への執着心はあるんだろう。
各々が、死への思いと天秤にかけて——今は死の方に揺らいでいる。
しかしそれは——最期の最後まで分からない。
「ま、最期まで気を抜かないようにしないといけないってことよ」
「……そうですね」
そこまできて、今川友衣はふと気が付いた。
「悪夢って……私の事ですか?」
「いきなりどうしたのよ。この中じゃ貴女しかいないじゃない」
「ど……どうして夢の事を!?」
確か竜谷兎萌にも苛めの事は話したが、悪夢を見ることは夜中に八木原智絵としか話していなかった。にもかかわらず、だ。
「八木原さんから聞いたわけじゃないわ。その時私も起きていただけのことよ」
「……!?」
「というより、あんな叫び声上げたら流石に起きると思うわ……吃驚したわ」
「あ……ああ……」
「まあ……時すでに遅しよ。私も、起きてるのがバレないようにしてたから体をちゃんとは見ていなかったし。話も詳しくは覚えていないから」
竜谷兎萌は下手なフォローを言うが、それ以上に今川友衣には問題があった。
「あ、あの……ということはですね」
「私に知られたのがそんなに恥ずかしかったのかしら」
「昨日の夜……彼にも、もしかしたら見ていたかもしれない、ということですよね……?」
「……それは、そうかもしれないね」
双見巴がどこを向いて、どんな体勢で寝ていたかまでは竜谷兎萌の知るところではないが、普通だったら起きていただろう。
「夜中に叫び声をあげていたら、ねえ」
「…………」
今川友衣は余計に恥ずかしさが込みあがってきた。
「……どんまい」
とりあえず、竜谷兎萌は慰めの言葉をかけてあげた。
<トモエ、死地を探す・終>
推敲だとか修正だとかしていたらこんなに間がいてしまいましたが存続しています。
心機一転させて頑張りたいと思います。