複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.5 )
- 日時: 2018/05/28 15:15
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)
【 恋の屍 】
ブレーキランプを五回点滅させると、それは「愛してる」のサインだと啓一さんは言った。そんなの今どきの子はわかんないよねって笑いながら。あたしは啓一さんの車を降りながら、知ってるよ、ドリカムでしょと言った。啓一さんの表情は真っ暗でよくわからなかったけれど、笑っているようにも見えた。
「俺ももう歳だから。君みたいなかわいい子には似合わないよ」
ほら、また。啓一さんの声は言葉と同じように自信なさげで、作った笑顔が通り過ぎた車のライトでよく見えた。ほら、俺もあと数日で三十だし。君はまだ、高校生だし。今日の啓一さんは言い訳が多い。
セーラー服に身を包んだあたしは、車から啓一さんを引きずり出して家まで送るようにお願いした。暗い細い夜道。街灯に照らされて長く伸びるあたしたちの影。
啓一さんはあたしの手を握ってくれなかった。黙々とあたしの先を歩いていく。ときどき後ろにいるあたしを確認しながら、早く家についてくれと思っているのだろう。だんだん歩く足が早まっていった。
「あたしが好きなのは、啓一さんだよ」
「……その感情は、きっと今だけだから。十五近くも違うおっさんなんて、君の恋愛対象にはなれない」
「……ひどいよ。啓一さんはわかったうえであたしに手を出したくせに」
あたしがぼそぼそと反論すると、顔を真っ赤にした啓一さんがこちらに振りむいた。耳も首も真っ赤。家の前について、啓一さんは一時停止したように動かなくなった。ねえ、と声をかけるけれど、反応がない。あたしは大きなため息をついて、啓一さんに近づいた。
「何か言わないと、キスする」
「……え、ああ、えっと。本当、ごめん。俺は、どうしても」
君に幸せになってほしいんだ、と啓一さんはあたしのことを抱きしめもキスも、何にもせずにぽつりと呟いて頭を撫でてくれた。そうだ、こういう初心な啓一さんにあたしは惹かれたんだ。
ここで別れたらきっともう、二度と会えないとわかってた。それでも、あたしは彼を引き留めることができなかった。あたしの援助交際を真っ向から否定して、幸せになることを願ってくれた啓一さん。あたしはこの人のものになりたいと思ったのに。それでも、あたしも同じこと思ってる。
啓一さんにはあたしなんか似合わない。もっと大人っぽい、話の合う、素敵な女性と出会ったほうがきっと。歳の差なんて、厄介でしかない。簡単に好きっていえて、キス出来たら。あたしは、恋の屍だ。あなたへの恋に溺れてきっともう死んでいる。