複雑・ファジー小説
- Re: 夢見ズ探偵 ( No.4 )
- 日時: 2018/05/16 19:01
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
やあ、ご機嫌いかがかな。僕は私立探偵、右京 雅人という者だ。先日、『夏織』と名付けた少女を保護したばかりなのだが、彼女には色々と振り回されっぱなしだ。僕が入れた紅茶は口に合わないようで、一気飲みでカラにしてしまったし、かと思えばことある事に僕のことを『悪趣味』だと言う。いやはや、面白い女性だ。それに彼女の『体質』とやらも、とても興味深い。何故そうなったのか、いつ頃見えるようになったのか、どの範囲で見えるのか、僕の好奇心はとどまることを知らない。まあ、あまり深く詮索すれば、彼女からこれ以上にない冷たさの眼光を貰うだけなので、やめておく。
さて、そんな彼女との生活も、速いものでもう1週間が経とうとしている。本当に時の流れというものは速いものだ。今までいた職場より、かなりのんびりした生活を送れているから、それとなく健康になりつつある……気がする。それに『夏織』もいるおかげで、毎日が退屈しない。仕事は気になったものを引き受けて出向けばいいし、紙の山に囲われてそれらを死んだ目をして必死に潰さなくてもいい。なんと素晴らしいことか。やはり僕には、こういった生活スタイルがあっているようだ。
そう言えば気になる話を聞いたのだった。後でかき集めた資料に目を通しておくとしよう。
「────『三島 夕希子』、か」
第2話
『空想上の理論は、けして現実として現れることもないし、消え失せることもない』
元々は公安警察にいた。気がついたらいつの間にか、というところだ。確かに給料はよかったし、生活には困らなかった。けどあまりにも多忙(これは警察だから仕方がない)で、日々紙の柱に囲まれて事務仕事したり、そのせいでろくに眠れない、ろくに食事が取れない、健康的な生活などありはしなかった。けど給料はよかった。カウンタック買えたし。それでも。長年務めてきたけど、かなり上の立場には行けたけど。それでも僕の気には合わなくて、突然ともいえるタイミングで、退職届を突きつけてきた。あのまま仕事をしていたら、確実に僕は首を吊っていただろう。
とまあそんなふうに仕事を辞めて、さてどうしたものかと考えた矢先に思いついた仕事が、『探偵』だった。元から『探偵』という仕事は興味があったし、なにより『やってみたい』という気持ちが強くあった。だから僕は自分だけの探偵事務所を設立し、僕の興味をひいた仕事だけ引き受ける。給料は波があるけど、今までの地獄のような生活に比べればなんてことは無い。今まで積み上げてきた金だって、充分すぎるほどある。
そんな中で彼女───夏織くんと出会ったのは、本当に『偶然だった』。依頼が終わってさて帰ろうかなと思ったところで、雨の中公園でひとり、ベンチにもたれかかって、今にも『死にたいです』、なんて言わんばかりの女子高生を見つけたら、誰だって興味が湧いて駆け寄るだろう。助けて欲しいのか、それともただの家出か。家出だったら保護しようかな、探偵には付き物の『助手』という存在がちょうど欲しかったところだし。と思っていた。けど彼女は本当に『死にたがっていた』。この世なぞもうどうでもいい。さっさと私を楽に死なせてくれ。彼女のその時の瞳はそう語っていた。
僕はそんな彼女に、何よりも『興味を持った』。こんな子が助手になったら、面白そうだなと。彼女が欲しがった毒薬なんて持ってないから、多少強引にでも保護して助手にしてしまおう。だから僕は、彼女を保護した。それ以外に理由なんてない。むしろ、それ以外の理由なんてあったら、彼女はきっと差し出した手を振り払ってたんだろう。
「……顔が悪趣味」
「そう?」
夏織くんとの出会いを思い出しながら、手元の興味深い資料をパラ読みしていたところで、無くなっていたオレンジジュースを買い足しに行っていた夏織くんが戻ってきた。戻ってくるなり言い放ったその一言は、僕の耳を素通りする。
「オレンジジュース、買えた?」
「はじめてのおつかいじゃないんだから、ちゃんと買ってきたわよ」
「あっはは。そう拗ねないでくれよ」
「拗ねてないわ。悪趣味」
はあ、とため息をひとつついて、彼女は調理場にある冷蔵庫に向かっていった。きっと手元にはグラスいっぱいに入ったオレンジジュースが、次の僕の視界に入る時にはあるのだろう。なんて遠回しに考えてみる。なかなか遠回しすぎると何を話しているんだか分からなくなるから、適度に。
そういえば彼女の名前、『夏織』と付けたのはいいものの、彼女の本来の名を聞いていなかった気がする。と言うより彼女も話してない気がする。今度聞いてみるかな。でも親に捨てられたと言うのだから、今更名を聞いても何も無いか?『夏織』で支障はないわけだし。どうでもいいか。
「ふむ……三島夕希子か」
今僕の視界に映るのは、資料に連ねられてあるある少女のこと。その名を、『三島 夕希子(みしま ゆきこ)』。なんでも突然、いなくなったそうなのだ。彼女の捜索をしてみるも、どこへ行ったかなんていう形跡はほとんどない。朝学校に行くために家を出たっきり、連絡はなし。学校にすら来ていないという。彼女が行きそうな場所はくまなく探したものの、彼女の気配は一切ない。これ以上探しても状況が変わることはないだろうと踏んだらしい、捜索は打ち切られたそうだ。
彼女には姉妹がいたらしい。だが話すことはほとんどなかったという。その姉妹が今何をしているのかは、良くも悪くも分からなかった。どこにいるだとかという情報も。まあ仕方ないか。
三島夕希子は今何をしているのだろうか、果たして生きているのか。これはきっと、三島夕希子本人にしかわからないのだろう。案外街中にいたりして。なんて、ないか。もしそうだとしたら大騒ぎになる。
そういえば三島夕希子の顔写真は手に入れられなかった。なんでも彼女は大の写真嫌いだったらしく、カメラを向ければ全力で逃げてしまうそうだ。無理やりとったとしても彼女からきついお怒りを受ける羽目になるのだとか。その内容はあえて聞かないことにしておく。きっとろくなもんじゃないだろうから。
「何を見ているのかしら」
「夏織くん」
気がつけば僕のすぐ側に、彼女はいた。僕の推察通りに、手元には氷の入っていない、グラスいっぱいに入ったオレンジジュース。
「君は『三島夕希子』という女性を知っているかな?」
「三島夕希子……?」
「そう、突然いなくなった───」
「やめなさい」
少女さ、と言いかけたところで、彼女から冷水のような声が降りかかる。その声は聞いたこともない声だった。いや、冷水よりももっと冷たい───氷水と表現するのでさえまだ暖かいくらいに冷たい声だった。彼女の顔を見やれば、初めて見る険しい顔。目つきは鋭く、まるでこちらを殺そうとするばかりの目だ。手元のグラスは力いっぱいに握りしめられ、ヒビが入る。
「……いなくなった女の子に首を突っ込んで探そうなんて、悪趣味よ」
「……話を聞いただけさ。探すなんて一言も言ってない」
「どうかしら。右京さん、貴方は『自分が興味を持ったものにはとことん首を突っ込まずにはいられない』探偵よ。信用性がないわ」
「はは、困ったなあ」
その瞬間、僕の目の前には針の先が突き立てられていた。無論、彼女が向けているものだ。僕は資料を机に置いて手を上げる。降参だ、の意を込めて。
「何のつもりかしら」
「これ以上調べると、なんでか分からないけど君の針で蜂の巣にされそうだからやめとくよ。今後一切、これには首を突っ込まない。いいかい」
そこまで言うと、彼女は軽く舌打ちをして針を戻す。僕の視界に平穏が訪れた。
「……生憎目玉のキャンディは趣味じゃないわ」
「君の言い回しは本当に奇妙だね」
「何かしら」
「なんにも」
そう言うと彼女はヒビの入ったグラスを手に、自らの寝室へと去っていった。ああ、怖かった。
「……にしても」
────君は『彼女』と、何かあったのかい?
第2話 終