複雑・ファジー小説
- Re: トモエ ( No.8 )
- 日時: 2019/08/13 16:45
- 名前: 暁月烏 ◆w3Y5wPrVZY (ID: enKf/rbe)
トモエ、デートする
「…………」
八木原智絵は早くもこの施設に見切りをつけ次の建物を探し出そうとしていた。
双見巴もそれに同意し、竜谷兎萌と今川友衣に違う建物に先に移動すると連絡して移動することにした。
「今日中に見つかるのか」
双見巴がそんなことを呟く。
「見つけなきゃいけないのよ。遠くっても、暗くなっても」
「暗いなら目立ちにくいか……」
「…………」
先ほどから双見巴はずっと、何度も観覧車の方を眺めていた。
「双見君」
八木原智絵は何となく聞いてみた。
「観覧車気になる?」
「ん?」
双見巴は返事をして立ち止まった。
「余所見だと確かに危ないな……悪かった」
「確かにそうだけど……そんな珍しいものでもないでしょ」
「…………」
双見巴は神妙な顔をして、
「観覧車に乗ったことがない」といった。
「……高所恐怖症っていう訳でなく?」
「高い所は別に平気だ。だが確かに観覧車は乗った記憶はない……というかそういったところに行った記憶がない」
「そうなんだ……じゃあ乗ろっか?」
そう言って、八木原智絵は観覧車の方へと歩き出した。
* * *
どうしてこうなったんだ、と双見巴は思考を巡らしていた。
現在、八木原智絵と双見巴の二人で観覧車に乗っている。
予想外の状態に双見巴はどうすればいいのか分からないでいた。
「昨日の夜とは打って変わった景色だね」
「…………」
「初めての観覧車はどう?」
「何か……童心ってこんな感じなんだろうなって。普通の家庭だったら、こういったことはごく普通の中の一部なんだろうなって」
「……家族でも、観覧車に乗った記憶がないの?」
「…………」
八木原智絵の質問には双見巴は何度かはぐらかしたり、適当に答えたりしていた。
しかし、双見巴は深呼吸をし、
「ない……というより家族で過ごした記憶自体、ない」
と、言い放った。
「そう、なの……?」
「……気を悪くするな。そっちの方が余計に気まずくなるだろう」
「じゃあ、もしかしてずっと……?」
「まあ……施設で育ってきた事になるな。俺は第一の記憶が施設での生活だ」
施設での生活。馴染めない部分もあったがそこが双見巴にとっての家だった。
「だから、親からもらった名前、だなんて思えなかった」
八木原智絵が親から名付けてもらったトモエ名を誇りに思っているのに対して、
親が名付けたなんて実感なんてなく、誇りにさえ思えなかった。
「『女みたいな名前』とからかわれたこともあった」
自虐気味に双見巴は語る。
「勿論『トモエ』と言う名前は悪くない。そんなことをいう奴が悪いだけだ」
「自分の名前、嫌い?」
「好きだとか、誇りに思えるという感覚がない、と言うのが一番近いのかもな。偶に……そんな考えも頭によぎるが」
「そう……」
八木原智絵は、どんな返しをすればいいのか、分からない。
双見巴の自分の名前を好きでいられないことに憤りを感じるし、
名前を馬鹿にされたことへの苛立ちも湧いてきたし、
双見巴の生い立ちへの同情、そして自身も親を失ったという喪失感。
「何か……悪いな。こんな話で」
「私も……親、亡くしてさ。今独りぼっちなんだ。それから嫌で自殺しようとしてるんだけど……」
施設にいて独りぼっちって感じてた?
なんとなく訊ねてみた。
「親がいないという事の孤独感は小さい頃からあった。それが嫌で仕方なかったし、そう言ったのから逃れるために、俺は早く寝ることを小さい時に覚えた」
「じゃあ、昨日も夜は?」
「お陰様で、ちゃんと眠ることができました」
「へえ…………」
八木原智絵は思い出す。今川友衣が叫んでそれから二人でいろいろと喋ったことを。
よく考えたら声のトーンなどお構いなしだったし、今川友衣に至っては衣服をさらけ出すという行為もしていた。異性である双見巴が見ていたりしたらたまったもんじゃないだろう。
「昨日なんかあったのか?」
「今川さんと二人で沢山お話していてね。男子には言えないようなことまで」
「そうか……寝ていたから知らなくて当然か」
「大声で叫んだりしたら起きると思うけど……本当みたいだね」
「自分で言うのも何だが寝つきはいい方だと思う」
八木原智絵は苦笑して返した。
「おかしいね」
「何がだ?」
「こうして同じ名前ってだけで、生い立ちも環境も、名前に対する認識も全く違うのに……だけど『死にたい』なんて二人とも思うなんて」
「全く違うというか、名前の認識に関しちゃ正反対だと思うがな」
それでも、自分で自分の人生を終わらせよう、という結論にお互い至ってしまった。
竜谷兎萌も、今川友衣もそうだ。
同じ名前なだけで、違う人生を歩んできたはずなのに。
八木原智絵は。
「……双見君」
八木原智絵は双見巴に訊ねてみた。
「…………今も、自分の名前、嫌い?」
「…………」
双見巴は少し考えて、
「これに参加していなかったら、俺はこの名前を、人生を恨みながら死んでいったと思う。いい体験もしたし、自分の名前に対する見方は変わったな」
「好きになれた?」
「……今までより何倍もマシだとは思うな」
ゴンドラのドアが開かれた。
「いろいろとありがとうな」
双見巴が先に降りて八木原智絵を出迎える。
八木原智絵も記憶にこそあったが観覧車になるのは久しぶりだったかもしれない。
ふと、待っている列はカップルが占めていることに気づいた。
「…………」
「……どうかしたか?」
今こうして双見巴といるのは、傍から見ればデートしているように見えるのか、ふとそんなことを考えてしまった。
「何でもないよ。次は何処行こっか?」
平静を保ちつつ、八木原智絵は双見巴に並んで歩き出した。
<トモエ、デートする・終>
久しぶりの投稿でした。
スパン短くしないとダメですね……。
因みに観覧車のあるショッピングモールというのもあるみたいですね。
遊園地以外にもあると。
自分は行ったことないですが。