複雑・ファジー小説
- Re: 夢見ズ探偵 ( No.2 )
- 日時: 2018/05/06 11:05
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
夜が明ければ太陽が昇る。
私たちを照らす太陽が。無差別に私たちを照らし、光を与える。
「おはよう。よく眠れたかい?」
昨日雨の中、私に帰る場所を与えた変わり者の探偵さんは笑顔で、趣味の悪い紅茶を私に差し出す。私はそれを断り、ソファに座って窓の景色を遠目に見る。
「口に合わなかったかな」
「貴方の紅茶は、悪趣味だわ」
「へえ?それは失礼。何をお望みかな」
私は少し考えた後、頭に浮かんだそれを口に出す。今は、それが非常に飲みたくて仕方がない。
「オレンジジュース」
第1話
『人間というものは、人間であるように振る舞う生き物である』
「さてと。早速だが仕事がある」
「唐突ね」
氷を入れていないオレンジジュースを、ご丁寧にコースターに載せて私の前に出てきた探偵さんは、目の前に座って話し出す。突然に放たれたその言葉は、私を呆れさせるには簡単なものだった。
「昨日の今日でもう仕事?悪趣味だわ」
「そう言わなさんな。今回の仕事は随分の前に起こった、『小田ビル』での殺人事件の事なんだがね」
「……『小田ビル猟奇的殺人事件』かしら」
「当たり」
そう嬉しそうに探偵さんは笑う。私はこの人の笑顔があまり好きじゃない。糊付けされたかのように、偽りにしか見えない。切って貼って、それで笑顔に見せている。表情を作るのが得意なのだろうけど、いくら作ったとしても私には全てがまがい物にしか見えない。オレンジジュースを一気に飲み干すと、自然にため息が出る。
「で、それがどうしたのかしら」
「この事件の犯人は既に死んでるんじゃないかっていう、噂を聞いて。興味はなかったが、一応確認してみようとね」
「悪趣味ね」
ほぼ自然に出されたその言葉は、探偵さんによって軽くかわされる。正確には、『流された』と言った方がいいかもしれない。でもなぜこの人は、『犯人が死んだ』と言うのだろう。いや、『聞いた』と言うだけだから断定はしてないのだろうか。いずれにせよ、この人の中では、その現場に私を連れていく気らしい。正直気が乗らない、と言うよりは、あまり行きたくない。面倒だし、早速私のこの体質を利用するつもりなのだから。私はオレンジジュースのお代わりを、しかめっ面をして探偵さんに頼む。探偵さんはカラになったグラスを受け取り、また笑顔で去っていく。
「……悪趣味」
そうとしか思えない。探偵さんは何を思って、あんな笑顔を私に向けているのか。何のために、あんな笑顔を貼り付けているのか。今一度思う。悪趣味だと。
探偵さんの帰りは案外早かった。グラス一杯に満たされたオレンジジュースを持ち、変わらぬ笑顔で私の前に出す。氷はもちろん、入っていなかった。
「氷、入れないでおいたけど」
「悪趣味なのに気遣いはよく回るのね」
「それほどでも」
「褒めてないわよ」
わかってる、と探偵さんは付け足す。けれど私もわかってる。はなからそんなつもりで放った言葉じゃないと。悪趣味だ。改めてそう思う。
「それで。小田ビル猟奇的殺人事件の事なんだけど。事件が起きた日時は」
「3年前の。5月7日ね」
「詳しいね」
「……」
それ以上、何故か聞かれたくなくて私は口を閉じ、オレンジジュースを飲む。探偵さんも察したのか、それ以上は聞かずに悪趣味な紅茶を一口。
「ざっと被害者を振り返ってみるとするか。まず1人目。『足立 ひさし』。この小田ビルでは花屋を営んでいた。次に『鈴木 真知子』。この人は花屋にたまたま来ていた客。3人目は『粕田 阿左美』。彼女は小田ビルにあったケーキショップの店員。4人目は『上田 亨』。この男は3人目の粕田さんの交際相手だったそうだ。そして5人目。『幅霧 沙奈』。この少女は……君の通っていたらしい学校の生徒だったらしいが、知っているかい?」
その言葉は、どうにも私の中で引っかかった。『見たことがないのに見たことがある』気がした。何故だろう。私はこの人のことを知らない。けれど何故か『知っている』。とても矛盾している。でもそう思わざるをえなかった。どうしてだか、脳がこの女性を『認識したくない』と拒絶しているようで。訳が分からなかった。
「……」
「知らない、かな?それとも思い出せないとか」
「……知らないわ」
「そうか」
結局出された結論はそれだった。例えわかっているような気はしても、分からないと答えてしまえば、そこから抜け出せるように思えた。私はふうと息をついて、オレンジジュースを一口。嫌な汗が背中を伝う。
「殺害されたこの5人は、後に小田ビルの外へ、まるでキリストのように磔にされていたそうだ。ご丁寧に関節部位には、釘がグッサリ」
「本当に悪趣味ね」
「そうだね。犯人の気が知れないが……」
探偵さんはそこまで言うと、私をちらりと見やる。私のわけがない。そもそもそんなことが出来るはずがない。私は眉をひそめて、少し睨むように探偵さんを見返す。すると探偵さんはごったように笑って、君を疑ってるわけじゃないさ、と。なぜ私が疑われなきゃならないのだろう。
「それで犯人がなかなか捕まらないし、ついには死亡説が出てきたから、私の体質を使って見てほしい……と?」
「ああ。話が早くて助かる」
「でもなんで今更、3年前の殺人事件なんて」
「僕が興味を持ったから」
楽しげに言い放つ。ああ、やっぱりこの人は悪趣味だ。自分の興味だけで、未解決の事件に首を突っ込んでいく。到底理解できない趣味だ。私は深く深く、わざとらしくため息をつく。こうでもしないとやってられない気がした。
「とりあえず昼から行くとしよう。それでいいかな」
「行かないと言っても、貴方は行かせるのでしょう」
「ご名答」
じゃあ、昼過ぎまでには準備してくれ。と、探偵さんは悪戯好きの子供のように微笑んで、既にカラになっていたグラスを持って、私の前から去っていった。
「悪趣味……」
なにか仕返しのように呟いてみたその言葉は、虚空に消えて。
深い深いため息だけが、その場に留まった。
続く