複雑・ファジー小説

Re:     縹渺の路    ( No.3 )
日時: 2020/10/02 00:16
名前: 黒雪 ◆SNOW.jyxyk (ID: XOD8NPcM)

 大丈夫、は呪いの言葉だ。

【整形美人】

 名もなき墓の前に、花が1輪。細くて赤い花弁が、ゆらゆらと風を受けている。紙パック飲料を加工して作られた花瓶は、静謐なこの場に不釣り合いなほど浮いていた。

――こーゆーとこがダメなんだろうなー、あたし。

 それなりに器用で頭も良くて、基本的に大体のことは何でも上手くいく方だと、自分でも思っている。でも肝心なところで上手くいかなければ、人生意味がない。仕事も恋愛も、一番間違えちゃいけないところで間違えてきた。
『他人には他人の地獄がある』と、誰もが羨む美貌の持ち主が言うんだから、きっとこれは私だけの地獄。幸せと不幸せを天秤にかけて、不幸せを自ら選んでしまう地獄なのだ。

『まきちゃんはしっかりしてるし、絶対大丈夫だからね』
『まきちゃんは大丈夫だよ』
『大丈夫よ。あの子、自分でなんでもできるもの』

 大丈夫、という言葉は呪いだと思う。確かに結果だけみれば、人生上手くいっているように見えるのだろうけれど。
 私がひたすら性格診断に課金して、自分の考え方が他人からどう見えるかを分析して、イメージどおりの人物像を作り上げていることなんて、誰も知らない。メイクや洋服だって、少しでも似合わないものは使わない。自分の身体のパーツやスタイルだって全部分かっている。
 他人から見えるものを全部コントロールして、自分がどう見られるかを分かっているからこそ、本当の自分がすごく弱いことを知っている。

 だから、ほんの少しだけ甘えられる人が欲しかった。

 付き合うとか付き合わないとか、そういう面倒な腹の探り合いはしたくない。お互い割り切った関係で、たまに温もりと快楽を共有できればそれで良かった。暗いベッドの上で汗ばんだ身体を重ねている、事後のその一瞬だけでいい。快楽と眠気とで、思考がうまく回らない時ぐらいしか、私は素直に甘えることができない。人に甘えることが苦手だから。

「真希」

 名前を呼ぶ声が頭から離れない。いまさら執着したって、あなたはただの友達なのに。同じ重さの気持ちを返すのが苦しくて、罪悪感に押しつぶされるように逃げたのに。
 水溜まり越しの私は、別人だ。あなたが好きだった私を消したくて、髪を切った。顔を整形した。ほんの少し顔が変わっただけなのに、すぐに気がついたよね。
 どこか違うって。
 完璧に見えて完璧じゃない。ちぐはぐに繋ぎ合わせた見た目。アルバムも、もらったネックレスも全部捨てて、私はまたひとつ過去をなかったことにした。

 そういえば昨日、別の人に抱かれた。キスもセックスするのも嫌ではなかった。でも、何かがしっくりこなかった。
 魔が差したことにして終わらせたけれど、本当は私が利用したことに気がついているのだろうか。二日酔いで痛む頭でぼんやりと考える。
 上書きするつもりが上書きされなくて、乾いた笑いしか出てこなかった。姿かたちが変わっても、中身なんて何も変わらない。
 見た目だけが完璧。期待されるような内面なんて、持ち合わせていたら苦労しない。
 だから『大丈夫』じゃないのに、誰も分かってないじゃん?
 最後まで確実に責任を取れる人ならともかく、無責任に励ましたいだけの残酷な言葉。そう分かっているのに、都合よく『大丈夫だよ』なんて口にしてしまう。そんな自分が嫌いで、一番愛おしい。

 でも結局は土曜日の昼、歌舞伎町の片隅に佇む神社で、一人取り残されている。ワンナイトラブなんてそんなものだ。



*
一年遅れで三題噺を回収しました。
お題は「紙パック飲料、罪悪感、天秤」です。
ヨモツカミ様、瑚雲様と一つづつお題を出し合う形で執筆させていただいています。お二方の話も探していただくと、解釈の違いが楽しめるかと。

最後に二人へ。土下座させてください。