複雑・ファジー小説
- Re: 夢見ズ探偵 ( No.6 )
- 日時: 2018/05/18 20:22
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
やっぱりカウンタックだった。別の車持ってるのだから、そっちを使えばいいのに。この人は何がなんでも、カウンタックて移動したいらしい。私を保護して事務所に連れてきた時は、別の車に乗っていたくせに。あれはなんという車だったか。たしかマツダのロードスター?
「夏織くん正解。ロードスターだよ」
「……言ってないわよ」
「だと思った」
私はため息をつくけど、隣で楽しそうに運転している彼は、ニッコリと笑ってえげつないハンドルテクニックでカウンタックを走らせる。一応ここはレースコースではないはずなのだけれど。きっと心から楽しんでいるのだろう。もしかしなくてもこの人は、カウンタックに乗ると、若干、いやかなり性格が変わるのだろうか。
「カウンタックを運転してる時ほど、楽しいことってないよね」
「貴方が言うのなら、そうなのでしょうね」
嫌味ったらしく返してあげる。けどそれは見事に、探偵さんの耳を素通りした。入ってくれればいいものの、探偵さんの耳はどうやら、硬い門番がいるようだ。到底嫌味など入れるわけがないのだろう。私はまた、ため息をつく。
「それで、目的の廃墟はどこなのかしら」
「もうすぐかな。この前の小田ビルとは反対方向だから」
「……」
小田ビル。何故かその単語を聞くだけで、私の体は萎縮する。何を見たのかは知らないけど、きっと気絶するくらいだから、相当のものを見たのだろう。私は覚えていないけれど。
「やばいと思ったら、そうだな、針でもなんでも投げてくれ。すぐに離れよう」
「……」
なんだか信用出来ないな、と思う。きっとこの人のことだから、本当に針を投げてももうちょっと踏ん張れ、とでも言うんだろう。私は何も言わず、外の景色を眺める。のどかな風景などなく、ただ単にそこにあるものが、素早く通り過ぎていく。カウンタックのせいで、何を確認する前に通り過ぎていく。なんだか嫌になってきた。
「さっさと目的地つかないのかしら」
「もうすぐだから」
安心してくれ。僕もこの仕事は好き好んで引き受けたわけじゃない。そういう探偵さんの顔は、どこか憂いを帯びていた。
◇
ついた場所は確かに廃墟。けど人は入れないように、ロープが張ってあった。……と、探偵さんが、目を瞑っていた私に教えてくれた。目を開けばきっと見えてしまうだろう、と。親切にも教えてくれた。そこで何かあったの?と聞けば、探偵さんは少し笑いながらも教えてくれた。その笑い声はどこか『教えるのをためらう』かのよう。
「……3年前のことだ。ここで少女の死体が発見された。今の君を少し幼くしたくらいの女の子でね。酷い有様だった。マスコミも遠慮ってものを知らないんだろう、連日報道陣が張ってたさ。はけどもはけども、そいつらはやってくる。特ダネを狙いにね」
「話を戻して頂戴」
「ああ、すまない。それで犯人は見つかって捕まったは捕まったんだ。けどソイツ、精神をおかしくしていたらしい、言動がしっちゃかめっちゃかだった。まるで新興宗教にハマってずぶずぶになったみたいに」
「……」
新興宗教にハマってズブズブになった、という言い方は、些かおかしいのではないか、と私は思う。同じ言葉を2つ繰り返しているようだ。だけどそれくらいに、精神をおかしくしていたんだろう。一体捕まるまでに何があったのか。何が犯人をそうさせたのか。そもそも犯人の狙いは?動機は?そこまで聞くと、探偵さんは「聞こうにもその状況だからね」と、苦笑混じりに答える。そういえばそうだった。まともに話なんか出来るわけがない。
それで、探偵さんはその状況を見てほしいのか、見て欲しくないのか。まあきっと見てほしいのだろうけど。私はため息をついて、すっと目を開け、廃墟を見やる。そしてやって来るのは、突然の砂嵐。
────目の前にいるは、目をギンギンにさせた男。制服を着ている。どこの学校かは分からない。飛び散る服のボタン。荒い息遣い。破ける衣服。抵抗すれば理不尽な暴力。晒される素肌。男が口を開く。
『ユキコさんに認めてもらうんだ』
聞こえる別の声。被害者の声?
『……え、……ん……』
待って、何を言ったの。何を?何を?
手を縛られ好き勝手される体。暴力とほかの暴力。交わされる会話。噛み合ってるようで噛み合ってない。
次第に視界が暗くなっていく。最後に聞こえるのは男の声。
『ユキコさんはお前が憎い』
────そこで『記憶』が途切れた。きっとこの後に命が終わったのだろう。それにしても、嫌な記憶だ。死ぬ時の記憶に、いいものなんてそれこそ一握りだろうけど、今回のはひときわ嫌な記憶だ。まさか強姦をされた挙句、殴られて死ぬなんて。言葉は悪いけど言わせてほしい。『胸糞』だと。犯行動機も『ユキコさんに認められたい』だなんて。そんな簡単な理由で、『あんなこと』をしたのか。悪趣味なんて言葉で、片付けられるものじゃない。
「……何が見えた?」
探偵さんは私の顔を、そっとのぞき込む。強姦なんて言葉はあまり使いたくなかったので、あえて濁して伝える。
「……『そういうこと』をしてる時に抵抗したら、殴られてたわ。それと犯行動機もわかった」
「何だい?」
そこで私は、『ユキコ』という人物から認められたくてやった、身勝手な犯行だと言おうとした。けど、口がうまく動かない。それどころか、伝えるのをためらう。ユキコ、という人物に心当たりはないのだけれど、どうしてかためらう。至極簡単なことなのに、何故か口はうまく動いてくれない。心当たりなど、ないはずなのに。
「言いたくなかったら、言わなくても大丈夫だから」
悩んでいると、探偵さんが私の背中をさすってそう言う。体の具合は?吐き気とかはないか?意識はしっかりしてる?矢継ぎ早に訪ねてくる。心做しか私の背をさするその手は震えていた。小田ビルに行った時(私はもう覚えていないけれど)、意識を失ったというので、それを心配しているのだろう。
私は探偵さんに形だけでもありがとうと言って、形を濁してだけれど、伝える。
「ある人に認められたいから、ある人はお前が嫌い……って言っていたわ。ある人の名前は分からなかった」
多少の『嘘』を包んで。
「そうか……そこまで分かっただけでもかなりの収穫だ。今日はここまでにして引き上げ」
ようか、と言い切る前に、私の視界は突然砂嵐に見舞われた。また?
────開けた視界は先程の廃墟。うっすらとだけど。足音が聞こえる。近づいてくる。一定の場所で止まる。笑い声が聞こえてくる。あれ、この声聞いたことある。
『他人に殺されてんじゃないわよ。私が殺すはずだったのに』
あれ?この声。
『私が殺さないと意味が無いじゃない。あんたなんかいなければ私は』
聞いたことある。どこで?わからない。
『やっぱり憎い。憎い憎い憎い。もう1回殺されなさい』
次の瞬間、喉元に何かが突き刺さった気がして、記憶が途切れた。
「───!?」
「どうした、夏織くん」
これはまた別の記憶?それともそのあとの記憶?なんで2回も見えたのか。もしかして1回目はただ気絶していただけで、2回目で殺された?それで途切れ途切れになっていた?しかも2回目に殺したであろうあの人物の声、どこかで聞いたことがある。あれは一体誰?
「……長居しない方がいいな。離れよう。あと約束通り、本屋にもよろうか」
探偵さんは荒い息をあげる私に、どこからともなく水の入ったペットボトルを渡して、素早くハンドルを元来た道へと切った。
あれは誰?
◇
途中本屋により、京極夏彦の本を5冊買い込んで事務所に帰ってきた。私は疲れがどっと来てしまったようで、ソファに座るなりしばらく寝てしまっていたらしい。帰ってきたのが昼間だったのに、気がつけば夕方になっていた。窓の外の空はすっかり赤茶けていて、見事な夕日も見えていた。
私の体にはブランケットがかかっていた。恐らく探偵さんが被せてくれていたのだろう。だったら寝室にまで運んでくれたらいいものを。
「寝室に入られるのは嫌かと思ってね」
「あら、探偵さん」
目覚めにいかがかな、と、いつものオレンジジュースを私に差し出す探偵さん。その顔は少し困っています、というような感じだった。何かあったの、と聞いてみるけど、それとなくはぐらかされてしまう。
「体調は大丈夫?」
「ええ。お陰様で」
「そうか。よかった」
心底安心したというように言うと、探偵さんは紅茶を一口飲む。
「今日の昼間見た『記憶』は残っているかい」
今回のは前回と違って、はっきりと記憶に残っていた。何を見たのかも、記憶の主は何をされて死んだのかも。すべて鮮明に覚えていた。そして犯行動機も。
「それならいい。それを聞きたかっただけだから」
「そう」
「あとは僕がやるから。今日の夕飯何が食べたい?」
「疲れて何も食べる気になれないわ」
「そうか。じゃあグラスがなくなった頃に、オレンジジュースを入れてあげるよ」
僕はしばらく、書斎にこもってるから。とだけ言い残すと、探偵さんはひらひらと手を振って書斎へ向かっていった。
あの記憶。あの被害者。あの加害者。最後のあの声。
「共通しているのは、何?」
────どれも、聞き覚えがある気がするの。
第3話 終