複雑・ファジー小説

Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.3 )
日時: 2018/08/26 04:42
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)



 僕と兄は観戦場から兄の手配した車に乗って、さっきまでスクリーン越しに眺めていた『エルトラド』へとやってきた。 港町の外周をすっぽり覆うように作られた防護壁に埋め込まれたエルトラド唯一の入場用ゲートで、僕らは車を降りる。 何度か足を運んだことはあるけれど、僕はいつもこの鉄骨とコンクリートと、それから重分子ジュラルミンの混ぜ込まれた特殊補強材の壁が、少女達を閉じ込めた檻が好きになれなかった。 一度足を踏み込んだら、出るには死体袋に入るしか無い。 スクリーン越しに知る『エルトラド』はそんな場所だったから。
 それでも兄は特に気にする風でもなく、『エルトラド』唯一の出入り口へと足を進め、殆ど顔パス同然の手続きで中へと進んでしまった。 きっと兄にとってこの場所は知的好奇心を満たす場所か、もしくは自分の作品の実証実験場でしかなくて、他の多くの人々にとってこの場所が娯楽施設に娯楽を提供するための場所でしかないのと同じような感覚なんだろうなと思う。
 僕は時々、少しだけそんな兄が恐ろしくなる。
 僕らにとって『エルトラド』は特別な場所だった。 特に兄にとっては。 僕らは、僕らが生まれる前からアンドロイド——戦闘少女ではなくて、外の世界に居るようなアンドロイド——達と深く結びついていた。 僕らはずっと世界を平和にするためにアンドロイド達を研究し、開発し、そしてこれは偽善的かもしれないけれど、確かに愛していた。
 僕らが生まれる前、二〇〇〇年代の初頭に起きた技術的特異点は人類に急速な平等、均一化をもたらし、高度に発達したアンドロイド達が供給する労働力は経済や通貨の概念を消失させた。 それ以前に危惧されていた機械による侵略なんて言うのはこれっぽっちも起こらなくて、僕らはアンドロイド達の奉公によって怠惰で安全で健康な生活を手に入れた。
 何故アンドロイド達が人類を淘汰しなかったか、それは特異点発生の直後は盛んに議論されたが、僕はその理由を知っている。 偽善的な話だから誰にも話したりしないし、今やそんな過ぎ去った過去の話は議論にすらならないのだけれど。
 僕と兄は案内役の男——第六世代アンドロイドで、恐らくは先ほどスクリーンにの先に居た"スピカ"を作ったアルバトロス社製の——の後に続いて、地下へ地下へと真っ白い階段を下って行った。 それはとても短い旅のはずだったのだけれど、僕にはまるで永遠の放浪の様に感じられた。 何故、『エルトラド』の設計者は、この階段に相当する長さの竪穴を掘ってエレベーターを設置しなかったのだろうか? それはきっとこの『エルトラド』が、人の流入をそもそも勘定に入れていなかったからだろうと思う。 特に僕らの様な"生身の人間"が訪れることを。
 僕らは数分かけて地下五階程度の深さにある"施設"に到着し、その"施設"の入場ゲートで『エルトラド』の入場ゲートでしたのと同じような入場手続をする。 そうしてようやく、『エルトラド』で戦う少女たちの為の、共用の空間にたどり着いた。 僕は生まれて初めてその地下施設へ入った。
 そこで見た物を、僕は最初信じることが出来なかった。 そこには沢山の少女達が居た。 大概はとても身軽な服装で、サンダル履きだったり、シャツに短パンなんて子も多かった。 そこに居るのはごく有り触れた少女達で、彼女たちが毎日地上で殺し合いを演じているなんて僕には信じられなかった。 だけれども、段々と僕は現実を思い知ることになる。 "彼女"達の多くは非戦闘用の電子義手や電子義足を身に着けていて、四肢の全てが生身の子は数えるほどしか居なかった。 そう、"彼女"達は紛れもなく戦闘少女……対アンドロイド用決戦兵器に他ならないのだ。 それでも、共用のフードコートで食事を採る子、地下施設内の図書館から借りてきたのであろう本を読む子、"彼女"達は間違いなく"生きて"いた。 そう、僕が学問を修めて、一番後悔している事、"彼女"達が間違いなく"生きて"いると言う事を、僕はその一瞬で嫌というほど思い知った。 かつての"ロボット"達とは違い、"彼女"達は呼吸し、傷つき、それから"生きて"いるんだ。 僕の胸は、技術者として日々新しいアンドロイドの開発に携わる僕の胸は、言いようのない痛みに襲われた。
 だが兄はそんな少女達には目もくれず、公共施設に隣接するように根を張る、『エルトラド』に戦闘少女達を出場させている団体の各々に設けられたスペース——これは個人、団体の大小に関わらず、戦闘少女を一体でも出場させていれば割り当てられる隔離されたスペースで団体内部の秘匿事項、言わば戦闘少女のスペックや兵装等を外部に漏らさないための公平性を保つためのスペースだ——へと足早に向かった。 僕はその後に着いて行くしかない。 何人かの少女は僕らに気付き、憎悪と、それから形容しがたい……もっとも近いのは憧憬に似た視線を投げかけたが、僕はその視線から逃れるように兄の後を追った。 僕は前から知っていた。 少女達を"造る"僕らが、少女達に憎まれている事を。 だけどいざ本当に、生まれて初めて向けられる"憎悪"の視線を受け止めるなんてことは、僕には到底できなかった。
 隔離スペースの廊下には同じような扉がずらりと並んでいて、その一つ一つに団体や旧企業の名前が書かれており、兄は迷う事無く『プロメテウス』に与えられている部屋の扉の前まで辿り着いた。 そこで自分の認識番号を入力してプロメテウスの所属であることを証明すると、その扉は独りでに音もなく開いた。 僕も兄に倣う。 恐ろしいほどに高鳴る胸の鼓動を聞きながら。
 戦闘少女の、アンドロイド技術の最先端がその部屋の中にはあるのだから、僕の鼓動は抑えようもないほどに高鳴っていた。 そう、僕の知的好奇心は、技術者としての好奇心は、確かに僕の内側に内在していたんだ。 部屋に入るまでは。
 部屋に入ると、兄はすぐに足を止めた。 その理由は、こんな僕でもすぐに分かった。
 部屋には仄かな煙草の香りが燻っていて、明らかに旧時代的な蓄音機の上でショパンのレコードがくるくると回っていて、その柔らかな音と仄かな香りが僕らの鼓膜と、それから鼻孔を刺激した。 だが視覚だけは別だった。 僕らの視覚が捉えたのは僕らアンドロイド産業に関わる技術者が好んで使う製図用のボードとライト、それから機械いじりの道具一式が収納できるタイプの作業台の上に突っ伏した男だった。 作業台は朱に染まっていて、男の足元には戦闘少女用の強力な半自動式拳銃が転がっていた。 当然、男の後頭部には大きな射出口がぽっかりと出来上がっている。
 それは見事な自殺だった。 僕も、恐らくは兄もそう感じたはずだ。 僕らはアンドロイドを作るために人体の造りには相当詳しいから。 その男が自らに撃ち放った弾丸はしっかりと脳幹を直撃していて、ついでに男の使った拳銃は、脳幹と接続する電脳を確実に破壊できる威力の銃だった。 そして脳幹だけを破壊しても、場合によっては体内部で細胞隆起の際に発生する微量な電流によって電脳が脳幹の機能の一部を肩代わりする可能性を、きっと男は理解していて、確実に自らの息の根を止める位置を撃ち抜いたに違いなかった。 そう、一言で言って見事な自殺だった。 人間一人を確実に殺すための、戦闘少女に関わる人間が嫌でも吸収する知識の集大成だった。

「何をしているの?」

 そんな声に僕は我に返った。 僕だけではない。 兄も、兄にしては緩慢な動作で声のした方、僕らの背後に目をやった。
 そこに居たのは"ヴェスタ"だった。 先ほどまでスクリーンの先で、『エルトラド』の、この地下施設の上で殺し合いを演じていた戦闘少女だった。 彼女は今日の対戦相手である"スピカ"を殺めて、血まみれの、傷だらけの体で、今、この自分が帰り着くべき安息地に……自分の整備士が自殺した部屋に帰ってきたのだった。


*  *  *  *


 再び静寂に包まれた黄金郷に背を向け、そこへ来たときと同じように機材搬入用の大きなエレベーターに乗った私は、再び地下へと通信を試みた。 視界の中の拡張現実パネルに相手先、私の整備と体調管理をしている男の通信番号——彼らの世界では識別番号と呼ぶらしい——が表示されて、それからすぐに視界の隅に同じような拡張現実パネルが表示されて、『接続不可』の文字が明滅する。 戦闘開始直後と同様に。
 私は少しだけ不安になる。 黄金郷の関係者、つまり"私達"を造る人間、それだけで殺してやりたいほどに憎いと感じた時期もあったけれど、今は彼が私の一番の理解者だったから。 私がつらいとき、彼は必ず私の好きなレコードを掛けてくれて、私が損傷すれば、必ず修理をしてくれた。 だからそんな彼に連絡がつかないと、私はすっかりこの理不尽な黄金郷でたった一人投げ出されたみたいな気分になる。 彼は、私の大切なヒトなんだと思う。
 そう思えば思うほどに不安は込み上げてきて、地下施設に降りてすぐに私は医療班——私達の体や武器の性能を外部に漏らさない様に、独立した組織が作っているらしい第六世代のアンドロイドの外科医たち——の応急手当を断って、私たちが生活する共用施設へ足を向けた。 当然、"彼女"の付けた胸の傷からはまだ出血していたけれど、それでも電脳の自己修復機能は十分にその傷の応急処置を終えていたからその傷が原因で自分が失血死する心配がないことはわかる。
 共有施設の入り口で武器を預け、管理用の端末に自分の識別番号を入力して、ようやく開いた扉に体を滑り込ませる。
 共有施設にはいつも通りに何人もの娘達が居て、そのうちの何人かは私に露骨な敵意の籠った目を向ける。 それもいつもの事。 ここでは皆が、お互いに深く関わり合わない様にする。 翌日殺し合わないといけなくなるかも知れないから。 だから私達は誰とも仲良くなろうとなんてしないし、誰が生還したことも喜ばない。 勿論誰が死んでしまった事にも悲しんだりしない。 翌日には自分が辿る運命かも知れないから。
 それでも何人かの私に敵意を向けた娘の気持ちはわかるつもり。 私が、今この黄金郷で一番の勝利数を記録しているから。 それだけ私が多くの娘達を殺めたからじゃなくて、私が一番最初に、このまま順調に勝ち進めば私が一番最初に"自由"を手にする事が出来るから。 ある程度の勝利数を稼いだ娘達の方が、私の記録に敵意を向ける。 それが如何に厳しい道のりか、"彼女達"は気付いたから。
 私はそんな敵意とそれから部屋全体に充満する諦めと焦りに無関心を貫き通して、自分の部屋へと急ぐ。 たったひとりの、私の"修理"が出来る男のもとへ。 仄かな苦味を持った煙草の匂いと、シューベルトかショパンか、もしくはワーグナーの流れるあの居心地の良い部屋。
 だけれど、共有施設の端のフードコートを抜けて私達の部屋が連なる廊下へ出てすぐに、私は異変に気付いた。 地下施設で、特に共有施設とそのすぐ近くでは絶対に嗅がない臭いが私の嗅覚を鋭く刺激したから。 私の電脳は、電源ユニットの残量に関係なくちゃんと仕事をする。 私の嗅覚はしっかりとその異様な、硝煙の臭いを嗅ぎ取った。
 私はすぐに廊下の壁にぴたりと背を預けて、その空間の気配の全てを探った。 それは黄金郷では誰もが出来るようになる事だったから、私は無意識のうちに地上で行うのと同じ様にその廊下に潜む全ての気配を全身のあらゆる感覚で察知しようと努めていた。 でも、すぐにそれが莫迦な事だと気付いた。 だって私は今、何一つ武器を持っておらず、その上殆ど瀕死の重傷で、電源ユニットの内容量も僅かばかりだったから。 この状態で、例えばこの廊下の何処かに私を狙う娘が潜んでいるのだとしたら、私には何一つ出来ることが無かった。 ただ先ほどこの手で殺めた"彼女"の様に、潔く死の運命を受け入れるほかない。 私がそれを望むか望まないか、そんな事をこの黄金郷は加味してくれたりはしない。
 私はすぐに諦めて、でもこの場所で何が起きたのかを正確に知りたくて、出来る限り気配を消してその硝煙の元を探した。 発生源はすぐに分かったけれど。
 臭いの元を辿って行くと、それが自分の部屋からだと言う事がわかった。 そして私の不安は急速に肥大化する。 それでも私は"戦闘少女"……恐れる事はしても、躊躇ったりはしない。 例えそれが自分の生命の危機だったとしても。 私はいつものように自分の識別番号を入力して、扉は私がその部屋の所属だと言う事を認する。
 私の部屋、プロメテウスの名札がかかった扉が音もなく開いて、すぐに目に入ったのは二人の男の背中だった。 一人は野暮ったい服を纏っている知らない男だった。 そしてもう一人はスーツ姿の男で、私がこの世で一番消し去りたい人間だった。

「何をしているの?」

 私は自分でも動揺していて、何故その男がこの部屋に居るのか理解が出来なかった。 だから、思わずそんな言葉が口をついた。
 野暮ったい男の方はさも驚いたようにこちらを見て、それから私が心底殺してしまいたい男もこちらを向いた。 その男にしてはどうにも緩慢な、一言でいえば『らしくない』動作で。 そして、私の視界に朱が広がった。 力なく作業台に突っ伏した、私の理解者の姿も。

「マミヤを、殺したの?」

 きっと私の声は震えていたと思う。 マミヤ、そう、マミヤ——下の名は知らない——は私の唯一の理解者だった。 私が傷を負えば、必ず直してくれた。 私が塞ぎ込んでいればこうやってショパンのレコードを掛けてくれて、すごく稀にではあったけど、昔の、私が生まれる前の、まだマミヤが学徒だったころの話を聞かせてくれた。
 私は自分の体が理解するよりも早く、残った右腕で男たちに襲いかかっていた。 私は第七世代の"機体"だったから第五世代の様に生身そのままで戦うような造りではなかったけれど、脳の筋力に対するリミッターがそもそも存在しない"戦闘少女"だったから、ヒトを二人殺すことぐらいは造作もない事だった。 どんなに重症を負っていても、この手が届く範囲に相手が居れば問題なく殺害できる能力があった。
 だけれども、私の電脳はこんな時でさえしっかりと仕事をする。 私達"アンドロイド"は生身の人間を傷つけられない様に出来ている。 電脳から全身に行動停止命令が放たれて、私の筋力は弛緩する。 それでも無理に動かそうとすれば、私達の体細胞は全身にターミネート信号——マミヤはそう言った後に『自死する信号』だと教えてくれた——を放って対象の生命を救う。 私は弛緩した筋肉に逆らうことが出来ずに思い切り顔面から床に倒れこんだ。 腕に刺さったままのガラス片だとか、"彼女"に撃たれた箇所の歪んだ皮下装甲だとかが生身の筋肉に突き刺さって痛かったけれど、マミヤが死んだ事の方が余程つらかった。 嗚呼、私たちはこんなところもちゃんと造られているんだな、って。 対戦相手の娘を殺めた時とか、自分の大事な人が死んだ時とか、毎晩殺し合いの夢にうなされた後とか、ちゃんと胸の真ん中の辺りが痛いんだ、ここに、何か大事な物があるんだなって。 そんな事を思う。
 野暮ったい服の男が私の頭の脇に屈み込んで何かを言っていたけれど、私は何も聞きたくなかった。 だってこの男は私を知らないのだから。 "戦闘少女"の私、同じ境遇の娘達を重機関銃でバラバラにする私、今日みたいに動けなくなった娘を事務的に殺す私。 そんな私しか知らない男に何を言われたところで、私には聞く意味がない。
 私は泣いた。 "戦闘少女"が泣ける事を初めて知りながら、私の生身の目はちゃんと涙を流した。 電脳の送り出す行動停止命令で弛緩した瞼は私に目を閉じて現実を遮る自由さえ与えてくれなかったから、私は狂った様に涙を流し続けた。
 それはとても不思議な感覚だった。 今日だって肋骨の間から背骨のすぐ脇までを巨大な——恐らくは十二・七ミリの——弾丸で撃ち抜かれ、左腕を上腕から引き千切られて、それでも流れなかった涙、もしくは同じ境遇で決死の思いで戦った少女を撃ち殺しても流れなかった涙が、殺したい程に憎かった筈の、死ぬ為に生きる生命を"造り出す"男が死んで流れる。 物凄く皮肉な、"私達"がちゃんと人間として造られている証拠。 "私達"からすればマミヤは殺したい程に憎い相手だけれど、私にとっては名前も知らない殺すべき相手よりも大事な、ずっと大切な人だった。 "戦闘少女"たる私の中にはちゃんと人並みに"私"が居て、私に気を掛けてくれた人の死を悼む事が出来る。 誰かを殺す為だけに"造られた"のに、人の死を悼む事が出来る、皮肉な、喜劇的でさえある苦しみ。
 そんな私の気持ちとか、思いなんてちっとも意に介さない様に、二人の男は二人だけで話を進めた。

「兄さん、彼女の手当てをしないと。 彼女のタイプの電脳が出す弛緩信号は止血の為の筋圧も弛緩させます。 弛緩信号を止めるか、医療処置をしないと彼女は死にます」

 野暮ったい服装の男が、妙に切羽詰った声で言う。
 確かに私の体はあらゆる筋肉の緊張を止め、胸に開いた銃創からの流血が再び始まった事が分かった。 視界の隅に表示されているAR(オーグメント・リアル/拡張現実)のバイタルデータにも、その傷の損傷度合いが急激に悪化している事が表示されていたれど、このまま死んでしまうのもそれはそれで悪くはないような気になる。 私は、黄金郷なんて馬鹿げた地獄じゃなくて、大事な人が死んだショパンの流れる部屋で死んだ方が……それも誰かの自由のために殺されるのではなく、生理的必然とは言え自死してしまう方が幸せなんじゃないかとさえ思う。
 でも此処は、黄金郷や、この男達は私の気持ちや都合なんて一切勘定には入れてくれない。

「彼女の電脳の弛緩停止命令を解除するコードを知っていた唯一の人間は死んだ。 私は間宮の記録からそのコードを洗い出す。 その間に、聖……お前が彼女の命を繋げ」

 スーツの男、私がこの世で誰よりも殺してしまいたい男は至って事務的に言った。 ヒジリと呼ばれた男——名前とは多少不釣あいな野暮ったい服装の男——は目を瞬かせてスーツの男を見遣った。

「兄さん、僕は"プロメテウス"から黄金郷の戦闘少女に何かをする許可を受けていません」

 困惑と、それから驚愕が入り混じったような——人間的な言い方をするならば面喰ったような——声でそう狼狽するヒジリと呼ばれた男。
 そう、私達は何もかもが秘密に包まれた存在。 身長も体重も、生年月日も血液型も、勿論装備や実際の身体能力、脳機能の比重や体組織の成分比率……それから本当の名前も。 それが私達の強さの秘密。 だから専属のメカニック以外は私に触れられない。 そうマミヤが教えてくれた。
 それでもスーツの男は小さく咳払いをしたきりで部屋の内線でどこかへ電話を掛けた。 この男は、多分この二人の男だけでは私を寝台まで運べない事をちゃんと分かっている。 左腕を切り離した状態とはいえ、両足は膝の上辺りから機械化されているし、何より私の体幹は重量五十キロ近い重機関銃を振りまわす作りだ。 とても生身の人間二人で担いで運べる様な身体ではない。
 スーツの男が受話器を戻すと、すぐに黄金郷専属のアンドロイド——第六世代の機体で、この先一生この黄金郷から出る事の出来ない——が二人ほどやってきて、私を調整台——マミヤがそう呼んでいた——に運ぶ。 その間も、私の身体は血を流し続け、私の目は涙を流し続けた。
 スーツの男は私が運ばれる間も、私を受け止めた調整台が音を立てて軋んでも、それからヒジリと呼ばれた男がマミヤの整備道具一式を抱えて足早に調整台へ来た時もこちらへ視線を向ける事はなかった。 ただじっとマミヤを眺めて、黙然と、何かを考えている風だった。 多分この男にはマミヤの死が理解できないんだと思う。 死があまりに遠すぎて。 この男たちはいつもいつも身勝手に生命を造り出して、後の殺し合いには関知しないから。
 そう思いながらまだ止まらない涙に意識を向け、それからマミヤと最後に喋った内容を反芻して、私は痛覚遮断の為に意識が途切れる瞬間に備えた。
 マミヤは最後に何て言ったっけ? いつもと同じ……ただ『死ぬな』って言った? マミヤ——寡黙で頑固で気難しくてとても優しい男——私の、たった一人の理解者。 さようなら。
 私の意識は深い闇に沈む。 大切な人を失った、もう消えない火傷みたいな痛みだけを残して。