複雑・ファジー小説
- Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.7 )
- 日時: 2018/06/01 22:45
- 名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)
【 あたしと少年A 】
あたしの隣の席の男の子は絶対に喋らない。何を話しかけても彼が口を開くことはないし、みんな「放っておきなよ、そんな奴」ってしばらくしたら嫌悪感を抱きだす。でも、あたしは気になってしまったのだ。休み時間、ずっと本を読んでた彼に何度も声をかけて、それが百回くらい続いて、きっともう彼も限界だったのだろう。ぎらっと睨んだその鋭い瞳があたしの瞳に映り込んで、あたしの口を無理やり閉じさせた。
「うるさい」
初めて聞いた彼の声は、普通の高校生とそん色ない声変わりした低い声だった。
あたしはようやく彼があたしのほうを見てくれたことに喜んで、カバンに入れてあった雑誌を彼の前で広げて見せた。それを見た瞬間、彼は黙って、首筋に汗が伝って、声が出なくなって、あたしをまたぎらっと睨んで、そしてあたしのシャツの襟をつかんで一発あたしの頬を殴った。
ちょうど、放課後でその場にはあたしと彼しかいなかったから、その衝撃的な暴力の目撃者はいなかった。あたしは椅子に腰を打ち付けて地面にしりもちをついた。彼は過呼吸になりながら、やっぱりあたしを睨みつけて、泣きそうになりそうな表情であたしが見せた雑誌を破りだした。
「お前は、何者なんだよ」
「……痛いよ。それ聞く前に謝ってみたらどうなの。女の子の顔に傷をつけるなんて最低だよ」
「でも、お前は殴られる覚悟でこんなことしたんだろう」
「あたしがやったことは、あんたのしたことより罪は重い?」
少年A、と彼が昔メディアに呼ばれていた名前を呼ぶと、彼の顔は真っ青になって、ぐっと首を手で押さえた。きっと彼の癖なのだろう。死にたくなった時に、手が首に行く。彼の弁護人がそんなことを言っていた気がする。だいぶ昔のことだから、よく覚えてないけれど。
あたしは許してないからね、と破り捨てられた雑誌の記事の一部、死んだ男の写真を彼の机に置いてにっこり笑って見せた。
「うれしいよ。君と同じクラスになれて。君の、隣の席になれて」
兄さんを殺したこいつが苦しみながら今日も生きている。それが正解だなんて糞だ。世の中糞すぎる。あたしは自分の席からリュックを取って教室を出た。静かな教室に取り残された少年Aは今何を思っているだろう。あたしのことを、考えて、殺した兄さんのことを思い出して、苦しんで苦しんで、死にたくなりながら生きればいいのに。空の清々しいほどの青さに、ゆっくり目を閉じて、あたしはゆっくり深呼吸をした。