複雑・ファジー小説

Re: 夢見ズ探偵 ( No.7 )
日時: 2018/05/25 22:03
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 最近、気になることがある。ほかならない夏織くんのことだ。彼女は本当に『夏織』であるのかどうなのか。たまに違和感がある。『夏織』ではない『別の何か』が『彼女』としている。確証はないがひどくそう思える。例えば、僕のことを『探偵さん』ではなく、『右京さん』、と呼ぶ時。僕は夏織ではない別の誰かに呼ばれた気がするのだ。本当に、『そうとしか思えない』のだ。僕は一体誰に呼ばれた?そこにいるのは確かに『夏織』のはずなのに、中にいるのは『夏織ではない何か』。なぜそう思うのかは、僕でもわからない。
 ───『なんの確証もないカン』が、僕にそう『警告』をしている。


第4話
【そこにいる人物が、見知った人間だと決めつけるのは、とてつもない大きな間違いの第一歩だ】


 今日も至極当たり前のように、事務所の書斎の椅子に座る。ここは僕以外誰として入らない場所。夏織ですら、僕が『入ってくれ』と言うまで絶対に入らない。僕だけの場所。その場所でひとり、僕はある本を手に取って適当なページを開く。特にそれが読みたかったわけじゃない。ただ何となく、何となく手に触れたものを読んでみようと思っただけ。たったそれだけの事だ。他意はない。
 パラリパラリとページをただめくるだけの作業。目に入ってくる活字を時々読み流しながら、次のページへと移りゆく。その作業を単に繰り返す。意味もなく、目的もなく。
 そんな時不意に、ひとつの台詞が目に止まる。丁度真ん中らへんに踊っていた活字だった。

『ああ、多重人格と言ってね。心因性の精神疾患なんだが、多数の人格があるんだ。他の人格が表に出ている時、別の人格は裏で眠っている。記憶の共有はされない。普段の人格とは全くの別の人間だと思っていい。何せ、名前も性格も、何もかもが違うのさ』

 多重人格。なんとなく、今僕の中で、それまで空いていたピースのひとつがカチリとはまった気がした。そうか、多重人格?もしかして抱いていた違和感はこれだったとか?否、そう決めつけるのは早計だ。単なる思い込みだったとしたら?決めつけるのはまだ早い。もう少し彼女を調べてみないことには、結論は出せない。だが、どうやって?彼女を調べると言っても、彼女に関しては彼女本人の口からも聞き出せていない。今更聞き出そうとしても、眉をしかめて嫌がられるだけだろう。そして最後には『悪趣味よ』の一言で終わりになる。

「……彼女、そういえば今までにも色々とおかしかった時があったな」

 僕はふとそう思う。なぜだかは僕にすらわからない。けど何故かそう思えた。思えば、行方不明になっている『三島夕希子』の事を口に出してみたら、彼女は僕に迷わず針を向けてきたし、かと思えばこの前の場所で見た記憶を話してもらったとき、何故か躊躇うような素振りをみせていた事もあった。その後は茶を濁したように、それとなく私に情報をくれた。ただ、彼女はきっと『言おうとしたら言えなかった』ものがあったのだろう。少なくとも僕は推測している。後は小田ビル猟奇的殺人事件の被害者を振り返っていたとき、『幅霧沙奈』の時だけ反応が違っていた。あれも少々気になる。ああ、そういえば彼女の以前の家族構成を聞いたことがなかった。あとで聞くとしよう。
 僕は適当に開いていたその本を閉じて、軽く背伸びをして椅子から立ち上がる。本を元あった場所へと戻し、書斎から出て応接室へと戻ることにした。


「あら、探偵さん。もういいの?」
「ああ。少しひとりになりたかったんだ。リラックスできたよ」
「そう」

 戻った先には夏織くんがいた。夏織くんは普段僕が座っている椅子に座って、優雅にオレンジジュースを飲みながら、この前の買ってきた京極夏彦著作の本を読んでいた。なかなか様になっているじゃないか。でもそこ僕の席。

「夏織くん、そこ僕の席」
「知ってるわ」
「変わってくれないか?」
「お断りするわ」

 彼女はそう言って、僕には目もくれずにオレンジジュースを飲み干した。やれやれ、僕の席が気に入られてしまったようでは、僕はソファに移るしかないようだ。

「そういえば夏織くん」
「連帯保証人は受け付けないわよ」
「そんな重いものじゃないさ。ただ、君に聞きたいことがあるんだ」

 努めて、自然を装って、僕は彼女に問いかける。

「君に、兄弟や姉妹といった類の人たちはいたかい?」

 その瞬間、僕の目のすぐ横を、鋭い針が3本ほどものすごい勢いで通り過ぎた。はらり、と、ほんの少しの髪の毛が地へと舞い落ちる。多少掠ってもいたようで、若干だが赤い液位が僕の頬を伝う。生暖かく、気持ち悪い。

「……え、あ、ごめんなさい。つい無意識にやってしまったみたい」
「大丈夫さ。大事には至ってないから」

 彼女をみやれば、本当に無意識のうちにやってしまっていたのか、珍しく慌てて僕に謝罪をする。針を飛ばしてきた上でのその態度は、いつものようにわざとではなかったようで、ひどく血相を変えていた。こんなことって、あるんだなあ。
 と、しみじみ思っている暇はないんだった。彼女に関しては、知らなくてはならないことが多すぎる。家族関係然り、過去話然り。ただそれを彼女の口からというわけにはいかない。これでも僕は私立探偵の端くれだ。血眼になってでも探し尽くしてやろう。
 僕はそう決意して、ソファに座り込んで適当に選んできた本を、ただひたすら見続ける作業へと移り変えた。
 その時僕は見逃さなかった。聞き逃さなかった。



『私は貴方じゃないのよ』



 ────さて、その意味を君は果たしてどのようにして、教えてくれるのかな?


第4話 終