複雑・ファジー小説

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.17 )
日時: 2018/09/01 00:59
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: BBxFBYlz)

【 別れ話 】 


 「ずっと付き合っている人がいる」

 婚約者のヒナくんは、そう言って私に土下座をした。今日は午前中に結婚式の会場を見に行って、もうすぐだねって二人で笑って、きっとこのままあたしは幸せになれるんだって思ってた、のに。ホテルの一室で、このままエッチでもするのかな、なんてそんな甘いことを考えていたあたしが馬鹿だった。いや、違う。彼と結婚しようって考えてたあたしが馬鹿だったのだ。

 「あたしと結婚したら、その人とはどうなるの?」

 「…………ごめん」
 「別れないの? それって浮気だよね。ヒナくんはその人とそのままそういう関係を続けるの? あたしがいるのに?」

 言葉を連ねるたびに、それはヒナくんを追い詰めていく。ごめんなさい、ごめんなさいと何度も心の中で謝罪して、あたしは唇を噛んだ。ヒナくんが悪いわけじゃないのに、あたしに責め立てる資格もないのに。

 「あたしのこと、好きじゃないの?」




 そこで黙り込んだヒナくんに、あたしの心の中の何かがぶちっと切れて、ゆっくり飛沫のように弾けて消えた。自然とあたしの足はヒナくんの頭の上に乗っかっていて、不思議と力が入っていた。ぐちゃっと音が鳴った時には、あたしが彼の頭を踏み押していた。地面にご対面して、そこから離れることなく息ができなくなったヒナくんはもがきながら苦しみながら、あたしの足をつかんだ。やっとのことであたしの足を退けたヒナくんは、切り傷いっぱいの鼻血まで出した顔で、ちょっとだけ泣きながらまた「ごめん」って言った。

 「その人と結婚できないのに、それでも好きなんだね。ヒナくんはきっとこれからもその偽りの幸せに満足していつまでも幸せになれないよ」
 「約束、守れなくてごめん」
 「そんな薄っぺらい紙の上の約束は、きっといつでも破り捨てることができるから。ヒナくんは、そうでしょう?」


 明日は婚姻届けを一緒に出しに行く約束だった。その前の突然の告白。こんな爆弾、今言うなんてずるい。
 ホテルのベッドに私は勢いよくダイブして、目を閉じた。ヒナくんとの出会いを思い出す。鮮明に、今でも思い出せる。


 あたしの初恋を終わらせた悪魔は、あたしの次の幸せまで壊すのか。ひどい。あたしは思い出す、ゆっくり目を閉じて、今でも鮮明に思い出す。あの日のことを、思い出す。ヒナくんと口論になった末に自殺したあたしの恋人。ヒナくんが殺したあたしの大好きだった人。
 後悔なんてきっとしてなかったんだよね。あたしを幸せにするからってあの日、彼のお葬式の日にあたしに手を差し出したヒナくんは、やっぱり詐欺師だった。あたしの次の幸せは、彼の手によってずたずたに壊されたのだ。




 「きっとヒナくんは誰とも幸せになれないよ。だって、」


 ヒナくんは人殺しだもんね、とあたしが言うと彼は声を上げて泣き始めた。どっちも選べない人間は、どっちも選ぶという選択肢を知らないだけ。あたしは彼の泣き顔を見て、少しだけ優越感に浸った気がした。
 ラブホテルの一室を出て、あたしは大きくため息をつく。ぐちゃぐちゃの顔のヒナくんを思い出して、昔好きだった人を思い出して、あたしは深呼吸をする。息を吸うのは簡単でも、吐くのは難しいって、彼が死んだあの日ぶりにあたしは思い出した。