複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.9 )
日時: 2018/06/29 22:25
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)

【 振り返れば青 】

 信号機の青が点滅している。チカチカ、チカチカ。
 さっきまで隣で喋っていた二人の少年が足早に駆けていく。モノクロの横断歩道に残されたあたしは、ビービーとクラクションを鳴らす車に睨まれながらゆっくりと前に歩いていく。

 「おい、赤だぞ! 見えねーのか、ガキっ」

 そんなのあたしが一番わかってるよ、心の中で少しだけ悔しがりながらあたしはゆっくりと歩いていく。右折してきた車があたしの前で止まる。運転手がイライラしているのは見てすぐにわかった。さっさと行け、と今にも声になりそうなその表情。
 ギブスでもつけていたらこんな風にならないのだろうか。松葉づえでもついていれば、こんな風に怒られないのだろうか。いっそ、車いすに乗っていたらこんな……
 考えても結論は出ない。足に伝う激痛は、あたしの奥深くまで侵食していって、死にたいと漏れそうになった言葉は喉につっかえて出てこなかった。助けてなんて死んでも言えない。苦しくて吐きそうで、目の縁がじんわり熱くなる。

 「大丈夫? 歩ける?」

 ふいに横から声がかかった。あたしはびっくりしてその人を凝視する。見たことのある顔、それはさっきの右折車の運転手だった。

 「……えっと、ごめんなさい」

 さっきまでイライラした顔してたくせに、どうして、とあたしは思わず顔を伏せてしまう。

 「あ、足が……悪くて、ちょっと、歩くのに時間が……」
 「そう。じゃ、ゆっくりでいいから、あとちょっとだし渡り切ろうか、俺支えるから」

 運転手があたしの体を支えてゆっくりと歩き始める。あたしはそれに体を委ねて前に進んでいく。渡り切ったころにはもう信号は青に変わっていた。長い横断歩道だったから、最初からあきらめればよかったんだ。あたしは申し訳なくなって顔が真っ赤に染まる。

 「なあ、あんた」

 この人はわざわざ路肩に車を止めてあたしのところに来てくれたんだ。周りからしたらきっと偽善者に見えるんだろうな、とあたしは少しだけ思った。電車で席を譲った人を馬鹿にする風潮はいつになっても消えないから。王子様気取りの善人ぶってる人間だと、周りはその人を辱める。

 「こういうのはしゃーねーんだから、そんな泣きそうな顔すんなって」

 男の人はそう言ってあたしの頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でた。あたしはこの行為で何かつっかえが外れたのかぼろぼろと滝のように涙が零れ落ちてしまった。「うわ、泣くなよ」と男の人が困った顔をしながら、それでも笑ってあたしの頭を優しく撫で続けてくれる。



 声を上げていいんだって思った。形がなくても「助けて」って。