複雑・ファジー小説
- Re: 夢見ズ探偵 ( No.8 )
- 日時: 2018/05/26 20:45
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
最近探偵さんは、ひとりで出かけることが多くなった。そのせいで、事務所にただひとり、私は暇を持て余していた。探偵さんが連れ出すことがなければ、特に外へ出る用事もない。今日もそのたぐいで、私は切ろうとしてももったいなくて切れない、自らの黒くて長い髪をいじりながら、探偵さんの椅子に座って、窓の景色を眺める。
そこに意味など、ないというのに。
第5話
【他人の何かに気付いたとき、気をつけるといい。もしかしなくても自分はその他人によって、全てを気づかれている】
本を読もうにも、自分が興味を持ったものは全て読み終えてしまった。残っているのは探偵さんが好き好んで読んでいる、ファンタジーのたぐいのものばかり。夢があっていいな、と厭味ったらしく思う。別にファンタジーが嫌いなわけじゃない。ただ、好きになれないだけ。夢のようなお話は、現実にふと戻ったとき、嫌というほど虚無をもたらす。私はそれが何より嫌だった。これが現実だ、と叩きつけられるのが、何よりも嫌だった。素直にファンタジーが読める人が、羨ましいとさえ……いや、よくよくかんがえたら思えなかった。この思考は無駄なことだった。私はひとり、真似事のようにそれを頭の中のゴミ箱へ、くしゃくしゃに丸めて投げ入れる。
とにかく暇だ。外を出歩こう、なんて気にはなれないし、出歩いたとしてと目的地がない。やることもない。ただ1日ぼあっと探偵さんがいない、私だけの事務所で潰すだけ。勉強でも、なんて気にもなれない。第一私は学校をやめたことに『なっている』。いつからかは忘れてしまったのだけど。そんなことはどうでもいい。
私はためいきをついて、目の前にある探偵さんのデスクに体を預ける。昼寝でもするかな、とは思うけど、こんな時間に寝る昼寝は、昼寝とは呼ばない。それに今寝たら夜眠れなくなるし、何よりも頭が痛くなる。本当にやることがないのだ。掃除でもすればいいのかしら、とも思ったけど、そもそも私はどういうわけか、家事がてんでできない。料理を作ろうとして材料を集めるも、まず材料からして大幅に間違うし、掃除をしようとしたら、片っ端からものを壊していって、掃除をするどころか更に部屋を荒らしている。何をするにしても、私はだめだった。
「……」
この場所は窓から入ってくる日が当たって、それとなく気持ちがいい。ウトウトしてしまいそうだ。けどここで寝るわけにはいかない。ここでもし寝てしまったら、確実に痛みを見る。それだけは絶対に避けたい。
「珈琲でも、入れようかしら」
私は椅子から立ち上がって、キッチンへと向かった。大丈夫、珈琲を入れることくらいなら、私にでもできる。
◇
僕は今、彼女と初めてであった公園にいる。雨が降っていたあの日、彼女はこの公園のベンチで、ずぶ濡れになりながらぐったりとしていた。
今空はきれいに晴れていて、この場所では子どもたちが遊具で遊び、何も知らないように無邪気にはしゃいでいた。そういう光景を見ると、こんな僕でも心安らぐ、というものだ。
「(……彼女はここにいた。事務所では家を追い出された、と言っていたな)」
事務所で彼女から話を聞いたとき、あの子は自嘲気味に、家を追い出された、と確かに語った。それと、もとから気に入らなかったのだろう、とも。おそらく彼女は両親から、『ぞんざいな扱い』をされていたのだろう。実際、彼女には悪いが寝ているとき、彼女の身体を服の上から確認させてもらったことがある。あまりにもやせ細っていたのだ。それこそ、アバラが浮いているのでは、と思ったほどに。それほどまでに、いや、確実に『いないもの』として扱われていたのだろう。自分で好きに産んでおいて、その子供をいなかったと扱うのは、流石にいただけない。とまあ、個人的な主観は置いといて。
家から追い出されたあと、この公園に彼女はいた。おそらくだが彼女の家はここからそう遠くないだろう。もしそうだとしたら、わざわざこの場所を死に場所に選ぶだろうか。それならば別の場所を選んでいるはずだ。例えばその場所近辺の公園だとか。また例えばその近辺に住む友人の家だとか。
そうそう。僕があのとき、ほんの思いつきで『いくあてもなくフラフラしていた』といったら、彼女は肯定していたっけ。彼女のあのやせ細った体で、長距離ふらふらできるとは思えない。ここにたどり着く前に倒れていただろう。僕にも拾われずに。
ならばこの公園近辺の家を、片っ端から潰していこうか。そう思っていたときだった。
「そういえば、『 』さんの家のところの上の娘さん。ここ最近見ないわねえ」
「そうねえ。下の娘さんが亡くなったと思ったら、上の娘さんも」
「でもあの家の奥さんと旦那さん、夜中にその上の娘さんに向かって怒鳴ってたときあったわよね?」
「そうそう。いっくら注意しても治らなかったわねえ。特に旦那さんは」
「奥さんの方は昼間からネチネチ、小言言ってたらしいわよ。下の娘さんが亡くなった後から、更にひどくなったんですって」
「何がしたいのかしらね、『 』さんは」
公園の隅で話をしていた噂好きたちの会話の内容に、僕は聞き耳を立てつつひどく興味を持たされた。まるで『彼女』に当てはまってくるようで、気になって仕方がない。根拠はないけれど、とても気になる。
「あの、少々よろしいですか?」
「あらあこの辺じゃ見ない人ね。どうしたの?」
「いえ先程話されていたお話が聞こえてしまいまして、気になってしまったので。最近越してきたばかりなんです、どんなお話か、詳しく聞かせてもらえますか?」
ほんの少しの嘘を混ぜて、僕はふたりの話に混ぜさせてもらうことにした。いくらか表情を柔らかくさせて、警戒を解かせる。
「そうだったの〜。実はねえ、あの『 』さんのお家ってね。もともと2人の娘さんがいたのよ。確か『──』さんと『※※』さん。『※※』さんの方は数年前に事件に巻き込まれて亡くなったらしくて。それ以来はずっと『──』さんだけだったの。でもねえ。あのお家、『──』さんだけに、妙にあたりが強くてねえ」
「すごいどなり声だったのよー、『※※ができるのになんでお前はこんなことすらできない』とか『お前は失敗作だ』とか。警察に通報しようにも、そのご両親、ここらじゃかなり権力の強い人でねえ。手出しすらできなかったわ。何回も注意はしたんだけど……」
「治らなかったわねえ。でも最近その上の娘さんですら見なくなっちゃったわ。旦那さんと奥さんはそれでも至って普通に生活してるのが、ちょっと気味悪いわねえ」
「そんな娘元からいない、なんて雰囲気出されたらねえ」
「噂じゃ、下の娘さんの出来があまりにも良くて、上の娘さんは毎日ご両親から比べられてたって話よ」
「にしてもどこ行っちゃったのかしら、『──』さん」
僕のなかで、話を聞いているうちにカチリ、カチリとピースがハマっていく。もしかすると、いや、もしかしなくても。
『※※』という名前は確かに聞いたことがある、否、覚えている。数年前に、廃墟にて強姦された後に首元へナイフを突き刺されて殺された少女と同じ名だ。奇しくも名字も一致している。こんな偶然があるとは。
「あ、そういえば。たまに上の娘さん、性格が豹変するって話聞いたことがあるわ」
「豹変する、ですか?」
「なんでも、自分を『ミシマ ユキコ』って名乗って、すっごく暴れだすんですって。どんな暴れるにかは知らないけど、とにかく怖いって」
「ストレスから来てるのかしらねえ」
「(ミシマ ユキコ…?それってまさか)」
「まあ噂だからなんとも言えないけど」
「…なるほど。ありがとうございます。貴重なお話が聞けて、とても嬉しいです」
「やあだこんな話ならいくらでも、嫌でも耳に入ってくるわよお」
「そうそう!」
「では、僕はこのへんで」
なかなかいい収穫だった。ふたりに別れを告げて僕は公園をあとにする。
にしても、『ミシマ ユキコ』…行方不明になった少女と同じ名前だったな。同一人物か、或いは。もっと深く調べる必要がありそうだな。
───────
『私はミシマ ユキコ。私はミシマ ユキコ。私はミシマ ユキコ。私はミシマ ユキコ』
修羅のように白紙のページに書き連ねるペン。私はミシマ ユキコ。真っ黒になるまで書き続ける。ガリガリと、真っ黒になるまで。今ここにいる人間は、ミシマ ユキコ。それ以外誰でもない。
「私はミシマ ユキコ」
『──』じゃない。
第5話 終