複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.4 )
日時: 2018/05/26 23:33
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: CSxMVp1E)

【 さよなら、燈火 】

 柳くんは昨日の放課後、突然あたしに声をかけてきた。お願いがあるんだ、人気者の柳くんのお願いだから、きっと面倒くさいことだろうなって思った。聞いてみると、やっぱりそう。でも、断る選択肢はあたしの中にはなかった。彼の本気っぽいその表情にきっと心打たれたのだ。

 「柳くんって、馬鹿だよね」

 あたしはポケットからスマホを取り出して動画配信のアプリを入れる。もちろんカメラの機能をオンにして、屋上に仁王立ちする柳くんを映した。柳くんは、お前も馬鹿だろ、と言って歯を見せて笑った。きっとそんな可愛い笑顔で笑う柳くんがみんな好きなのだ。それなのに。

 「本当に死んじゃうの?」
 
 あたしの言葉に柳くんは何も言わずにこくりと首を縦に振った。あたしの胸はどくんどくんと脈打ち続け、その動画配信の名前を「自殺動画」として実況をはじめた。あたしの声はもちろん入れない。彼の動画を取りながら、あたしがコメントを打ち続ける。今日、彼は死にます。と、あたしが打つと、さっそく何人かの反応があった。
 「まじかよ」「やらせ、おつ」「可哀そう」思うことは人それぞれだ。あたしは空を見上げる柳くんをフィルム越しに見つめた。どうして柳くんはあたしを選んだのだろう。自分の死をどうして配信したいだなんて言いだしたんだろう。

 「ねぇ、柳くん」
 「なに」
 「あたしが行かないで、って言ったらとどまってくれる?」

 きっとこの動画にあたしの声も残っただろう。そんなのはどうでもいい。あたしは、彼の本音を聞きたかったのだ。呼吸がうまくできなくなって、うっと声が漏れる。どくんどくんと脈がまた一段と早くなって、ごくんと唾を飲み込むと吐き気が増した。

 「やだよ」

 柳くんはそう言って空に飛び込んだ。それは一瞬の出来事だった。もちろんあたしの動画にばっちり柳くんの姿は映って、そして消えていった。あたしのスマホのカメラは、人の死を映した。どうしようもなく、馬鹿なことをした。柳くんの死ぬ前の最高の笑顔を思い出して、あたしはちょっとだけ泣いた。馬鹿野郎。それは柳くんのことじゃなくて、あたしのことだ。
 好きだったから、君のお願いを聞いたんだ。好きだったから、止められると思った。柳くんは死ぬ前にあたしのことが好きだったと告白して死んでいった。あたしは何も言えなかった。あたしも好きだったよなんて言えなかった。だって、君は死ぬから。あたしが殺したんだ、柳くんのこと。あたしも好きだったなんて、そんな、簡単に言えなかった。柳くんの勇気をあたしはどうしても否定できなかった。