複雑・ファジー小説

Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.2 )
日時: 2018/05/13 15:57
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)



「急に呼び出してすまないな」

 人だかりの真ん中で、そんな声が聞こえた。 声のした方向へ目をやれば、折り目正しいスーツと糊のきいたシャツ、磨き上げられた革靴に赤いチェック柄のタイという今時珍しい恰好の男がいる。 彼に呼ばれて、僕はここへ来た。 生まれて二度目になる、エルトラドの観戦場。 この廃れ切った世界で、唯一人々を歓喜させ、熱狂させ、生かす場所。
 エルトラド——殺し合う為だけに生み出された少女達が、その生まれてきた目的通りに殺し合いを演じるエンターテイメント。 人口減少で"遺棄"された港町を丸ごと一つ戦場にした、巨大な檻。 その地下には"彼女"達の生活や戦闘を維持するための最先端施設が根を張る——。
 僕が今居る、目の前の男に呼び出された場所は、そんなエルトラドでの戦闘を外の世界へと伝える超大型観戦施設。 過ぎし日の『映画館』の様な、それを大きくして、退廃的な熱気を持たせたような場所。 人間の本能を刺激する、最高に退廃的で先進的な場所。 僕と、僕を呼び出した男にとっては切っても切れない場所。 僕らのアイデンティティはここにしかない。 もしくは……スクリーンの先のエルトラドにしか。

「兄さんこそ、よく時間が取れましたね」

 僕はスーツの男に、自分の兄に答える。
 対アンドロイド用決戦兵器、通称『戦闘少女』。 現行では最高性能を誇る第七世代アンドロイドの開発に多大な貢献をした兄は、戦闘少女産業を牽引する巨大グループの一角、『プロメテウス』の代表として世界中に知られている。 そして、兄がその手で生み出した少女の名もまた——。

『本日の対戦カードは——! プロメテウス製ヴェスタ対アルバトロス製スピカ!』

 もう何年もエルトラドの実況を務める男の声が響くのに続いて、観戦施設の中を熱気と歓声が満たした。 その声を引き取るようにスクリーンの映像が切り替わり、今日、エルトラドで殺し合い、人々に生気を与える少女のスペックが表示される。 二人の少女、片方は今日その生命を終える運命の少女。
 兄もやはりスクリーンを眺めていた。 映し出された赤毛の少女、誰が呼び始めたのかもわからない"炉の女神(ヴェスタ)"と名付けられた少女を。 兄の名を世界中に知らしめた、史上初の電気エネルギーユニットを直に装備できる、画期的な第七世代アンドロイドを。
 僕はもう一人の、スピカと名付けられた少女を見た。 少しやんちゃそうな表情をした少女。 現在のアルバトロス社の所有機体の中では最高の勝利数を保持している非常に優秀な機体。 対重火力兵器用の強力なライフル銃を装備し、ベルトに装備された浮遊カメラで徹底的に相手を捕捉し続ける遠距離戦のスペシャリスト。 機体自体は第五世代、重労働用に開発された旧式だが頑丈な機体で、無駄のないスペックを保有している。
 これはヴェスタには久々に苦戦する戦いになるだろうな、と心の内でつぶやくと、それに合わせたようにまたスクリーンの映像が切り替わった。 画面が左右に分割され、ヴェスタとスピカ、それぞれを捉えたエルトラドに浮遊するカメラの映像が映し出された。 二人の少女が搬送用の巨大なエレベーターで地下の生活施設から荒廃しきったエルトラドの戦場へと送り出される。 ヴェスタの無造作に切られ、ただ乱雑に一つに纏まられた紅蓮の頭髪が、エルトラドに僅かな風が吹いていることを観戦施設に伝えた。

「私の"彼女"は今日も勝つと思うか?」

 兄の声が僕の鼓膜を打つ。
 もしかしたらそれは問いかけじゃなかったかも知れない。 兄はそんな無駄な質問をするような人ではなかったし、兄の方がヴェスタの事をよく知っていた。 ヴェスタの持つ十二・七ミリ機関銃も、背中の電源ユニットの電解質をそのまま破壊兵装に変換できるプラズマナイフも、兄の考案した技術であり兵器であり、何よりそれを使う少女も兄が作ったのだ。 その言葉は確認に近かった。 "彼女"は今日も勝利するだろう。 スピカと名付けられた少女を殺して、無言の背中に大歓声を送られるだろう。 そう宣言している様だった。
 だけれども、その日の戦いは兄が思っているようにはいかなかった。 しばらく二人の少女はお互いを探しあって、無人の町は二人を見守った。 それと同じように僕ら観戦施設へ押しかけた人々も二人を見守った。
 最初に動いたのはスピカの方で、スピカが動くのに合わせて、会場内に可動式の新たなスクリーンが現れる。 そのスクリーンには、スピカに視えているのであろう、浮遊カメラが映した映像が流れた。 スピカの周囲で総勢十六個にも及ぶ浮遊式のカメラが飛び回る。 恐らくは電脳を介して操作しているのであろうが、スピカのその機能は、技術者から見れば驚くべき機能で、それを作った技術者と、その高度な技術を使いこなすスピカはまさに驚異的だと思った。 少なくとも、技術畑で戦闘少女やその兵器類を学んだ身としては。
 対してヴェスタは、いつもと同じようにただ黙然と突っ立ったまま周囲の全てを感じようとしているようだった。

「おかしい」

 兄の声が再び僕の鼓膜を打った。

「あの男なら相手が"スピカ"の時点でこんな愚かな事はさせないはずだ」

 兄の言う通りだった。 『あの男』云々ではなくて、スピカのこの能力の前でヴェスタのあの索敵方法は愚か以外の何物でもなかった。 これでは見つけてくれと言っているような物だ。
 思った通りに、スピカの操作するカメラの内三台がすぐさまヴェスタを視界に捉えた。 新たに現れたスピカのカメラの映像を会場に伝えるスクリーンにもしっかりとヴェスタの姿が映っている。 それはつまり、スピカの視界にもヴェスタは姿を晒している事になる。 だが、すぐにカメラの内の一台の映像がブラックアウトした。 誰かが何かを言う前に、スクリーンを介してエルトラドに響いたであろう爆音が押し寄せる。 ヴェスタが瞬時にカメラの存在を察知して、その手の握る十二・七ミリ機関銃——ヴルトゥームと名付けられた強力な重機関銃だ——がカメラを破壊したのだろう。
 会場に歓声が沸いた。 ヴェスタの放つこの機関銃の炸裂音は、何故だかいつも外の世界の人々を熱狂させる。
 だがスピカもただ視ているだけではない。 ヴェスタがカメラを撃ち落したと察知した瞬間には既に動き始めていた。 二人を映したスクリーンの中でそのやんちゃそうな顔を少しだけ不快な表情で飾ってから、カメラの位置がわかるのか、ヴェスタを十分に射程に収められる距離の廃ビルへ移動する。 当然のことではあるがカメラはヴェスタを視界から外さない。
 その後もやはり兄の言う通りにはいかなかった。 今日最初の有効打を放ったのはスピカで、その凶悪な対戦車ライフルはヴェスタの肋骨の間を背中までを見事に撃ち抜いた。 尤も、頭部を狙って放たれたその弾丸を直前にでも察知して即死を免れたヴェスタはやはり観戦場内で凄まじい歓声を受けたが。 それでも続く弾丸がヴェスタの左腕を完全に破壊した段階で、兄は僕に断りを入れてからどこかへ電話をかけた。
 電話で何事かをしばらく話したあと、兄が重く口を開く。

「聖、少し付き合ってもらえるか?」

 僕は少しだけ兄が何に付き合わせようとしているのかを考えて、それでも黙って頷いた。 何にせよ今日は兄と会うために時間を作ってあるし、この世界は僕が何もしなくても変わらずに回る。 僕には兄のようにこの世界に影響を与えるような大層な力はない。

「構いませんよ。 兄さんに時間があるなら僕は構いません」

 僕のその言葉によって、兄と僕は会場を後にした。
 そして僕の運命も、きっとこの時のこの決断で、もう二度と戻れない道へ僕を連れて行ったんだ。 今にして思えば、あそこで兄に着いて行かなければ、僕も、"彼女"も、それから世界も、あの怠惰で退廃的で、それから平和なまま、ずっとずっと続いていたんじゃないかと思う。


*  *  *  *


 私は逃げる。 "彼女"の操る無数のカメラから。 胸部に空いた穴は確かに痛むし出血も酷いが、それでも何とか私の脚は地を蹴って、私の腕は引き金を引いた。 "彼女"の撃ち出す弾丸はビルの壁程度なら難なく撃ち抜き、その先の私の体も纏めて貫徹する威力があったが、それはカメラで私の位置を把握出来ていたからこそ発揮された威力だ。 あの後何度か"彼女"の弾丸は私の頭部を掠めたが、今のところ胸と左腕以外には直撃していない。 そして今、私の認識できる位置に"彼女"のカメラは無い。 安堵するには早いが、少なくとも今この瞬間に私の体は"彼女"の視界に入っていない。 後はこちらが先に"彼女"を見つけて、仕留めれば良いだけだ。
 今日の"彼女"の唯一の失策は、私を捉える為にビルになど上った事だろう。 それがさして高層とは言えなくとも。
 最後に放たれた弾丸からだいたい"彼女"の位置は把握出来ている。 ビルの中で鉢合わせても私のスタントなら"彼女"の対重火力兵器用ライフルの引き金が引かれるよりも早く最低三発は撃ち込めるはずだった。 当然、"彼女"がビルを抜け出したとしても私の駆動脚は難なく"彼女"を追い詰める事ができるだろう。 そもそも私の駆動脚は重金属の骨格に補助装甲と防御装甲、それから駆動脚自体の重量と、さらに重機関銃を持った体を支え、動かすための駆動脚だ。 重たい機関銃と左腕がなくなった今、遠距離戦に重きを置いた機体に追いつけない訳がない。
 私はビルの陰を抜け、雑居ビルの間の細い路地を駆け、"彼女"が潜んでいると思われるオフィスビルへ駆け込んだ。 ビルの正面ゲートへ滑り込む寸前に私の背中の電源ユニットを"彼女"の弾丸が掠めたが、今更電源ユニットが一つなくなったところでさして困りはしなかった。 むしろ"彼女"がまだこのビルの屋上に居てくれた事の方が私にとっては重要だった。 少なくとも、私も"彼女"もちゃんと痛みを感じるから、私は早く胸の傷の手当てがしたい。
 私はただ黙々と階段を蹴る。 きっと"彼女"も覚悟を決めて待ち受けているだろうから、どうやって仕留めようか? どんな方法で"彼女"は待ち受けているだろうか? そんなことを考える脳の片隅で、"彼女"が何人目の犠牲者かを考える。 私がこの手に掛けた、何人目の娘だろうか。 そのうちのどれ程が、私を恨んでいるんだろうか? そんな事を考える。
 フロアを登り切って、屋上へ通じる最後の小さな階段が視界に入った所で、階段の先の鉄扉の前に全方位カメラが浮いているのが目に入った。 瞬時に身を屈めた私の頭上を弾丸が飛んでいき、空気を焼いた臭いが鼻孔を刺激する。 私は腰を落とした無理な姿勢のままスタントの引き金を引き、放たれた弾丸は狙い違わずに全方位カメラを撃ち抜いた。
 鉄扉の向こう側で、"彼女"の舌打ちが聞こえた。
 ……だけれど、私達は互いに次の行動に移れなかった。 鉄扉一枚を挟んだ生と死の瞬間を分かつ二人。 私は"彼女"の具体的な装備を知らないけれど、プラグマを起動すれば"彼女"を殺すのに最適な攻撃箇所は瞬時に導き出せる。 そして勿論、"彼女"の持つ銃は、私の何処に当たっても私を行動不能にする威力がある。 お互いに次の一撃で相手を仕留められるが、外せば死ぬのは自分だった。 きっと"彼女"もそれなりの戦いを生き抜いてきたんだと思う。 黄金郷で一番難しい攻守の駆け引き。 それから……その後にやってくる一番つらい瞬間。
 私はじっと耳を欹て、"彼女"と鉄扉との距離を測った。 いける——そう感じた。 私は電脳へ強制的にプラグマを起動する様に指示を出してから一気に階段を駆け上がり、黙然と佇む鉄扉に渾身の蹴りを打ち込んだ。 プラグマによって最適化された電気流動が、私のまだ生身の脚の筋肉と、それを支える腰のサスペンションとを絶妙なバランスで動かし、鉄蹄の様な形状の足先が鉄扉を捉える。 鉄扉の蝶番が弾け飛び、それだけでも二十キロはありそうな鉄扉が"彼女"へ向かって吹っ飛んでいく。 "彼女"の驚く顔を私の目が無表情に認識するのと殆ど同時に、電脳から電源ユニットのエネルギー量が残り少ないという警告が届いた。 只でさえプラグマは電力消費が激しい上に、"彼女"の弾丸を躱す為に何度も起動し、さらには"彼女"の弾丸の速度を生身の体と平常の駆動脚の出力では回避しきれなかった為に、その都度電源ユニットからの電力供給に頼っていたせいだろう。 私たち第七世代のアンドロイドは電源ユニットを失っても十分に稼働可能な機体ではあるけれど、"彼女"の攻撃を回避する為にはどうしてもプラグマが必要だった。
 保ってもあと二回ほどプラグマを起動出来るか出来ないか……そう私の意識が向くか向かないかの段階で、既に私の体は私の意識を超越した無意識の行為として短機関銃を握る右腕を"彼女"へと伸ばしていた。 "彼女"もまた、二メートル近い全長の対重火力兵器用のライフル銃を腰溜めの状態で構える。
 どちらが先に引き金を引いたのか……それはわからない。 少なくとも私は鉄扉を蹴破ってからすぐに屋上階へ躍り出て、その時には既に射撃の姿勢にあった。 "彼女"は多分ずっと前から射撃姿勢をとっていたけど、私が蹴り飛ばした鉄扉が予想外で反応が遅れた。
 私のスタントが撃ち出した小口径高速弾のうち、二発が"彼女"の右の鎖骨辺りを撃ち抜いて、続く一発が"彼女"の眼窩低骨辺りを撃ち抜いた。 恐らくは頭の向こう側まで貫通したと思う。 そのあたりで私の肋骨を覆う補助装甲が火花を上げた。 それが"彼女"の弾丸によるせいだと言う事は、すぐ後に続いた全身を走り抜けるような衝撃でわかった。 その衝撃のせいで、スタントの弾倉に残っていた最後の一発は"彼女"のこめかみの辺りを掠めて、どこか私の知らない遠い彼方へと消えていく。
 私が"彼女"の弾丸の衝撃で体勢を崩すのと殆ど同時に"彼女"が倒れた。 私は弾丸を受けた個所を少しだけ確認して、"彼女"の元へ歩み寄る。

「さすがね、"ヴェスタ"……負けた相手が貴女でよかった」

 倒れた"彼女"が、そう呟いた。 そんな事を言われても、私は少しも嬉しくない。 勝てた事が嬉しくないかって聞かれたらそんな事はないけれど、私はいつもこの、相手が息絶える瞬間を見届けるのがつらい。 だってそうでしょう? "彼女"もきっと、ただ自由が欲しくて、この黄金郷から出る為、たったそれだけの権利の為にずっと傷つきながら戦ってきたの。 その夢だとか希望だとか、私達の存在意義の全てを奪い去るのが、私には苦痛で仕方がない。

「私が負けるのは仕方がないわ。 だってそれは私が貴女より劣っていたから、それ以外の何でもない。 でも負けて、殺されて、誰からも忘れ去られるのは寂し過ぎるから、最期に戦ったのが"ヴェスタ"……貴女で良かった。 貴女の戦いを、きっと"外の人たち"は忘れないから」

 "彼女"が死の直前の、震えた小さな声でそう続ける。 たまにこういう娘が居る。 自分の生まれた宿命を受け入れて、死を予見していて、生きる事よりも死に様を求める娘が。 そんな娘たちに私がしてあげられることは、たったひとつ。 私の手で"彼女"達の希望を叶える事しかできない。
 私はスタントに予備の弾倉を装着し——片腕でこれをするのはとても大変——薬室に弾丸を送り込む。 硬質な音が酷くこだまして、それを聞いた"彼女"が穴の開いた血まみれの顔で笑みを結ぶ。 私は、まだ痛む胸の……"彼女"の開けた穴を少しだけ眺めて、それから事務的に何度か引き金を引いた。


 "彼女"は死んだ。