複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.8 )
日時: 2018/06/06 22:47
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)

【 彼氏の結婚 】

 あっちゃんが結婚するらしい。と、お母さんがキッチンで買い物してきた食材を冷蔵庫に片しながら思い出したようにあたしに言ってきた。あたしは結構びっくりしたけれど、それを悟られないように心を押し殺して「へえ」と相槌を打つ。それから寝転んでいたソファから起き上がって、階段を上って部屋の扉を勢いよく開けた。充電器に刺したままにしてあったスマートフォンのロックを解除するけれど、何の通知もなかった。当たり前か。

 あっちゃん、結婚するのか。あたし、何も聞いてなかった。
 思ったよりショックが大きくて、いまだに心臓がどくんどくんと脈打つ速さが異常だ。

 「知らなかったよ、あっちゃん」

 スマートフォンの壁紙は、あたしとあっちゃんの一緒に映った写真。京都であたしが着付けをして、あっちゃんと一緒に写真をとってもらったやつ。この時に可愛いね、って言ってもらったのはもう一生忘れられないと思って、プレゼントしてもらった簪は宝物になって。それなのに、あっちゃんはあたしを捨てて、他の人のものになるんだ。

 あっちゃんはあたしの幼馴染で、あたしの彼氏だった。付き合いだしてもう三年になるのに、あたしはあっちゃんのこと何も知らなかった。
 あっちゃんが浮気してたんだろうか。そんな器用なことができたんだ。あたし、知らなかったよ。

 スマートフォンが振動しない。あっちゃんからの連絡がない。早く何か言い訳をしてよ、と心の中で弱いあたしが喚き散らして、自然と目頭が熱くなって視界がぼやけた。目の縁にたまった雫が零れ落ちたと同時に、あたしのスマートフォンが振動した。あっちゃんの名前のアイコンがぴこんとあたしの視界を埋め尽くして、次のデートはどこ行く、みたいなそんなノリのラインが届いた。
 なにそれ。って、あたしはちょっとだけ笑った。あっちゃんは知らないんだろうな、あたしの気持ちを。



 「知ってたよ。あたしが浮気相手だったの」

 あっちゃんがあたしの彼氏。あっちゃんがいつかいなくなるまでは、彼はあたしの彼氏。不釣り合いなこんな地味女があっちゃんの彼女だ。
 あっちゃんが結婚したら、この関係は破綻するだろうか。あっちゃんはいつあたしに本当のことを告白するのだろうか。いつ、結婚しちゃうんだろうか。
 ベッドに寝転んで、あたしは布団をかぶって大きな声で泣き叫んだ。気づいてた。気づかないふりをしてた。あっちゃんが好きだ。だから、あたしは、あたしの感情に嘘をつき続ける。