複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.2 )
日時: 2018/05/24 22:03
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: CSxMVp1E)

【 しあわせのやまい 】

 あたしは「しあわせ」という名の病気にかかっている。
 その部屋には鍵はかかっていない。いつでもあたしが入れるように開けておいてくれるんだ、と言いたいところだけど、ただ俊ちゃんが鍵かけるの面倒くさがってるだけ。いつものようにチャイムも押さないで部屋に入るけれど、きっと俊ちゃんは気づいてない。もし、あたしが泥棒だったら、俊ちゃんは今頃一文無しだ。

 「俊ちゃん、きたよ」

 扉を開けると、ソファーでタオルケットにくるまって眠っている俊ちゃんの姿があった。すーすーと可愛い寝息を立ててる。あたしの声に「うー」とうなり声をあげて、ゆっくり目を開いた。

 「——きたんだ」

 あたしを見て、俊ちゃんは小さなため息をついてゆっくり起き上がった。ちょっと待ってて、と俊ちゃんはあたしをソファーに座らせて、キッチンに向かう。お茶でも入れてきてくれるのかな、なんて調子のいいことを考える。そんなわけないのに。
 
 「なぁ、俺は何度でも言うよ。お前は病気だ」

 キッチンから戻ってきた俊ちゃんは手に包丁を持っていた。こちらに刃を向けて、あたしを殺しに来た。あたしはにっこり笑って、足を軽くぶらつかせる。
 俊ちゃんに殺されるなら、それは本望。手に持った針金をごみ箱にポイっと放り捨て、あたしはゆっくり立ち上がった。

 「そうだよ。あたしは病気。知ってるよ」

 俊ちゃんが、あたしの皮膚を切り裂いて、肉を抉り取って、そして空っぽになったあたしを愛してくれることを信じてる。俊ちゃんに会うためなら、何度だってあたしは鍵をこじ開けるよ。
 あたしはしあわせという名の病にかかっている。あたしは、俊ちゃんに殺されたい。ただそれだけだから。