複雑・ファジー小説

Re: 戦闘少女は電気如雨露の夢を見るか ( No.4 )
日時: 2018/10/08 22:51
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: wSTnsyhj)

 "ヴェスタ"の修理は思った以上に大変だった。 勿論僕は戦闘少女ではない一般的なアンドロイドの作成に関わったことがあるし、実際にそれらの修理の経験もある。 ただしそれらは学校——正確には研究機関で、次世代のアンドロイド産業に携わる人間を育成する独立機関だ——では無用の長物とされていて、学びはすれどこの先生涯を通じて使う事のない技術だと認識されていた。 何故ならアンドロイドは人間と同じように多少の傷ならば彼ら自身の持つ治癒力が治し、重傷でもアンドロイドの医師の元へ行くのが普通だったから。 そして僕が学校で学んだその無用の長物は本当に何の役にも立たなかった。
 戦闘少女は一般のアンドロイドとも、ましてや人間とも違う。 通常のアンドロイドは皮下装甲など装備していないし、背骨や肋骨を金属補強されている事もない。 さらに言えば"ヴェスタ"は上皮組織の炭素構造が二次元的なグラファイト構造をしており、並の攻撃、特に口径の大きな小型の銃器ではその皮膚すら貫徹できない作りだった。 これらは全て、兄の手配で接続を許可されたプロメテウスの——兄が作り、マミヤさんが補填した——データサーバーから知りえた事実だった。 この情報が無ければ、僕は確実に"ヴェスタ"を死なせていただろう。
 大きな傷の修復を終え、念のために輸血処置を行い、肩から手首までに装着されたボロボロの装甲板——驚いたことにこの装甲は骨に直接ネジ留めされていた——を外し、千切れた左腕と駆動脚を非戦闘用の電装義手と電装義足に換装する。 それから殆どウェポンベイと化している腰の装甲板やホルスター(銃器を収める収納具)や予備弾倉用のポーチ、背中のエネルギーユニットを取り外す。

「気をつけろよ。 核融合炉だ」

 電源ユニットを慎重に取り外す僕の背後で、兄の声が聞こえる。 額を伝う汗を拭いながら目を向ければ、兄は僅かにこちらを視界に収めるだけで、僕が修理を始めた時と変わらず間宮さんの電脳のデータを引き抜こうと試行錯誤していた。
 核融合炉……第七世代の戦闘少女の最大の特徴はこのエネルギーユニット。
 第五世代よりも思考力に秀でた第六世代。 その反面、運動系を司る脳機能は重労働向けの第五世代に大きく劣る。 それを補う為に筋組織を電気的刺激によって活性化させるのが第七世代の戦闘少女。 人間の最も近くで生活するための思考力や感受性、第六感すら備えた第六世代に、素手で建築作業に従事できる骨格と筋組織を持った第五世代の体組織を兼ね備えた現行最高の機体——ちなみに第四世代は機械の上に生体組織を被せたもので、現代では厳密なサンドロイドの定義から外れる——。 だが、それは勿論、メリットだけを享受している訳じゃない。
 第七世代の戦闘少女はまず設計が難しい。 第五世代とは違い金属骨格に生体組織を載せればいい訳ではなく、エネルギーユニットからの電力供給を効率よく筋肉に伝播させる必要があるし、そもそも生体組織に電源ユニットを接続するのが難しい。 だからどの団体も第七世代の設計は極秘中の極秘だし、技術的な壁を越えられずに第七世代の採用を諦める団体も多い。 そんな第七世代の戦闘少女のパーツの中でも特に問題になるのがエネルギーユニットの設計だ。
 "ヴェスタ"の場合は核融合を利用したプラズマ状態のイオン衝突で発生した電力を使用しているようだった。 確かにプラズマを利用すればエネルギーの変換効率は六十パーセントを超える……だが、核融合を利用しているのだから、その危険性は言うまでもない。 兄が警告したのも、当然その扱いが難しいためだ。

「兄さん、仮に黄金郷でこのエネルギーユニットが破損したらどうなるんですか?

 エネルギーユニットに目を向けたまま兄に問いかける。 過去の戦いでこのエネルギーユニットが破損したこともあったはずだが、その際の放射線汚染はどうなったのだろうか。

「放射線被曝は細胞核が破壊、変異されることで深刻な症状に繋がる。 "彼女"達は生体組織の全てが人工培養されたものだ。 汚染された箇所を取り除いて新たに移植すれば済む。 ……何より、黄金郷は毎日新しい廃墟に作り直される。 死体や機械の残骸を回収し、廃墟を作り直す。 放射能汚染が確認されたら除染されるだけだ。 そもそも彼女の場合は生体に取り込むのは電力ではなく放射線そのものだ。 発生させた電力は主に兵装や電脳で使用されている」

 兄は少しだけこちらに目線を向けて、小さく答えた。 そして再び息絶えた間宮さんの頸部に差し込まれたコードを黙然と見つめる。 恐らく、兄の目的は成就されないだろう。 間宮さんの撃った弾丸は確実に彼の電脳を破壊しているだろうし、仮に電脳が生きていたとして、その宿主となる間宮さんの脳は完全に死んでいる。 これではいかに兄が素晴らしい頭脳と発想と、それから情熱を兼ね備えた人間でもどうする事も出来ないだろう。
 僕はあまり安らかとは言えない寝顔——正確には神経系を遮断した為に意識が無い状態——の"ヴェスタ"を少しだけ眺めて、全身から噴き出した汗に濡れたシャツを替えに室内をうろつく。 間宮さんのシャツと白衣——間宮さんは学校で学んだことに忠実だったらしい。 その名残だろう——を見付けたが、着る前から大きすぎると分かった。 結局、ほかには"ヴェスタ"の為の衣類しか見つからなかったので、間宮さんの服を着るほかなかったのだが。
 着替えを終えて、僕はまた別の部屋へ足を運ぶ。 この団体用のスペースは大きなマンションの一室ほどの広さがあって、ダイニングもリビングもキッチンもお風呂も用意されている。 共有スペースにフードコートがあるし、地上に出れないのに誰がどうやって食材を用意したり調理をしようと思うのかはわからないけど。 リビングの他には寝室が二つ、"ヴェスタ"の修理を行った作業部屋——これはメカニックが戦闘少女のサポートを行うための部屋で、通信設備やモニターなんかもある——と、それから"ヴェスタ"用の武器や義手、駆動脚、装甲のスペアや戦闘服が並んだ部屋が一つあった。
 僕はその部屋の中をじっくりと見まわして、改めて間宮さんの死を悼んだ。 壁に並べられた装備一つ一つに型番と簡単なメモ書きが書かれたタグが付けられており、その造形を見ただけでその全てが間宮さんが自ら手掛けたプロトタイプだと分かる。 より大型の兵装を使用することを想定したバラスト射出機能が付いた駆動脚や、エネルギーユニットからの電力でスタンガンの様な機能を持たせたのであろう義手、ヴルトゥームよりも大口径の——ヴルトゥームが既に十二・七ミリ弾を撃つので何を想定して作ったのかわからないが——シングルショットHEAT弾(成形炸薬弾/距離に関わらず一定の破壊力がある爆発する弾)を撃ちだす武器。 その他にも"ヴェスタ"の為に考えられるあらゆる装備がその部屋には並んでいた。
 間宮さん……戦闘少女に携わる人間なら誰しもが知る兄の同窓生。 兄と、それから間宮さん——それからもう一人、僕が兄よりも慕っている人が居る——戦闘少女の第七世代開発に貢献した人類史上最も優秀な技術者。 そんな人が、自ら命を絶った。 僕にはとても意味が分からなかった。 彼が自ら死を選ぶ理由があるとは到底思えなかった。
 僕は間宮さんの死を悼みながらも"ヴェスタ"の眠る作業部屋へと戻る。 "ヴェスタ"は相変わらずあまり安らかとは言えない表情で眠っていた。

「聖、今日から"彼女"のメカニックはお前だ」

 部屋に戻った僕に、珍しく疲れを含んだ兄の声が聞こえた。 ただ、その言葉は一度僕の脳内を通り過ぎて、僕に複雑な衝撃と驚きを与えると、もう一度僕の脳内で反射して増幅して、言いようのない衝動を芽生えさせた。

「兄さん、僕は……」

 僕の声は兄の手に遮られる。 わかってはいる、兄の言葉は絶対だった。
 兄は間宮さんの電脳をどうこうするのは諦めたらしく、"ヴェスタ"の頸部にある接続ジャックに直接自分の電脳を繋いで彼女の弛緩信号を操作しながら僕を見据えた。

「私は残念ながら此処に籠りきりになる訳にはいかない。 間宮が死に、間宮の代わりを務められそうな男を強いて挙げるなら西園寺だが……彼は既に裾を別った男だ。 プロメテウスに所属して、かつ私が信頼でき、間宮の役目を肩代わりできる人間は恐らくお前しかいない。 そう、私は思っている」

 兄は静かに宣告した。 それは宣告だ、僕には選択の自由なんてない。

「わかりました。 間宮さんの代わりは、僕がやります」

 僕は静かに答えて、もう一度"ヴェスタ"のあまり安らかではない寝顔を見やった。 この戦闘少女の運命を、僕は握ってしまった。 彼女が生きるか死ぬか、ここで、この黄金郷で朽ち果てるか、もしくは今まで僕が居た外の世界で自由を手に入れるか。 その未来の一片を、僕は握ってしまった。

* * * *

 この施設を最初にエルトラドと名付けたのが誰かを、僕は知らない。 『エルトラド』を創ったのは兄だけれど、兄が自分の創造物に名前を付けるのはとても珍しいことだから、多分兄は名付けていない。 だけどもしも兄が名前を付けたとしても、かつて人類が夢見た黄金郷の名前を付けたかも知れない、なんて思う。 『エルトラド』がそうであるように。
 『エルトラド』のシステムは明快で、グループ、又は個人がアンドロイド——厳密な定義でのアンドロイドなので生命機能を持っていて、その生命機能をそれ単体で維持することができる必要がある——を作成し、アンドロイド達はその能力を競い合う。 地上に用意された廃墟で殺し合う事によって。 戦闘の間隔は最低でも三日の休息期間を挟んで最大で週に二戦。 対戦カードはランダムで、その日対戦が可能な二人が無作為に選ばれる。 基本的には一対一で、どちらかが死ぬまで続く。 本当に稀にだけれど、相討ちや、死亡しなくても両者戦闘続行不能となれば勝者なしという場合もある。
 それから、エントリーするアンドロイドにはいくつかの制限がある。 まずアンドロイドは"少女"の外観を有していなければならない。 これは本来の『エルトラド』の趣旨に由来するものだ。 外の世界の人間が、あまりにも安全で怠惰な生活のせいで忘れてしまった生存本能を刺激する為に。 それから機体重量にも制限があって、武装を除いた全重量(これは義手義足、装甲も含めて)が百二十キロ以内である必要がある。 そして、身長制限があって、百四十センチから百七十センチまでの身長以外はエントリー出来ない。 ただし、武装重量には制限がなく、携行して使用できるものならば何でも良い。 つまり、彼女達は基本的に相手の攻撃に対する十分な回避性能や防御性能をそもそも用意できないことになる。 だから、両者が相討ちになったり、戦闘続行不能になることは殆どない。 どちらかが、死ぬ。
 勿論、彼女達には報酬が用意されている。 それを報酬と言うかどうかは議論の余地があるけれど、戦闘少女は死ぬか、もしくは百勝を記録すれば、この『エルトラド』の外に出れる。 外の世界のアンドロイドが人類の為にただ生きているのに対して、戦闘少女は『エルトラド』を出ればアンドロイドとして生きる必要が無い。 労働に従事する必要もなく、人類に配慮する必要もない。 つまり彼女達は生物的にはアンドロイドだけれど、社会的にはヒトになれる。 それだけの為に、彼女達は殺し合う。 そんなことは彼女達が望んでいないのを誰もが知りながら、僕らは『彼女達はヒトになれるんだ、そのために頑張って戦いたまえ』と自分に言い聞かせる。 僕らが用意した、罪への逃げ道。
 そんな『エルトラド』の中で、たった一人だけ三十勝を記録したのが、今僕の隣であまり安らかとは言えない寝顔で眠っている『ヴェスタ』。 これから僕がその勝利を支える事になる、戦闘少女。
 ヴェスタの修理を終えて、間宮さんの遺体が搬出されて、兄は忙しそうにどこか——恐らくはプロメテウス——にせわしなく連絡を入れていた。 そしてそんな兄も先ほど「追って連絡する」と言い残してどこかへ去って行った。 僕はまるで世界でたった一人になったみたいな気分になって。 ずっとヴェスタの寝顔を見つめている。 たぶんこの子も、間宮さんが死んで、同じように孤独という深い、底の知れない闇に突き落とされたことだろうと思う。
 僕は、生まれてからずっと家族やアンドロイド達と育った。 僕も兄も、父やその父がそうであったように、誰に導かれるでもなくずっとアンドロイドや人類の未来へ貢献できるように人生を捧げてきた。 幼いころから。 僕には誰か家族や、もしくは家族同様なアンドロイドが居て、誰に強制されるでもない自由な選択が出来た。 だから僕は、孤独と言うのを生まれて初めて感じた。 学校や業界からはNARD(ナード/間抜けの意)と馬鹿にされても、誰かが居た。 でも、ここには誰もない。 毎日一人ずつ死んでいく戦闘少女と、それから恐らくは会う事もない、会っても関わり合ってはならないメカニック達しか。 もしくは僕らが間宮さんを殺したと思っているヴェスタしか。
 僕は少しだけ後悔していた。 兄は基本的に他人に何かを乞う事をしない。 傲慢なのではなくて、そんな事をする必要が無いから。 だからそんな兄にヴェスタのメカニックを頼まれたことが、僕は嬉しかったんだと思う。 兄は僕から見ても偉大な人で、そんな兄が僕に何かを頼むなんてことはこの先一生ありえないと思うから。 だけれども、僕は歓喜して、思考を止めていたと思う。 孤独と憎悪に立ち向かう事になるのは、馬鹿でもNARDでもわかったはずなのに。

「マミヤはどうして死んだの?」

 僕の鼓膜が唐突に揺れる。 ショパンの止んだ無音の室内で、いつの間にか目を覚ましていたヴェスタの声が静かに流れた。 僕は彼女の静かな、落ち着きすぎた声に心がかき乱されるのを何とか抑え込んで、寝転がったままのヴェスタと視線を合わせる。 じっと見据えるように、少しも動じない、凛とした瞳。 僕の心の奥底までを一瞥で刺し貫くような、強い意志を持った瞳。 僕はとても嘘を言う気になれなくて、少しだけ間を置いて口を開く。

「間宮さんは、自殺だよ」

 そう言ったところでヴェスタは大儀そうに首を振った。

「どうやって死んだかは聞いてないわ。 何故、マミヤは死んでしまったの?」

 煤や埃で痛めたのであろうヴェスタの声は少ししわがれていてとても透き通った声とは言えなかったけれど、その言葉はとても真っ直ぐだった。 僕は間宮さんとは学生時代に何度か言葉を交わしただけだったけれど、間宮さんがこの戦闘少女に真摯に、真剣に向き合っていたことがよくわかった。 戦闘少女は基本的に専属のメカニックとしか関わり合わない。 だからメカニックの性格や感性が、戦闘少女の性格の形成に顕著に関わる。
 僕はやっぱり曖昧な事を言ったり嘘を吐く気になれなくて、静かに首を振る事しかできなかった。

「わからないよ。 僕には間宮さんが自殺する理由なんて、とてもわからない」

 僕の答えに満足したのか、そうではないのか、ヴェスタはそれ以上なにも言わずにまた目を瞑った。 普段の戦闘の後、ヴェスタがどうやって過ごしているのかわからない僕には、今ヴェスタが何を望んでいるのかがわからなかった。

「一応、自己紹介をしておくよ。 間宮さんの後任を任された聖(ひじり)だ。 間宮さんほど優秀じゃないし……学校ではNARDって呼ばれてたぐらいだから、落ちこぼれの部類かも知れないけど、きみのメカニックになった以上、必要なことは何でもするよ。 傷の修復はしたし、破損した補強材や装甲、電装義手や駆動脚は今夜中に直しておくから、もしも体に違和感とかがあったら早めに言ってほしい」

 そう言った僕に、ヴェスタは少しだけ目を開けて、小さな声で「NARDって?」と聞いた。 僕はどう応えようか悩んだけれど、素直にその意味を伝えた。 僕は確かに兄と比べたら何の役にも立たない人間だったから。
 でもヴェスタは怒るでも笑うでも、ましてや軽蔑するでもなく、何度かNARDと繰り返し呟いた。 まるで味を確かめるように。 しっとりと、繰り返し。

「前に一回だけマミヤが話してくれた。 NARDって呼ばれてる奴が居た、って。 それから、マミヤが唯一尊敬してる人間だって、そう言ってた。 あなたがそのNARDかどうか、私は知らないし、興味もない。 ただ、私にとってメカニックはマミヤただ一人よ。 あなたが何故ここに居て、何をしたって構わない。 私に自由なんてないんだから。 だけどマミヤの後任だなんて言うなら、せめてマミヤの様に自分の仕事に誇りを持って。 そんな自信のない仕事を、私の体にしないで頂戴」

 ヴェスタの言葉が僕の胸に突き刺さる。 この戦闘少女は本当に、心底間宮さんを信頼していたんだ。 それから間宮さんは昔のまま、今までずっと変わらずに目の前の課題に向き合い続けていたんだ。 僕ら、"造り出す人間"を憎んでいて当然の彼女が、間宮さんの死を悲しんだ理由を、僕は今はじめてちゃんと理解した気がした。 間宮さんはずっと、片時も欠かす事無く、この戦闘少女に寄り添っていたんだと思う。 憎しみを受け止めて、僕らの罪を償うように。

「うん、そうだね。 ごめん、頑張るよ」

 僕は小さく、でもはっきりと口に出す。 自分に言い聞かせるように。 それから少しだけ胸の奥底に触れる。 あの日忘れてしまった何かを探すように。 僕がずっと探していた何かをもう一度手繰り寄せるように。 僕には何が出来た? NARDになる前の僕、誰かの為に、世界をよりよくする為に生きていた僕。 兄さんが、世界を変える前の僕。
 僕の中で、少しだけ何かが変わった気がした。 いや、元に戻った気がした。 二度と返らないあの日より前に。 僕と兄さんと、それから戦闘少女と、もっと言えば世界そのものの運命が決定的に変わったあの日より前に。