複雑・ファジー小説
- Re: 夢見ズ探偵 ( No.9 )
- 日時: 2018/05/27 12:28
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
ふと夢を見る。もう一人の私が目の前に現れて、『ミシマ ユキコ』と名乗る夢。ミシマユキコは私に刃物の切っ先を向け、まるで面白いように笑ってくる。そして口を開くの。
『私はミシマ ユキコ』
それになんの意味があるのかはわからない。けれど、とても怖いとすら思える。私と同じ姿の、同じ声の人間が、突然私に向かって『別の名前』を名乗って、刃物を向けてくるなんて、普通じゃないのだけれど。とても怖いとすら思う。ひとしきりわらったミシマユキコは私に顔を上げる。その顔はひどく───
美しかった。
最終話
『夢とは何か?それが例え空虚なものであろうと、見ることをやめられない』
昔、必死になってノートに書き連ねていた言葉がある。
『私はミシマ ユキコ』。ただひたすらに、それだけを書き連ねていた。呪いのように、暗示のように。意味などなかったかもしれない、けれどそうすることで、私は一時、『現実』から逃れることができた。そんな気がした。私が私である以上、『あの家』からの呪いは逃れられない。ならフリだけでも、私は『私ではない』という暗示をかけるだけでも。私は現実から逃れたかった。安らぎたかった。忘れたかった。
その結果があの夢なのだろうか。私の形をした『別の私』が、夢に出てきて私にまで『ミシマ ユキコ』だという暗示のようなものをかけるのだろうか。それとも『ミシマ ユキコ』となるために、『私という存在』を消そうとしているのだろうか。そもそも私は、『ミシマ ユキコ』か『私』なのか。考えれば考えるほど、私の頭にのしかかる。とても重い。
元々、私はそんなに出来がいい方ではなかった。むしろ、『妹』のほうが完璧だった。私には妹がいた。何もかもが、完璧だった。成績は学年首位、運動神経も抜群。人に気遣いが配れ、生徒会などといった役員にも進んで手を挙げ、学校行事や地域行事も、ほとんど彼女が取り仕切っていた。笑顔も絶やさず、万人から絶大な支持を受けていた。そんな妹と出来損ないの私を、かつて両親とよんでいた人たちは、比べに比べた。むしろ、『いないもの』として扱っていた。食事はろくに与えられず、たとえ病に倒れたとしても看てはくれない。ただ妹だけが、学校を休んでまで、私を看病しようとしていた。けれど彼女は、私の部屋に行こうとしたときに、両親の手によって車に乗せられ、学校へと連れて行かれた。よほど手を汚させたくなかったのだろう。出来損ないの私に妹が触れれば、何よりも汚れると両親は思っていたのだろう。
そのせいで一時期は自殺まで考えた。どうやって死んでやろうかだとか、遺書を回覧板でばらまいてやろうかだの。でも全てそれは無駄なことだとすぐに悟った。なぜ私は悪くないのに、死ななければならないのか。腸が煮えくり返った。だからやめた。
でもそうなると、生きている限り苦しみはやってくる。ならどうしようか?そこで私は変なことを考えついた。『自分は自分ではない』と、暗示を掛ければいいのではと。うまく行くかはわからなかった。けどそれさえすれば私は救われると、その時の私は絶対的に信じてやまなかった。だから白紙のノートにガリガリと、『私はミシマ ユキコ』と書き連ねていた。
でも状況があるとき一変した。妹が突然いなくなったと思ったら、死体として発見された。ひどい様だったらしい。縛り付けられて丸裸にされたあと、強姦されて更に首元にナイフが突き刺さっていたらしい。ナイフから指紋を取ろうにも、指紋が検出されなかったとか。両親はそのしらせを聞いて、ひどく嘆き悲しんだらしい。けど、私はどうしてか『とても清々しかった』。つきものの半分が取れたように、清々しかった。思えばあの子が『完璧』であるから起こった私の不幸。あの子がいなくなったら、どれだけ今の生活が楽になれるか。そう思ったら嬉しくてしょうがなかった。
けど。生活は前よりひどくなる一方だった。あたりを歩いていたら突然、『死んだ人間の死の記憶』が見えるようになった。本当に突然だった。遮ろうにも止めさせようにも、映像はどんどん流れてくる。それも、全て『私が目の前にいる』ものだけ。ある時は狂ったような笑みを浮かべて、ある時はまた、広角をつり上がらせて。全て『私は笑っていた』。でも肝心の私に、それをしたのであろう記憶は一切ない。どうして?
しかも両親も前よりさらに、私の扱いがひどくなった。酷いときには私の存在に怒鳴り散らし、小言をネチネチと言い、終いには私を追い出した。余程存在を認めなくなかったらしい。『なんで※※が死んで出来損ないのお前が生きているんだ』と、大声で言われたほどだ。
もうどうでも良かった。『ミシマ ユキコ』も、私という存在も。これ異常生命を延ばしていても仕方がない。ちょうど雨が降っているから、適当な場所でできるものなら溺死してやろう、それか餓死してやろう。そう思っていた。だけど。
『助手にならないか』
あの人───探偵さんが私を拾った。何が目的とか、もうどうでもいい。楽になりたい。その一心で私は手を伸ばした。
「遅いわね……」
そうして今に至る。私は今、赤茶けた空が広がるころ、変わらず探偵さんの椅子に座って探偵さんの帰りを待っていた。珈琲はもうすでに3杯飲んでしまったし、オレンジジュースも底がついた。何をしようにも暇だ。
「……?」
ふと机を見ると、真っ白なファイルを見つける。こんなものがあったなんて。私はそれを手に取り、自然な流れでそれを開く。
『多重人格障害、及び行方不明者三島夕希子について』
◇
僕は再び、あの小田ビルにいた。かつてここで、猟奇的殺人事件が起きたことを思い出し、ふと寄ってみた。現場はすでに捜査の手は隅々まで行き渡っていたらしく、その関係者と思しき影はない。それか放置されているのか。いや、日本の警察のことだ。そんなことはないだろう。
そういえばここに彼女を連れて初めて来たとき、彼女はひどく取り乱していた。『死の記憶』を見たあと、冷や汗が止まらず息は荒く、体はカタカタと震えていた。事務所に戻って彼女の意識が帰ってきた頃、改めて何を見たか聞いたとき、何も覚えていないと彼女は言った。それほどまでにショッキングだったのだろうか。
「……」
公園の話を聞いたあと、僕はまず『幅霧 沙奈』について調べてみた。事前に知っていた通り、彼女は夏織が通っていた高校の生徒だった。ただ、『4年前』の。事件に巻き込まれたとき、すでに彼女は卒業しており、卒業後1年で無残に殺されてしまった訳だ。そして彼女は『※※』の親友であったらしい。非常に仲が良かったそうだ。『※※』が亡くなった後は、毎日のように墓参りをしていたらしく、悲しみは相当深いものだったと聞く。そりゃそうだろう。
次に調べたのは『※※』。話を聞けば彼女は何もかもが完璧だったらしい。生徒会長は限界まで務め、成績はいつも学年首位、運動神経も抜群によく、人柄も良かった。これほどまでに恵まれた人間がいただろうかと思うくらいだ。だが彼女はひとつ、手に入れられなかったものがあるらしい。それをとても悔いていると、友人たちに毎日のように吐露していたという。『姉の──からの愛情』だと。妹は何よりも姉が好きだった。だが親は姉と関わることを全力で阻止していた。おそらくだが、触れさせたくなかったのだろう。自慢の娘を、何もできない別の娘に。親は妹を愛したが、妹は姉を何よりも愛した。けど姉は妹を愛さなかった、愛せなかった。妹は親からはこれ以上にないくらい愛されたが、それとは別にたったひとつの愛が欲しかった。それが『──』の愛。すでに死んでしまった今、それが叶うことは未来永劫無くなってしまったが。そして姉の『──』も、それを知ることはないのだろう。知ったとしても拒絶するだろう。姉も妹も悪くない。むしろ悪いとされるのは、そんな環境を作りや上げた生みの親の方だろう。
そして3つめに調べたのは、ミシマ ユキコについて。姉の『──』が、突如豹変したときに名乗る名前だそうだ。まるで壊れたカセットテープのように、『私はミシマ ユキコ』と繰り返すのだそうだ。いつ豹変するかは、そのときによってまちまちだが、ミシマユキコと名乗るようにった彼女は、高笑いしながら暴れだすのだそうだ。ヤケになったように。あるときは包丁を手にして、両親に向ける事もあったらしい。そして口癖のように、『憎い』と言い続ける。
調べ上げられたのはそれくらいだ。行方不明者の三島夕希子についてはもう調べがついている。白いファイルにまとめて入れておいた。あとは姉の『──』と、『夏織』が同一人物である、という確証が得られればいいのだが。
「ん?」
ふと、ひらりと何かが降りてくる。これは紙?珍しい、現場検証が終わった場所に、とりわすれなんて。それを注意深く拾い、それに書かれていた文字を読み上げる。
「───『──に殺される』」
「それは誰のことかしらね」
突如知っている声が後ろから響いてくる。振り向いたそこには
「『初めまして』。右京さん。私は『ミシマ ユキコ』」
できるなら今、会いたくはなかった。理由は見つけられないが、会いたくはなかった。
「───『夏織』くん」
広角を嫌につり上がらせ、手に包丁を携えた夏織──いや、『ミシマ ユキコ』がいた。
「夏織?誰かしらそれ。私はミシマユキコ」
「……君か。『※※』を殺害し、この小田ビル猟奇的殺人事件を起こした張本人ってのは」
「正解。どこで気づいたのかしら」
「何。簡単な話さ。最初君は…いや、夏織くんはここで記憶を見た時、ひどく取り乱していた。戻ったあとは何も覚えていなかったけど。彼女はその時の映像が、あまりにショッキングすぎて覚えていなかっただけ。だってそうだろう。『同じ顔した人間が、人を殺している映像』なんて見たらね」
「見たこともないのに断言するの?」
「これさ」
僕はそう言って、先程拾った紙を彼女に見せつける。
「──に殺される……きっとこれは幅霧沙奈のものだろう。彼女は※※と親友だったからね、君の顔も知っているはずだ。そして知らなかったのだろう…その時の君か──ではなく、ミシマユキコであるということを」
「なんでそこまでわかるの?」
「さあ?でもこれだけは言わせてもらう。探偵の『カン』ってやつさ。さっきっから君は否定しないからね」
「……気に入らないわね」
「はは、似たようなこと言われたことある」
僕はそう言って笑う。包丁を突きつけられてるのに。慣れってやつかな。
「『※※』殺人については、君は君自身を崇拝している男を使った。彼女を捉え、犯したら私自身をくれてやるっていってね。いや、そこまでは言ってないだろうが。男はすぐに言うことを信じ、実行に移した。見事それを成功させたあと、君に報告しに行ったけど、君はよくやったわ、といった後に男を殺害した。私が殺すはずだったのにってね。でも念の為君は様子を見に行った。本当に死んでいるかどうかを確認するために。そしたらまだ死んでなかったんで、君は彼女にとどめを刺した。生憎、そのときの死の記憶は、夏織くんから聞いていたんでね。これは簡単だった」
「……で?それを知ったあと何をするつもりなのかしら」
「いいやまだ言うことがある。『本来の三島 夕希子』についてだ。彼女は数年前にふらりと姿を消した。理由はわかっちゃいないが。以前僕は、彼女に妹がいるって言ったが、あれは嘘だ。ちょっと夏織くんの反応が見たくてね。でもまあ彼女も遺体で見つかったらしいが」
「いつの話?」
「ついこの間。君…というか夏織くんには話していなかったけどね。その話をまとめる前、僕は君がその三島夕希子じゃないかって踏んでたんだけど、違かったみたいだ。自分に暗示をかけようとしてミシマユキコと書き連ねていたんだろうが、奇しくも同姓同名だったらしいね。あと気づいたことといえば、『死の記憶』か。僕はね、以前夏織から聞かされてたことがある。『自分がいる』ってね。もしやと思ったんだ。彼女が見ていた死の記憶は、ミシマユキコとして殺害を行ったときの記憶が、断片的に夏織の方へ流れてしまっていたんだろう。人間は不思議だ。彼女が小田ビルの事件の記憶を覚えていないのは、今までほんやりとしか映らなかった自分が、はっきりと見えてしまったからか、それとも内なる『ミシマユキコ』が防衛反応を起こしたからか。で、それを踏まえてミシマユキコ。君に聞こう。君は僕をどうしたい?」
すべてを言い終えると、彼女、ミシマユキコはわなわなと震えだす。顔もいつしか笑顔はなくなり、そこにあるのは怒りか、悔しさか。向けている刃物も震えている。
「……知られたからには殺すしかないわ。私はミシマユキコ。夏織でも『──』でもない。私はミシマユキコ。ミシマユキコ。ミシマユキコなの」
そういった彼女の行動は早かった。僕に向け走り出し、包丁で腹を割かんとやってくる。でもごめん、その程度では、僕は殺せはしない。
真っ直ぐに向けられた包丁を持つ腕の方を引っ掴み、後ろへ向けて捻る。ビキビキと嫌な音がする。そのすきに包丁を奪い取り、逆に彼女に向けてやる。
「私はミシマユキコ、ミシマユキコ!あの子が憎い!あの子が愛したすべてが憎い!憎い!すべてが憎い!あの子さえいなければ!あの子が愛した全てを殺さなきゃ意味がない!」
「なら君も死ぬんだな、ミシマユキコ、いや『──』!」
「………は?」
あえてその名で呼ぶ。彼女は拍子抜けしたようで、抵抗の動きを止めた。僕は彼女を開放してやり、包丁も降ろす。
「彼女は親よりも何よりも、姉の君を愛していた。でも愛されなかった。自分という存在がいる限り、君からの愛は受けられなかった。愛したい人間に愛されず、愛されるのならば死ぬしかない。彼女はそれをとても悔いていた。死ぬ直前まで」
「なにそれ…証拠はあるの?」
「調べさせてもらったんだ。君たちのことを」
僕は隠していた調査資料を彼女の眼前に突きつける。そこには調べた全てが載っていた。もちろん、彼女の実家である『 』についても、そしてそこで調べた結果も。
結論から言うと、あの家はすでに誰もいなくなっていた。生活音はしない、溜まっていた新聞紙、手入れされていない草木。話を聞いてみようと思ったものの、誰ひとりとして出てこない。家の扉に挟まっていた紙を見たら、『離婚届』。鍵は当の昔に掛かっていた。離婚届の意味するところは、まあつまるところそうなのだろう。走り書きも残されていた、『間違っていた、すまなかった』と。どれなのかはもう知ることもない。
「……」
「ミシマユキコ。いいや、『夏織』。……すべてを知った君は、これからどうする」
「わたしは……みしまゆきこ」
「夏織。君はもうミシマユキコじゃない。夏織。君は夏織以外何者でもない。夏織」
「……」
その瞬間、彼女は倒れ込んでしまった。キャパオーバー、といったところだろうか。
「……帰ろう、夏織。何もかも、忘れなさい」
僕は夏織を抱え、事務所に帰ることにした。
◇
気がついたら事務所の寝室のベッドの上だった。一体私はいつからこうしていただろうか。そういえば白いファイルを見たあとからの記憶がない。何を見て何していたのだっけ。思い出そうとすれば、頭に靄がかかったように、遮られてしまう。
「……起きたかい、夏織」
「探偵、さん?」
「頭痛いとかあるかい?」
「いいえ。少し眠いだけ」
「そうか……」
そういうと探偵さんは、ほっとしたように胸を撫で下ろす。何かあったのだろうか。聞いてみるけど、はぐらかされてしまう。
「それより夏織」
「……何かしら、雅人さん」
「君は探偵になる気はないか?」
突然何を言い出すんだろうかこの人は。起きて間もないうちに、そんなことを言い出すのか。
「悪趣味ね」
「ははは。今すぐじゃなくてもいい。ゆっくり答えを出してくれ。時間はまだたっぷりあるからね」
「……」
なんだかむかっ腹がたった。だから私はこの人の顔の横のあたりに手を添えた。雅人さんはどうしたんだい、と声をかけるだけ。すきあり。
「 」
ほんの少しだけ、時間が止まった気がした。柔らかさと暖かさで、頭がどうにかなりそうだ。これ以上は私の頭がおかしくなる。ふっと離れた。
「……夏織?」
肝心のこの人は、私を見て呆然としている。いい気味だわ。
「そうやってま抜けた顔をしてるといいわ、『雅人さん』」
実は気づいていた。雅人さんの指先のあとに、怪我の跡があったのが。そんな傷は今朝まではなかったから、多分、何かしらでつけてしまったのだろう。もっとも、今の私に記憶なんてないから、知ることもないだろうけど。
「夏織……君ってやつは」
「ふふ、しーらない」
顔をほんのり赤くするかわいいその人に、私は笑いが止まらなかった。
「───君は本当に、『悪趣味』だ」
「そっくりそのままお返しするわ」
夢見ズ探偵 終