複雑・ファジー小説
- Re: 夢見ズ探偵 ( No.3 )
- 日時: 2018/05/16 19:03
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
『小田ビル猟奇的殺人事件』
3年前に起こった、極めて凶悪で猟奇的な殺人事件。計5人が犠牲となった。犯行時刻は───。犯行に使われたと思われる凶器は発見されていない。
死因は多量失血。ナイフのようなもので体を引き裂き、体の中身を文字通りカラにした後に、表へ引きずり出して、まるでキリストのように磔にされたものと思われる。関節部位には釘が何本も打ち付けられてあった。あまりにも惨い現場に、発見を聞き、駆けつけた警察官もえずいてしまうほど。今まで何度も事件を取材し、記事にしてきた私も、見せられた写真と話を耳に入れたら、背筋がそっとするものではなかった。あまりにも残酷、あまりにも凄惨なものだった。
事件は未だ解決には至ってないどころか、捜査は難航を極めていた。凶器は見つからない、犯人と思しき姿も浮かび上がらない。3年経った今でも、事件は前に進んではいない。
「……」
そこまで読むと、私は表示されていたウィンドウをタップして閉じる。小田ビル猟奇的殺人事件について、何かあれば良かったのだけれど、出てくるものはそういった感想文のような記事ばかり。もっと具体的に、もっと詳細に書かれた記事が欲しいのだけれど、そう上手くは行かないようだ。
「夏織くん」
ふいに、探偵さんの声が耳に入る。探偵さんは、黒い革手袋を手に持ち、ソファでくつろいでいた私の元へと歩み寄る。その間も貼り付けた『空虚な』微笑みは外さないで。ああ、気持ち悪い。
「服のサイズはどうだい」
今朝探偵さんから渡された服───白いワイシャツに黒に近い緑のベスト、ジャケットに色を合わせたロングスカートと、黒タイツとブリティッシュなブーツ───は、ゾッとするほどに私にぴったりだった。サイズも、何もかも。好みではあるのだけれど、昨日の今日で何故これらが集められたのか。というより買ってくる時間はいつあったのか。考えたら寒気が止まらない。
「恐ろしい程にあっているわ」
「それはよかった」
ははは、と笑うけど、気味の悪いことがもうひとつある。
「なぜ下着までピッタリなのかしら」
「なんでだと思う?」
「聞かないでおくわ」
ダメだ。この人は詮索すればするほど、そこらの心霊現象や殺人鬼なんかより、よっぽど怖いと思える。貼り付けた笑顔も相まって、気味が悪い。探偵さんは笑顔のまま、私にその手にしていた黒の革手袋を差し出す。使えというのだろうか。一応聞いておく。
「……これは」
「使うといい。色々と便利だ」
「指紋を残さない……ということかしら」
「それもあるね」
そういいつつ、また新たなものを私に差し出す。これはポシェット?持ってみると、異様に重い。何が入っているのか、気になって中を見てみる。するとそこには、ぎっしりと針のようなものが詰まっていた。なぜこれを渡す必要があるのか。
「もしもの時に使うといい」
「……ダーツをしろと?」
それ以上は何も言わぬまま、探偵さんはひらひらと手を振って去っていく。一体何がしたかったのだろう。
それにしても、やけにぎっしりと詰められた針たちだ。試しにひとつ取り出して確認してみる。先端は鋭く尖っており、まるで注射器を思い起こさせる姿だ。確かに武器にはなり得るだろう。だけれど、どうやって投げればいいのやら。指と指の間に挟めば良いのだろうか。でもなんだかそれはなにかのモノマネのようで、あまり気に入らない。けれど現状、それしか思いつかない。というよりいつ使うんだろうか。
その時。ピンと来たように、私は針を数本指と指の間に挟んで、こちらにやってくる人の気配に向けて投擲する。すぐにトトトンッという小気味いい音が鳴った。
「……僕を的にしないでくれるか」
「この時に使うべきだったようね」
納得した。これはこういう時に使う代物なのだと。その前に渡された黒い革手袋と合わせれば、尚いい代物になるだろう。いそいそと手袋をはめ、針を構えてみる。うん。しっくりとくる。
「身の危険を感じた時のためにって、渡したんだけどな」
「今この状況に他ないわ」
「心外だな。それはともかく。準備は出来たかい?そろそろ出発しよう」
探偵さんは車の鍵を取り出し、さっさと事務所を後にする。あのキー、見間違いでなければ、牛の名を冠したやたらと速くて高い車のものだった気がするのだけれど。きっと気のせいでしょう。私はポシェットを腰につけて、後を追うように外へと向かった。
◇
「見間違いじゃなかったわ」
「なんだい?」
車に乗り、事件が起きた小田ビルへと向かう途中。私はようやく口からその言葉を吐き出した。探偵さんはニッコリと笑いながら、えげつないハンドルテクニックで車を操る。
───カウンタック。ランボルギーニ社の看板とも言えるイタリアの車。ただ速いだけをもとめ、ただカッコ良さをもとめ作られた車。真っ赤に染まった特徴的なボディは、見る者を魅了し、離さない。当然の事ながら左ハンドル、マニュアルだ。今買うと8桁以上は行くのではないだろうか。なぜそんな車を、探偵さんはさも当然のごとく、普通のように運転しているのか。表をを見れば面白いように皆道を譲る。それはモーゼの十戒の、海を割るあの絵のように。心底悪趣味だ。
「もっとなかったの?RX7とか、ビートルとか、フェラーリだとか」
「ランボルギーニが好きでね。あとRX7はもう作られてないよ。今はRX8だ」
「そう」
探偵さんはにこやかに話す。まるで子供の頃に戻ったかのような、無邪気な笑顔だ。本当に好きなんだなあ、とは思うけど、普段浮かべてる笑顔を思い出すと、悪趣味だとしか思えなくなってきた。
「車高低いわね。思ったより」
「そういう車さ」
とうとう鼻歌まで歌い出した。なんだか気味が悪い。何を歌っているのかは知らないけど、とにかく探偵さんが鼻歌を歌っているという時点で、気味悪さしかない。
「そういえば、現場を見るって言ってもどうするの。警察が捜査しているのなら、入れないと思うのだけど」
「近くまで寄るだけさ。君が見れればいい」
「……悪趣味」
聞こえないようにそう呟いた言葉は、カウンタックの切る風に飲まれて消えていった。本気で私の体質を利用したいらしい。猟奇的殺人の記憶なんて、死んでも見たくないのだけれど。それでも見るしかないのだろう。願わくば、『何も見えない』ことを祈って。
「そろそろだよ、夏織くん」
私はため息をついて、目を瞑った。
◇
車の止まる音がする。近くまで来たのだろう。探偵さんは私の肩をトントンと叩き、声を出す。
「うん、やっぱり入れないね。入れないようにテープが引いてある」
「……」
それでも私は目を開かない。絶対に開いてなるものか。というか開きたくない。猟奇的殺人の記憶なんて、見たくもない。だけど探偵さんは無慈悲に、目を開いて、と言う。勘弁して頂戴。ああ、嫌だ。この体質、この人にそっくりそのままあげられたらいいのに。
「見てくれたら何か本でも、買ってあげるからさ」
「……京極夏彦、4冊」
「はは、了解」
どうせこのままやっていても、帰ることなどないのだろう。私はそう言いつつ、諦めて目を開く。目の前にはいくつものコンビニやビルが立ち並ぶ中、ひときわ異様に目立つビルがある。テープが引かれまくった、こぢんまりとしたビル。あれが小田ビルだろう。
そう認識した瞬間。突如目の前が砂嵐になる。
───視界の端々に映る、血にまみれたナイフ。飛び散る臓物。あたりを覆う赤い液体。逃げ惑う記憶の主。目の前は行き止まり。後ろを振り向いたその時。目の前に映る───あれ?
あれ?あれ?あれ?あれれ?あれ?
あれ?あれは?誰?ダレ?だれ?
────わたし、笑ってる?
「夏織くん!」
ハッと意識が戻ってきた。つう、と頬を伝うものがあり、それをハンカチで拭き取る。汗?やけに冷たい汗だ。それに手もかなり震えている。いや、体がとにかく寒い。ガタガタと歯が震えている。
「……」
「夏織くん、しっかりしろ」
「……右京、さん」
「大丈夫か、何が見えた」
わたしは口を開こうとする。この人に見たものを伝えるために。なのに何故だろう。口は喋ることを躊躇っている。それどころか、まともに体がいうことを聞いてくれない。どうして?
「……一旦、戻るか。休もう」
その言葉を聞いた時。安堵なのか、疲れなのか。わたしの意識はすっかり飛んでしまった。
◇
目が覚めた先は、探偵事務所だった。その中の、私の寝室だった。いつの間にか手袋やジャケットは外されており、息はかなり楽になっていた。布団はしっかり肩まで入っていて、それとなく暖かい。
試しに起き上がってみる。何故だろう、どういう訳か体が重い。それに睡魔も完全には引いてくれていないようだ。このまま、また寝てしまおうと考えた時、寝室の扉が開かれる。
「起きたか、夏織くん」
「……探偵さん」
「体は大丈夫かい?」
「少し重くて、とても眠いわ」
そうか、と探偵さんは返す。その顔に笑顔はなく、なにか考え込んでいるようだった。何かあったのか、聞いてみた。
「……夏織くん、小田ビルを見た時、何が『見えた』?」
「え?」
今度はそう聞かれ、私は記憶を探ってみる。───でも。
「……覚えて、ない」
「……そうか」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ。それより今は休んだ方がいい。起きたら連絡をくれないか、スープを用意する」
「ええ。ありがとう」
じゃあ。という言葉を最後にして、探偵さんは寝室をあとにする。それを見届けた私は、くあ、と欠伸をして布団に潜り込む。今はとにかく眠い。何があったのかは思い出せない。けどとにかく眠いのだ。寝させてもらおう。
「……」
でも引っかかる。何か引っかかる。
────あの時、私はどこにいたの?
第1話 終